戦場の花は散らず、すべてを魅了する。

 翌日の辰の刻、彦十郎の前には凛とした佇まいの女性が座っていた。
 彦十郎が申し伝えた通り、家老である成明が娘を連れて来たのである。二人で話しがしたい旨を告げると、成明は退室した。

「小山 成明が長女、桔梗でございます。殿に於かれましては―――――」
「ああ、良い良い。そんなに堅苦しく話しがしたい訳ではない」
 彦十郎は長く意味の無い口上を皆まで口にしようとした桔梗を静止する。
 そんな彦十郎の態度に、桔梗は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
「父からどの様に聞かされているのか分からぬが、余は妻を娶るつもりはない。そなたも聞き及んでいようが、認められまいが綾乃以外に妻を持つつもりは無い」

 彦十郎に厳しい言葉を投げ付けられても、桔梗の表情は微塵も崩れなかった。父から前もって状況を説明されていたのか、桔梗は淡々とした口調で問い返した。
「我等の領地は東、北、西と三方を敵に囲まれ、しかも、敵方の方が兵数、兵糧共に多く、風前の灯と言える状況にあります。私は郷土を守る為に、我が身を捧げる覚悟がございます。殿はどのようにお考えなのでしょうか?」
 重臣とはいえ配下の娘如きに痛いところを突かれ、彦十郎は渋面になる。
「当然、余は住民の生活を憂いておるし、失った領地についても早急に取り戻そうと考えておる」
 そう口にしてみたものの、余りに非現実的な内容に内心で苦笑する。もう、彦十郎は諦めているのだ。祖父や父の様な才能が自分には無い事を理解しているが故に。

 桔梗の言葉には続きがあった。
「殿のお言葉通りであったとしても、綾乃様を正室として公表する事は出来ません。その事は殿も十分にご理解されていると存じます」
 周囲から何度も同じ事を言われている為、彦十郎は思わずカッとなって怒鳴り声を上げてじまった。
「たかが家老の娘如きが、余に説教をしようと言うのか!!」
 腰を上げた彦十郎が、床の間に置いてある刀に手を伸ばす。その行動を間近で目撃しても、桔梗の表情は揺るがなかった。
「そこで、ご提案がございます。対内外的に体裁を整える為、私と形ばかりの婚姻を結ぶ―――というのはいかがでしょうか?」
 その申し出を受けた彦十郎の眉根が少しだけ緩む。
「妻として、思いを寄せる相手は綾乃様お一人で構いませぬ。その代わり、生害を飾りとして過ごすのですから、一つだけ私の我儘をお聞き届け下さい」
「ふむ、内容によるな」
 ここが勝負所とばかり、桔梗は背筋を伸ばして告げる。
「私を戦場に立たせて下さい。指揮権の一部を私にお任せ頂きたいのです」

「契約結婚・・・という事か」
 悪くない、と彦十郎は考える。
 条件としては悪くない。指揮権を与えたところで、実際に戦場に立つ様な事にはならないだろう。
「よし、良かろう。そなたの自由を許す。軍事についての権限も与えよう」


 この日から三日後、時間的な制約がある故に、早急に彦十郎と桔梗の結婚の儀が執り行われた。