桔梗は愛馬に跨り、二十人程の騎馬と共に先頭を進む。
そして、城を出た翌日の早朝、ついに佐山の軍勢をその視界に捉えた。
互いの距離は馬を走らせれば数分。圧倒的な兵力差で川を挟んで対峙する。佐山の軍勢から一人の騎馬武者が前に出て来た。
「我は佐山 龍三也!!北方の大将は何処!!」
矢が届く距離にも関わらず、佐山氏の当主自らが前に出て叫ぶ。それに応じる様に、桔梗が一団の中から前へ進んで応じた。
「私が大将の北方 桔梗だ!!一騎打ちを所望するのであれば、受けて立とうではないか!!」
桔梗は腰に佩いていた刀を抜くと、佐山の方に向かって構える。
「はっはっはっは!!これはまた、話に聞いていた通りの女武者か。
小賢しい。御前等、儂が直接相手をするまでもないわ。又兵衛!!御前が行って、あの女の首を取って参れ!!」
「御意!!」
佐山が右手を振ると、背後から桔梗の倍はあろうかという巨漢の鎧武者が姿を現した。二回り程大きい巨馬に跨り、十尺はあろうかという槍を手にしている。その姿を目にした瞬間、北方氏の兵達が反射的に二、三歩下がる。
この武者の名を中村 又兵衛。幾度となく戦った北方氏の兵達は、その勇猛さを身を以って知っていた。常に無双状態であり、又兵衛の進む所に道が出来、死体の山が積み上がった。佐山の最強武将であり、又兵衛の名が響き渡るだけで兵達は浮き足立った。
戦に卑怯という言葉は無い。
巨馬を駆り、又兵衛が一気に桔梗を目指す。
桔梗さえ討ち取ってしまえば、北方氏の戦意が一気に落ちる事は明白だからだ。
地響きを鳴らしながら、一直線に桔梗を目指す又兵衛。
その朱色に染まった槍が、馬の速度を乗せて突き出される。
巨大な岩を砕く穂先が、桔梗の喉元へと伸びた。
風穴を開けると思われた瞬間、甲高い金属音と共に上空へと槍が弾かれる。
同時に、髭面の首が川面に浮かんだ。
「私は百。御前達は、一人十だ。行くぞ!!!!」
駆け出した桔梗を目にし、我に返った兵達がその声に応じた。
「「「「「おおおおおおおっ!!!!」」」」」
又兵衛が討たれた事実を受け入れる事が出来なかった佐山は反応が遅れた。再び思考が動き始めた時には、直ぐ目の前に桔梗が居た。佐山を守る為に前に出た兵は桔梗の一振りによって切り伏せられ、河原は朱に染まった。呆気に取られる周囲の兵達も、返す刀で首が飛んだ。最強であるはずの又兵衛が一撃で首を刎ねられ、目の前で次々と味方が倒れていく。自分達が圧倒的多数であるにも関わらず、恐慌状態に陥り戦意を喪失していく佐山軍。桔梗に追い付いた兵達が、烏合の衆と化した佐山軍に突撃した。陣形は一瞬にして崩れ、未だに千人以上は多いはずの兵は、後方から逃げ始める。
その先頭を走るのは佐山 龍三であった。もう何がどうなっているのか全く分からなかった。ただ、目の前に迫っていた女武者には絶対に勝てない、という事だけは理解出来た。兵力差ではない。存在の圧力が全く別次元だったからだ。生きて帰る。それだけしか考えられなかった。
桔梗が出陣して二刻が過ぎた頃、城に残っていた彦十郎は、いつもは床の間に飾っている刀を手にしていた。
佐山の侵攻に、黒澤 滝衛門が関わっている事は明白だった。これ迄は多少賄賂を受け取ろうが、自領の為に働くのであればと見逃してきた。しかし、他家に寝返るという行為は看過出来なかった。
城内の黒澤が使用している部屋に向かい、彦十郎は襖を開け放った。柱にぶつかった襖が、大きい音を響かせる。それに驚いた黒澤が、慌てて顔を上げたものの、彦十郎の姿を見た瞬間いつもの歪んだ笑みを浮かべた。立ち上がりもせず、舐め切った態度で口を開く。
「殿、いかがされましたか?その様に強く開かれますと襖が痛んでしまいます。襖一つでも相当の金額が必要になるのです。これはもう、二つとも出入りしている職人に頼まないといけませんね。予算的には―――――」
黒澤はそれ以上、口にする事が出来なかった。
黒澤は大きな間違いを犯していた。
彦十郎は仕事が出来ない訳ではない。
決断をする事が不得手でもない。
刀の扱いが苦手な訳でもない。
ただ、己の能力を知り、祖父や父に勝てないと思っただけだ。
凡庸であっても無能ではない。
自身と大差がないのであれば、他人に任せた方が良いと思っているだけだ。
何より、祖父が広げ、父が守った自領を深く愛していた。
「仕方が無い。内政は自分でするしかあるまい」
真っ赤に染まった襖と畳の交換を指示し、彦十郎は納刀するとそのまま城の門に向かって歩き始める。歩きながら、周囲に大声で叫んだ。
「直ぐに武装して城門に集れ!!
