「何っ!?城に詰めている兵達と模擬戦をしただと?」
桔梗の様子を監視していた者から、彦十郎は報告を受け反射的に聞き返した。
「はい、桔梗様は二刻程一心不乱に木刀を振り続けた後、ようやく鍛錬に現れた兵達に告げられました。もし、私が勝てば、今後は指示に従って貰う。負ければ、これ迄通りに好きにして良いと」
彦十郎は名ばかり指揮権を与えられて喜ぶものだと思っていたが、桔梗の噂を思いだして考えを改める。もじ、血気盛んであった頃の己が同じ立場に置かれたとしたら、本気で兵達に対峙していたに違いないからだ。
「それで、桔梗はどうなったのだ?兵達は手加減をしたのであろうな?」
彦十郎は腰を上げ、身を乗り出して事の顛末を訊ねた。それは、間違いなく悲観的な予想だった。しかし、監視していた者は左右に首を振った後、湧き上がる感情を抑え切れずに声を上げる。
「打ち倒されました」
「何?」
「桔梗様は、見事に全員を打ち倒されました!!最初、兵達は手加減をしている様に見受けられましたが、数人がただの一撃で吹き飛ばされた後は、全員が全力で挑み掛かりました。しかし、誰一人として一撃すら当てられず、一刻程後には全員が地面に転がっていました。二百を超える男達の真ん中で、桔梗様は艶やかな笑顔を湛えて仰いました『これで、誰も文句はあるまいな』と」
彦十郎はその説明を聞き、唖然として浮いていた腰を落として座った。
「兵達はその言葉を聞き、全員が桔梗様の前に跪き、そして、『以後、桔梗様に従います』と声を揃えて平伏致しました」
その話を隣で聞いていた綾乃が、恍惚とした表情で虚空を見詰める。
「当然の結果だと思います。桔梗様は領地に数十人の野党が現れた時、たった一人で領民の前に立ち塞がって追い払ってくれました。誰一人として城からの出陣が無い状態で、領民を守ってくれたのです。桔梗様の実力と人望を知らないのは城内の者達だけなのですよ。当たり前の事ですが、侍女である私も桔梗様をお慕いしています」
言葉に詰まっている彦十郎に、監視していた者が最後に伝えた。
「以後、兵達は桔梗様をこう呼ぶそうです。『姫大将」と」
その後、城に詰めていた兵達は桔梗と共に早朝から鍛錬をし、相互に連携を確認する事によって力を蓄えていった。当初の怠惰な景色は見当たらず、全員が家族や領民を守る事を心に誓っていた。
桔梗が姫大将を呼ばれる様になって三月が流れた頃、「面子を潰された」と告げ、彦十郎に娘を嫁がせようと画策していた佐山氏が攻め込んで来た。総勢は千五百。北方氏の全兵力が約八百。しかも、直ぐに出陣可能な兵となれば、城内に待機している二百しかいない。七倍余りの兵力差があるが、だからといって彦十郎に降伏という考えはなかった。
「殿、私が行って蹴散らして参りますので、御心配は無用です」
佐山氏の侵攻を耳にした直後、桔梗が彦十郎の元を訪れて告げる。
「ただ一つだけ、黒澤 滝衛門は捕らえておかれた方が宜しいかと」
彦十郎が頷く事しか出来ないでいると、桔梗が座ったまま下がり、部屋の端で立ち上がった。
清々しい程に前だけを見詰める瞳。
負ける事など微塵も考えない自信。
ただ領民を守るためだけに命を懸ける姿。
桔梗の背中を見送る彦十郎の手、本人も気付かない内に震えていた。
桔梗の様子を監視していた者から、彦十郎は報告を受け反射的に聞き返した。
「はい、桔梗様は二刻程一心不乱に木刀を振り続けた後、ようやく鍛錬に現れた兵達に告げられました。もし、私が勝てば、今後は指示に従って貰う。負ければ、これ迄通りに好きにして良いと」
彦十郎は名ばかり指揮権を与えられて喜ぶものだと思っていたが、桔梗の噂を思いだして考えを改める。もじ、血気盛んであった頃の己が同じ立場に置かれたとしたら、本気で兵達に対峙していたに違いないからだ。
「それで、桔梗はどうなったのだ?兵達は手加減をしたのであろうな?」
彦十郎は腰を上げ、身を乗り出して事の顛末を訊ねた。それは、間違いなく悲観的な予想だった。しかし、監視していた者は左右に首を振った後、湧き上がる感情を抑え切れずに声を上げる。
「打ち倒されました」
「何?」
「桔梗様は、見事に全員を打ち倒されました!!最初、兵達は手加減をしている様に見受けられましたが、数人がただの一撃で吹き飛ばされた後は、全員が全力で挑み掛かりました。しかし、誰一人として一撃すら当てられず、一刻程後には全員が地面に転がっていました。二百を超える男達の真ん中で、桔梗様は艶やかな笑顔を湛えて仰いました『これで、誰も文句はあるまいな』と」
彦十郎はその説明を聞き、唖然として浮いていた腰を落として座った。
「兵達はその言葉を聞き、全員が桔梗様の前に跪き、そして、『以後、桔梗様に従います』と声を揃えて平伏致しました」
その話を隣で聞いていた綾乃が、恍惚とした表情で虚空を見詰める。
「当然の結果だと思います。桔梗様は領地に数十人の野党が現れた時、たった一人で領民の前に立ち塞がって追い払ってくれました。誰一人として城からの出陣が無い状態で、領民を守ってくれたのです。桔梗様の実力と人望を知らないのは城内の者達だけなのですよ。当たり前の事ですが、侍女である私も桔梗様をお慕いしています」
言葉に詰まっている彦十郎に、監視していた者が最後に伝えた。
「以後、兵達は桔梗様をこう呼ぶそうです。『姫大将」と」
その後、城に詰めていた兵達は桔梗と共に早朝から鍛錬をし、相互に連携を確認する事によって力を蓄えていった。当初の怠惰な景色は見当たらず、全員が家族や領民を守る事を心に誓っていた。
桔梗が姫大将を呼ばれる様になって三月が流れた頃、「面子を潰された」と告げ、彦十郎に娘を嫁がせようと画策していた佐山氏が攻め込んで来た。総勢は千五百。北方氏の全兵力が約八百。しかも、直ぐに出陣可能な兵となれば、城内に待機している二百しかいない。七倍余りの兵力差があるが、だからといって彦十郎に降伏という考えはなかった。
「殿、私が行って蹴散らして参りますので、御心配は無用です」
佐山氏の侵攻を耳にした直後、桔梗が彦十郎の元を訪れて告げる。
「ただ一つだけ、黒澤 滝衛門は捕らえておかれた方が宜しいかと」
彦十郎が頷く事しか出来ないでいると、桔梗が座ったまま下がり、部屋の端で立ち上がった。
清々しい程に前だけを見詰める瞳。
負ける事など微塵も考えない自信。
ただ領民を守るためだけに命を懸ける姿。
桔梗の背中を見送る彦十郎の手、本人も気付かない内に震えていた。



