「ただいま、友梨佳。もう帰ってるんでしょ。遅くなってごめんね。」
集中していた時間に一つの声が侵入してきた。母親の声だ。スマホで時間を確認すると、すでに19時半だった。数学は気づけば時間が過ぎ去っている。難易度がそういう感覚を引き起こすのだろう。
(もう、こんな時間だったんだ。全然気づかなかった)
「お母さん、おかえり。別にそんなに遅いと思わないから大丈夫だよ。」
友梨佳は自分の部屋から母親に対して返事をした。母親はいつも丁寧だ。少しでも時間が遅れれば、きちんと謝罪の言葉を述べる。30分なんて、ほぼ誤差だよ。そんな風に前も言ったのだが、遅れてるのは事実だからと笑って流された。几帳面な性格が、仕事でもいい方向に働いているんだろう。自慢のお母さんだ、なんてことを頭の中に浮かべていた。
友梨佳は勉強道具を片づけ、母親のところに向かった。
「お母さん、おつかれさま。今日の晩御飯なあに?」
「今日はね、サバの味噌煮。健康的な和食だよ。」
「お母さんの得意料理だね。楽しみにしてる。」
「そういえば、もうすぐテストだよね。どう? 勉強の方は進んでる?」
「うーん、正直微妙かな。今回の範囲、結構難しいんだよね。」
「そうなのね、でも大丈夫。あなたならできるから。」
「あなたならできるから。」これは昔から母親がよく言っている言葉だ。これまでの人生で、友梨佳はなんとか与えられた壁を越えることができていた。でも、高校の勉強はやはり難しい。次第に自分が遅れていくのを、自分自身が感じている。母親はそれには気づいていないのだろう。
(「親の心、子知らず」ならぬ「子の心、親知らず」だね。)
そんなつまらないことを友梨佳は心の中でつぶやいていた。
