「殿も十八歳になられましたし、御世継ぎの事を考えなければなりませぬ」
いつもの様に、彦十郎が城内の一室で庭を眺めていると、内政を任せている家老の黒澤が訪れて口を開いた。一応臣下の礼を取って頭を下げてはいるが、彦十郎を見下している事は明らかだった。黒澤は勘違いしているが、彦十郎は凡庸であっても愚鈍ではない。先代と先々代が優秀であっただけだ。
黒澤は下卑な野心を隠したつもりで、下心を曝け出して続ける。
「我が領の北側に位置する佐山 龍三様が、御息女を輿入れさせても良いと使者を送って参りました。縁を結べば殿を息子の様に扱い、いくらでも手を差し伸べようと仰っています。この際、佐山様からの申し出を受けられては如何ですか?」
「・・・佐山様、ね」
彦十郎はその呼び方で、黒澤が佐山と何らかの裏取引をしている事を理解した。
「滝衛門・・・余には既に綾乃という妻がいる。二人目の妻など必要ない」
彦十郎がそう答えると、想定していた通りであったのか、黒澤は顔色一つ変えずに受け流す。
「いえいえ殿。侍女を娶ったと申されましても、世間的、外交的にそれは妻とは認められませぬ。それに、もし御子が誕生したとしても後継者には成り得ませぬ。佐山様のような領主でなくとも、せめて重臣と呼ばれる者の縁者でなければ」
彦十郎は黒澤の言葉に対する答えが見付けられなかった。確かに、侍女では正室にも側室にもする事は出来ない。あくまでも、自称という事になってしまう。それ故に、現状では、いくら彦十郎が妻がいると口にしたところそで、何の意味も持たないのだ。
「返事は十日後と制限されていますので、宜しく御願い致します」
黒澤はそう告げると、白々しく頭を垂れて部屋を出て行った。
さてと、どうしたものか。
彦十郎は黒澤が去った後、そのまま縁側に座したまま考える。佐山は幾度となく北方領に攻め入り、その度に領地を削っていく謂わば仇敵だ。その相手が和睦の申し出や経済的な支援をしてくるはずがない。自らの息女を北方氏に送り込み、彦十郎を傀儡にして後、自領として併呑しようとしているに違いない。黒澤には、その後の統治を任せる旨の密約があるのだろう。
「ふう、困ったものだな」
思わず溢してしまう程には、彦十郎も返答に窮していた。
現状と自分の能力を考えれば、ここから大逆転などという未来は考えられない。だからといって、言葉一つで三代に渡って維持してきた領地を明け渡す訳にもいかない。祖父と父を間近で見てきた彦十郎にとって、最期は城を枕に討ち死になのだ。
「殿、少し宜しいですか?」
彦十郎が頭を抱えていると、襖の向こう側から声が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼致します」
頭を下げて部屋に入って来たのは、外交、戦を任せている小山であった。
「先程、佐山から使者が参ったとの報告を受けました。恐らく、婚姻の申し出でしょう」
小山の読みに、彦十郎は苦笑を浮かべる。
「その通りだ」
それを聞いた小山は、全く表情を動かさないまま続けた。
「どう考えても、佐山の申し出は受けるべきではありません。もし婚姻を結べば、近い将来間違いなく佐山に飲み込まれてしまいます。我々は武士です。一度立ち上がったからには、最期は城を枕に討ち死にするべきかと愚考致します」
小山の具申は、彦十郎と全く同じだった。しかし、その後の展望が全く開けずに苦悩しているのだ。
「我が娘、桔梗を娶っては如何でしょうか。そうすれば、対外的にも内部的に余計な横槍を受けずに済みまする」
なるほど、と彦十郎は思案する。
小山は北方氏に三代に渡って仕える重臣である。例え正室に迎えたとしても、異論が出る可能性は低い。問題は、彦十郎にとっての心の正室が、あくまでも綾乃だという事だ。名ばかりの正室で、桔梗が納得するかどうかである。もし、婚姻を結んだ後に公然と不平を口にされてしまうと、内部の統制が取れなくなってしまう。小山はそれ程に重要な一族なのだ。
「成明、話しは分かった。一度、直接会って話しがしたい。急かせる様で悪いが、明日にでも連れて来てくれないか」
小山は彦十郎の言葉に頭を垂れると、即座に返事をした。
