かたんと戸口で聞こえた音に目が覚める。
莉々は寝ぼけ眼のまま披風を肩にかけ、戸口へと向かう。
そこで宮に入らず、立ち尽くしていたのは朱雀が描かれた常服を着ている琰だった。
予想外の相手に、莉々は眉を顰めた。
「こんな夜中になんのようだ? その服装で後宮に来ると、お渡りと誤解を招くぞ」
「……これを」
何の弁解もせず、琰は手に持っていた文を差し出した。
ますます訳が分からないと言わんばかりに顔を歪めた莉々は、疑念を隠さず彼を見る。
琰は莉々の手を取ると、無理やりそれを握らせた。
「おい」
「文だ」
「見れば分かる」
「隊商から預かったものだ。悪いが検めさせてもらった」
「は……?」
目を見開いた莉々に琰は何も言わずに踵を返した。
突拍子もない琰の行動に、莉々は首を傾げるしかない。
「なんだったんだ一体……」
握らされた文へ視線を落とし、莉々は目を見開いた。
『莉々へ』と綴られたその筆跡に見覚えしかない。
大慌てで寝室へと戻り、燭台に火を付ける。
架子床に腰掛けた莉々は震える手で文を開こうとしたが、悪い想像ばかり働いてしまい、文を開く勇気がでなかった。
ばくばくと心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。
明るくなった部屋に目が覚めたのか、白が莉々の顔を覗き込んだ。
「……どうした? 莉々」
「私に勇気をくれ」
白は莉々が握りしめる文を認めると、枕元からおばばの杖を取り出した。
莉々の膝の上に杖の欠片を置き、腕にすり寄ってくる。
安心させるように手の甲をざらりとした舌で舐められた。
「何があってもオレが傍にいてやる」
「……ありがとう」
莉々は杖の欠片を握りしめると、深呼吸をしてから架子床の上に文を広げた。
「我が孫、莉々へ……」
おばばからと思われる便りに、莉々はぐっと喉が詰まる。
莉々が戦線離脱した後、もし遺書が見つかったとしたら? と嫌な想像をしてしまう。
目を閉じた莉々は嫌な音を立てて軋む心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
白が気遣わしげな目で莉々を見た。文の匂いをひくひくと嗅ぎ、丸い耳を伏せた。
どうやら白はなにも言う気がないらしい。
そっと目を開けた莉々は覚悟を決めて続きを読む。
『わしは生きておる』
その一文だけで、莉々の目頭が熱くなる。
我慢していたはずの涙が、ぽたりと文へ落ちた。
『お前のことじゃ、わしがくたばったと肩肘張っておるだろう。じゃが安心せぇ。ぴんぴんしておるよ。朱陽国の象徴様々じゃ』
「……え?」
滲む視界の中、文字を追っていると信じられない言葉が綴られていた。
頬を伝う水滴を乱暴に拭い、続きを読む。
『仇は仇に、恩は恩に。双牙の一族の心根を忘れるでないぞ。わしを殺し損ねた間抜けどもに双牙流の礼をしておやり』
おばばからの便りはそれだけしか書かれていなかった。
「もう少し説明してくれても……まったく、おばばらしいな……」
伏せられていた長い睫から最後の一滴が流れ落ちる。
その薄黄色の瞳には狼狽が滲んでいた。
突如足下が崩れていったような感覚が莉々を襲う。
夜襲をしかけてまで殺そうとした一族の長を助けた琰は何を考えているのだろうか。
彼の真意が、莉々には分からなかった。
「何がしたいんだ、お前は」
窓の外に見えた月光の下で朱色が羽ばたいた。
火の粉が流れ星のように夜空から落ちては消える。
まるで煮え切らない莉々の心のようで、それを見つめるしかない。
誰のために牙を研げばいいのか、それすらも見失ってしまいそうだ。
莉々は寝ぼけ眼のまま披風を肩にかけ、戸口へと向かう。
そこで宮に入らず、立ち尽くしていたのは朱雀が描かれた常服を着ている琰だった。
予想外の相手に、莉々は眉を顰めた。
「こんな夜中になんのようだ? その服装で後宮に来ると、お渡りと誤解を招くぞ」
「……これを」
何の弁解もせず、琰は手に持っていた文を差し出した。
ますます訳が分からないと言わんばかりに顔を歪めた莉々は、疑念を隠さず彼を見る。
琰は莉々の手を取ると、無理やりそれを握らせた。
「おい」
「文だ」
「見れば分かる」
「隊商から預かったものだ。悪いが検めさせてもらった」
「は……?」
目を見開いた莉々に琰は何も言わずに踵を返した。
突拍子もない琰の行動に、莉々は首を傾げるしかない。
「なんだったんだ一体……」
握らされた文へ視線を落とし、莉々は目を見開いた。
『莉々へ』と綴られたその筆跡に見覚えしかない。
大慌てで寝室へと戻り、燭台に火を付ける。
架子床に腰掛けた莉々は震える手で文を開こうとしたが、悪い想像ばかり働いてしまい、文を開く勇気がでなかった。
ばくばくと心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。
明るくなった部屋に目が覚めたのか、白が莉々の顔を覗き込んだ。
「……どうした? 莉々」
「私に勇気をくれ」
白は莉々が握りしめる文を認めると、枕元からおばばの杖を取り出した。
莉々の膝の上に杖の欠片を置き、腕にすり寄ってくる。
安心させるように手の甲をざらりとした舌で舐められた。
「何があってもオレが傍にいてやる」
「……ありがとう」
莉々は杖の欠片を握りしめると、深呼吸をしてから架子床の上に文を広げた。
「我が孫、莉々へ……」
おばばからと思われる便りに、莉々はぐっと喉が詰まる。
莉々が戦線離脱した後、もし遺書が見つかったとしたら? と嫌な想像をしてしまう。
目を閉じた莉々は嫌な音を立てて軋む心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
白が気遣わしげな目で莉々を見た。文の匂いをひくひくと嗅ぎ、丸い耳を伏せた。
どうやら白はなにも言う気がないらしい。
そっと目を開けた莉々は覚悟を決めて続きを読む。
『わしは生きておる』
その一文だけで、莉々の目頭が熱くなる。
我慢していたはずの涙が、ぽたりと文へ落ちた。
『お前のことじゃ、わしがくたばったと肩肘張っておるだろう。じゃが安心せぇ。ぴんぴんしておるよ。朱陽国の象徴様々じゃ』
「……え?」
滲む視界の中、文字を追っていると信じられない言葉が綴られていた。
頬を伝う水滴を乱暴に拭い、続きを読む。
『仇は仇に、恩は恩に。双牙の一族の心根を忘れるでないぞ。わしを殺し損ねた間抜けどもに双牙流の礼をしておやり』
おばばからの便りはそれだけしか書かれていなかった。
「もう少し説明してくれても……まったく、おばばらしいな……」
伏せられていた長い睫から最後の一滴が流れ落ちる。
その薄黄色の瞳には狼狽が滲んでいた。
突如足下が崩れていったような感覚が莉々を襲う。
夜襲をしかけてまで殺そうとした一族の長を助けた琰は何を考えているのだろうか。
彼の真意が、莉々には分からなかった。
「何がしたいんだ、お前は」
窓の外に見えた月光の下で朱色が羽ばたいた。
火の粉が流れ星のように夜空から落ちては消える。
まるで煮え切らない莉々の心のようで、それを見つめるしかない。
誰のために牙を研げばいいのか、それすらも見失ってしまいそうだ。