城下にも触れを出せ。戦える者は早急に準備し、指示があるまで待機するように!!」
戦の準備を整えるにはそれなりに時間を要した。不用意に敵と遭遇してしまうと、瞬時に壊滅する可能性があるのだ。
ようやく準備が整ったのは、二日目の昼前の事だった。苛々と待っていた彦十郎は、鎧を鳴らしながら城門に出た。そして、出陣の号令を掛けようとしたその時、街の方向から耳が痛くなる程の歓声が上がった。
「殿!!桔梗様が、桔梗様が佐山に完勝し、凱旋されました!!」
そして、城を出た翌日の早朝、ついに佐山の軍勢をその視界に捉えた。
互いの距離は馬を走らせれば数分。圧倒的な兵力差で川を挟んで対峙する。佐山の軍勢から一人の騎馬武者が前に出て来た。
「我は佐山 龍三也!!北方の大将は何処!!」
矢が届く距離にも関わらず、佐山氏の当主自らが前に出て叫ぶ。それに応じる様に、桔梗が一団の中から前へ進んで応じた。
「私が大将の北方 桔梗だ!!一騎打ちを所望するのであれば、受けて立とうではないか!!」
桔梗は腰に佩いていた刀を抜くと、佐山の方に向かって構える。
「はっはっはっは!!これはまた、話に聞いていた通りの女武者か。
小賢しい。御前等、儂が直接相手をするまでもないわ。又兵衛!!御前が行って、あの女の首を取って参れ!!」
「御意!!」
佐山が右手を振ると、背後から桔梗の倍はあろうかという巨漢の鎧武者が姿を現した。二回り程大きい巨馬に跨り、十尺はあろうかという槍を手にしている。その姿を目にした瞬間、北方氏の兵達が反射的に二、三歩下がる。
この武者の名を中村 又兵衛。幾度となく戦った北方氏の兵達は、その勇猛さを身を以って知っていた。常に無双状態であり、又兵衛の進む所に道が出来、死体の山が積み上がった。佐山の最強武将であり、又兵衛の名が響き渡るだけで兵達は浮き足立った。
戦に卑怯という言葉は無い。
巨馬を駆り、又兵衛が一気に桔梗を目指す。
桔梗さえ討ち取ってしまえば、北方氏の戦意が一気に落ちる事は明白だからだ。
地響きを鳴らしながら、一直線に桔梗を目指す又兵衛。
その朱色に染まった槍が、馬の速度を乗せて突き出される。
巨大な岩を砕く穂先が、桔梗の喉元へと伸びた。
風穴を開けると思われた瞬間、甲高い金属音と共に上空へと槍が弾かれる。
同時に、髭面の首が川面に浮かんだ。
「私は百。御前達は、一人十だ。行くぞ!!!!」
駆け出した桔梗を目にし、我に返った兵達がその声に応じた。
「「「「「おおおおおおおっ!!!!」」」」」
又兵衛が討たれた事実を受け入れる事が出来なかった佐山は反応が遅れた。再び思考が動き始めた時には、直ぐ目の前に桔梗が居た。佐山を守る為に前に出た兵は桔梗の一振りによって切り伏せられ、河原は朱に染まった。呆気に取られる周囲の兵達も、返す刀で首が飛んだ。最強であるはずの又兵衛が一撃で首を刎ねられ、目の前で次々と味方が倒れていく。自分達が圧倒的多数であるにも関わらず、恐慌状態に陥り戦意を喪失していく佐山軍。桔梗に追い付いた兵達が、烏合の衆と化した佐山軍に突撃した。陣形は一瞬にして崩れ、未だに千人以上は多いはずの兵は、後方から逃げ始める。
その先頭を走るのは佐山 龍三であった。もう何がどうなっているのか全く分からなかった。ただ、目の前に迫っていた女武者には絶対に勝てない、という事だけは理解出来た。兵力差ではない。存在の圧力が全く別次元だったからだ。生きて帰る。それだけしか考えられなかった。
桔梗が出陣して二刻が過ぎた頃、城に残っていた彦十郎は、いつもは床の間に飾っている刀を手にしていた。
佐山の侵攻に、黒澤 滝衛門が関わっている事は明白だった。これ迄は多少賄賂を受け取ろうが、自領の為に働くのであればと見逃してきた。しかし、他家に寝返るという行為は看過出来なかった。
城内の黒澤が使用している部屋に向かい、彦十郎は襖を開け放った。柱にぶつかった襖が、大きい音を響かせる。それに驚いた黒澤が、慌てて顔を上げたものの、彦十郎の姿を見た瞬間いつもの歪んだ笑みを浮かべた。立ち上がりもせず、舐め切った態度で口を開く。
「殿、いかがされましたか?その様に強く開かれますと襖が痛んでしまいます。襖一つでも相当の金額が必要になるのです。これはもう、二つとも出入りしている職人に頼まないといけませんね。予算的には―――――」
黒澤はそれ以上、口にする事が出来なかった。
黒澤は大きな間違いを犯していた。
彦十郎は仕事が出来ない訳ではない。
決断をする事が不得手でもない。
刀の扱いが苦手な訳でもない。
ただ、己の能力を知り、祖父や父に勝てないと思っただけだ。
凡庸であっても無能ではない。
自身と大差がないのであれば、他人に任せた方が良いと思っているだけだ。
何より、祖父が広げ、父が守った自領を深く愛していた。
「仕方が無い。内政は自分でするしかあるまい」
真っ赤に染まった襖と畳の交換を指示し、彦十郎は納刀するとそのまま城の門に向かって歩き始める。歩きながら、周囲に大声で叫んだ。
「直ぐに武装して城門に集れ!!
城下にも触れを出せ。戦える者は早急に準備し、指示があるまで待機するように!!」
戦の準備を整えるにはそれなりに時間を要した。不用意に敵と遭遇してしまうと、瞬時に壊滅する可能性があるのだ。
ようやく準備が整ったのは、二日目の昼前の事だった。苛々と待っていた彦十郎は、鎧を鳴らしながら城門に出た。そして、出陣の号令を掛けようとしたその時、街の方向から耳が痛くなる程の歓声が上がった。
「殿!!桔梗様が、桔梗様が佐山に完勝し、凱旋されました!!」