「明日、娘を連れて参ります」
いつもの様に、彦十郎が城内の一室で庭を眺めていると、内政を任せている家老の黒澤が訪れて口を開いた。一応臣下の礼を取って頭を下げてはいるが、彦十郎を見下している事は明らかだった。黒澤は勘違いしているが、彦十郎は凡庸であっても愚鈍ではない。先代と先々代が優秀であっただけだ。
黒澤は下卑な野心を隠したつもりで、下心を曝け出して続ける。
「我が領の北側に位置する佐山 龍三様が、御息女を輿入れさせても良いと使者を送って参りました。縁を結べば殿を息子の様に扱い、いくらでも手を差し伸べようと仰っています。この際、佐山様からの申し出を受けられては如何ですか?」
「・・・佐山様、ね」
彦十郎はその呼び方で、黒澤が佐山と何らかの裏取引をしている事を理解した。
「滝衛門・・・余には既に綾乃という妻がいる。二人目の妻など必要ない」
彦十郎がそう答えると、想定していた通りであったのか、黒澤は顔色一つ変えずに受け流す。
「いえいえ殿。侍女を娶ったと申されましても、世間的、外交的にそれは妻とは認められませぬ。それに、もし御子が誕生したとしても後継者には成り得ませぬ。佐山様のような領主でなくとも、せめて重臣と呼ばれる者の縁者でなければ」
彦十郎は黒澤の言葉に対する答えが見付けられなかった。確かに、侍女では正室にも側室にもする事は出来ない。あくまでも、自称という事になってしまう。それ故に、現状では、いくら彦十郎が妻がいると口にしたところそで、何の意味も持たないのだ。
「返事は十日後と制限されていますので、宜しく御願い致します」
黒澤はそう告げると、白々しく頭を垂れて部屋を出て行った。
さてと、どうしたものか。
彦十郎は黒澤が去った後、そのまま縁側に座したまま考える。佐山は幾度となく北方領に攻め入り、その度に領地を削っていく謂わば仇敵だ。その相手が和睦の申し出や経済的な支援をしてくるはずがない。自らの息女を北方氏に送り込み、彦十郎を傀儡にして後、自領として併呑しようとしているに違いない。黒澤には、その後の統治を任せる旨の密約があるのだろう。
「ふう、困ったものだな」
思わず溢してしまう程には、彦十郎も返答に窮していた。
現状と自分の能力を考えれば、ここから大逆転などという未来は考えられない。だからといって、言葉一つで三代に渡って維持してきた領地を明け渡す訳にもいかない。祖父と父を間近で見てきた彦十郎にとって、最期は城を枕に討ち死になのだ。
「殿、少し宜しいですか?」
彦十郎が頭を抱えていると、襖の向こう側から声が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼致します」
頭を下げて部屋に入って来たのは、外交、戦を任せている小山であった。
「先程、佐山から使者が参ったとの報告を受けました。恐らく、婚姻の申し出でしょう」
小山の読みに、彦十郎は苦笑を浮かべる。
「その通りだ」
それを聞いた小山は、全く表情を動かさないまま続けた。
「どう考えても、佐山の申し出は受けるべきではありません。もし婚姻を結べば、近い将来間違いなく佐山に飲み込まれてしまいます。我々は武士です。一度立ち上がったからには、最期は城を枕に討ち死にするべきかと愚考致します」
小山の具申は、彦十郎と全く同じだった。しかし、その後の展望が全く開けずに苦悩しているのだ。
「我が娘、桔梗を娶っては如何でしょうか。そうすれば、対外的にも内部的に余計な横槍を受けずに済みまする」
なるほど、と彦十郎は思案する。
小山は北方氏に三代に渡って仕える重臣である。例え正室に迎えたとしても、異論が出る可能性は低い。問題は、彦十郎にとっての心の正室が、あくまでも綾乃だという事だ。名ばかりの正室で、桔梗が納得するかどうかである。もし、婚姻を結んだ後に公然と不平を口にされてしまうと、内部の統制が取れなくなってしまう。小山はそれ程に重要な一族なのだ。
「成明、話しは分かった。一度、直接会って話しがしたい。急かせる様で悪いが、明日にでも連れて来てくれないか」
小山は彦十郎の言葉に頭を垂れると、即座に返事をした。
「明日、娘を連れて参ります」



