戦場の花は散らず、すべてを魅了する。

 野田軍が高倉氏の領地に攻め込み、降伏させるまでに五日しか必要としなかった。
 桔梗が率いる北方軍に兵力を削られていた事も影響し、抵抗らしい抵抗も出来ないまま領主の高倉 重忠は城門を開いて跪いた。その後、一日だけ休息し、野田軍は合戦中であるはずの佐山氏の領地へと進軍を開始した。

 桔梗はその情報を確認し、部下に対し戦況を伝えた。
 高倉氏は既に滅亡し、野田軍は殆ど無傷のまま進軍して来る事を。このままであれば、間違いなく二百程度の兵では一刻足止めする事しか出来ずに全滅するであろう未来も。逃げる事も、幸福する事のどちらを選択しても決して怨まないと。
 しかし、それでも二百の部下は一人として欠けなかった。
「最後の一兵まで御供致します」
 代表してそう言った兵同様に、全員が笑って抜刀して天に掲げた。

 初めて桔梗は、他人前で涙を流して頭を下げた。


「明日には野田の先鋒隊が作戦の場所に到達するだろう。今から英気を養え。今夜決戦の場に向けて出陣する」

 そう、桔梗が指示を出した直後、野田軍が侵攻してくる方向とは反対側に砂塵が舞い上がった。その方向から向かって来る軍勢は限られている。半刻も経たない内に、その正体が桔梗の前に姿を見せた。

「桔梗、大事ないか?」
 そう言って仏頂面を見せる彦十郎は、数年振りに甲冑を身に纏い、腰に二振りの刀を佩いていた。彦十郎はその内の一振りを鞘ごと抜き取り、桔梗の目の前に差し出す。
「その鈍は返し、これを使え。これこそが、真の名刀だ」
「いえ、しかし・・・」
「命令だ」
 桔梗は自らの腰から抜き取ると、両手で刀を差し出した。
 彦十郎はそれを片手で掴み、もう一方の手で持っていた刀を桔梗に手渡す。そして、何故か受け取った刀を自らの腰に差してしまった。
 自ら鈍だと宣言した刀を何故身近に置こうとしているのか理解出来ず、桔梗が問い返した。
「殿?・・・鈍だと申された刀を、御使いになるのですか?」
 彦十郎は背を向け、刀の柄を小突いて小さく答えた。

「こうしておくと、どれだけ激戦になり離れ離れになろうとも、一緒に戦っている様に思えるだろう」



 桔梗の連れて来た兵が二百。彦十郎が無理して徴収した兵が八百。戦力的には大きく増えてはいるものの、八百の中身は数合わせに過ぎない。精強な兵五千とは戦う前から結果が見えている。とは言え、状況が分かった上で出陣して来た彦十郎が大人しく撤退するとは思えなかった。せめて後、千五百、いや千もいれば戦略で打ち破る事が出来るかも知れない。しかし、これ以上、北方氏の領地で兵を募る事は不可能だ。

 頭を悩ませている桔梗と彦十郎の元に、東方から騎乗した兵が近付いて来た。
 東方は佐山氏と小川氏が睨み合っていた方向である。数日前に停戦を求める使者を、桔梗自らが二方に送った。開戦の知らせが無いという事で、桔梗はすっかり話しがまとまったものだと考えていた。もし今、佐山氏に攻められると、挟撃される形になり北方軍は全滅するだろう。

 佐山 龍三の使者が、彦十郎と桔梗の前で告げた。
「佐山全軍千五百。北方軍と共に、野田の軍勢を打ち破る所存。直ぐに軍勢を整えて駆け付ける故に、それまで持ち堪えて頂きたい」

 その口上を耳した瞬間、桔梗は満面の笑みを浮かべた。


 それから二日後。約束通り全軍を挙げて参戦してきた佐山 龍三は、僅かな供回りのみで北山の陣を訪ね、当面の同盟と不戦条約を求めてきた。彦十郎は過去の小競り合いは棚上げし、同盟を快諾した。
 そして、その日の夜、北山、佐山連合軍は桔梗の指示の下、夜の間に戦場になる隘路へと向かった。戦力差は一対二。作戦次第では勝てる可能性がある人数だと言える。

 両軍の先頭で、彦十郎と桔梗の声が響く。


「殿!!殿は北方軍の総大将なのですから、軽々しく危険な戦場に出るべきではありません!!」

 真っ当な桔梗の具申に対し、彦十郎は全力で首を振って否定する。

「桔梗、よく聞け。妻を危険な戦場に立たせ、己のみが後方に待機する等、男子のする事ではあるまい。妻を守るのは夫の仕事だ。当然、桔梗の前に立ち、全力で以って敵を打ち倒す!!」

 不機嫌な顔になる桔梗。
 それを目にして彦十郎は高らかに笑う。
 周囲の兵達は、二人のやり取りを無視して前進する。誰一人として、口を挟む様な真似はしない。それは当然、誰もがその原因を知っているからだ。


 ―――――夫婦喧嘩は犬も食わぬ。





            ~ fin ~