部屋を出て行く桔梗を見送った後、彦十郎はその残像を追っていた。
どれだけの時間そうしていたのか、兵を招集する太鼓の音が鳴り響いて我に返った。そして、同時に己の愚かな行為を思い出す。
彦十郎は桔梗に兵達の指揮権を与える時に、その証として一振りの刀を手渡した。
「この刀は祖父が愛用していた物だ。銘を童子切安綱と言う。かつて、源頼光が酒天童子という悪鬼を斬ったという由来がある名刀だ。これを御前に与える。存分にその力を発揮し、我が領地を守ってくれ」
そんな名刀が、この貧弱な領地にあるはずがない。与えた刀はどこにでもある鈍だった。それを嫌味だけを込めて、彦十郎は桔梗に下賜したのだ。思い上がっている女子を、内心で嘲笑いながら。先程、桔梗が腰に佩いていた刀では、あの様な鈍では鎧どころか生身ですら切る事は叶わない。
彦十郎は床の間に飾っていた自らの刀を手取ると、立ち上がって太鼓の鳴る方へと歩き出した。
城とは名ばかりのあばら家。その門前で集合する兵達を前にして、背筋を伸ばして立つ桔梗の姿。彦十郎は、どうにかその背中に追い付いた。しかし、間に合いはしなかった。不思議と良く通る声音で、桔梗が口を開いた。
「この地を蹂躪しようと、北から佐山が攻め込んで来た。その数は、およそ千五百」
兵数を聞き、兵達の間に動揺が走る。ここ暫くの鍛錬で精強になりつつはあっても、未だに烏合の衆である。数の差を確認し、兵達は絶望に飲み込まれようとしている。
「この地には、御前達の大切な人達が居る」
桔梗の言葉に兵達の口から溢れていた不安が止まる。
「この地には、御前達の大事な思いが在る」
続いた言葉に兵達が桔梗の方に視線を向ける。
「この地には、御前達を信じている人達が居る」
自分達の背負う物に気付いた兵達の目に光が戻る。
「この地を守らなければ、その全てを失う」
その言葉に兵達が武器を握り締める。
「この地を守るのは誰だ?」
「俺達だ!!」
桔梗の言葉に一人の兵が声を上げる。
「我等は二百。敵方は千五百。私が百は屠ろうではないか。残りは千と四百。御前達が一人で七人討ち取れば勝てる。御前達は何人討ち取る事が出来るのだ?」
桔梗が挑戦的な笑みを浮かべ、兵達の顔を順番に覗き込む。
「俺は七人くらい楽勝で倒せる!!」
「いや、俺は十人はいけるぞ!!」
「俺は十二だ!!」
「俺は二十!!」
兵達が競う様にして数を上げていく。その様子を目にして桔梗が高らかに笑った。
「敵が二千、いや一万いようとも我等は負けない。
我が領地を侵す者達に、この世の地獄を見せてやれ。
一人残らず討ち取って、絶対に凱旋するぞ。
―――――いざ、出陣!!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」」
彦十郎は声を掛ける事さえ出来ず、その雄姿を見送るしかなかった。
その姿が、追いかけ続けて諦めた、己の理想そのものだったからだ。
桔梗が抜いて掲げた刀は、彦十郎が贈った鈍だった。
どれだけの時間そうしていたのか、兵を招集する太鼓の音が鳴り響いて我に返った。そして、同時に己の愚かな行為を思い出す。
彦十郎は桔梗に兵達の指揮権を与える時に、その証として一振りの刀を手渡した。
「この刀は祖父が愛用していた物だ。銘を童子切安綱と言う。かつて、源頼光が酒天童子という悪鬼を斬ったという由来がある名刀だ。これを御前に与える。存分にその力を発揮し、我が領地を守ってくれ」
そんな名刀が、この貧弱な領地にあるはずがない。与えた刀はどこにでもある鈍だった。それを嫌味だけを込めて、彦十郎は桔梗に下賜したのだ。思い上がっている女子を、内心で嘲笑いながら。先程、桔梗が腰に佩いていた刀では、あの様な鈍では鎧どころか生身ですら切る事は叶わない。
彦十郎は床の間に飾っていた自らの刀を手取ると、立ち上がって太鼓の鳴る方へと歩き出した。
城とは名ばかりのあばら家。その門前で集合する兵達を前にして、背筋を伸ばして立つ桔梗の姿。彦十郎は、どうにかその背中に追い付いた。しかし、間に合いはしなかった。不思議と良く通る声音で、桔梗が口を開いた。
「この地を蹂躪しようと、北から佐山が攻め込んで来た。その数は、およそ千五百」
兵数を聞き、兵達の間に動揺が走る。ここ暫くの鍛錬で精強になりつつはあっても、未だに烏合の衆である。数の差を確認し、兵達は絶望に飲み込まれようとしている。
「この地には、御前達の大切な人達が居る」
桔梗の言葉に兵達の口から溢れていた不安が止まる。
「この地には、御前達の大事な思いが在る」
続いた言葉に兵達が桔梗の方に視線を向ける。
「この地には、御前達を信じている人達が居る」
自分達の背負う物に気付いた兵達の目に光が戻る。
「この地を守らなければ、その全てを失う」
その言葉に兵達が武器を握り締める。
「この地を守るのは誰だ?」
「俺達だ!!」
桔梗の言葉に一人の兵が声を上げる。
「我等は二百。敵方は千五百。私が百は屠ろうではないか。残りは千と四百。御前達が一人で七人討ち取れば勝てる。御前達は何人討ち取る事が出来るのだ?」
桔梗が挑戦的な笑みを浮かべ、兵達の顔を順番に覗き込む。
「俺は七人くらい楽勝で倒せる!!」
「いや、俺は十人はいけるぞ!!」
「俺は十二だ!!」
「俺は二十!!」
兵達が競う様にして数を上げていく。その様子を目にして桔梗が高らかに笑った。
「敵が二千、いや一万いようとも我等は負けない。
我が領地を侵す者達に、この世の地獄を見せてやれ。
一人残らず討ち取って、絶対に凱旋するぞ。
―――――いざ、出陣!!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」」
彦十郎は声を掛ける事さえ出来ず、その雄姿を見送るしかなかった。
その姿が、追いかけ続けて諦めた、己の理想そのものだったからだ。
桔梗が抜いて掲げた刀は、彦十郎が贈った鈍だった。



