戦場の花は散らず、すべてを魅了する。


 長い戦役によって京の都は荒れ果て、朝廷の権威は失墜した。
 既に幕府の権威(チカラ)は衰え、任命された守護や地頭に従う者はいなくなった。
 各地で土豪が立ち、独立を果たす。
 果たして、珠と石が入り乱れ世は戦国時代へと突入した。
 しかし、それも一時。
 やがて、自然の理によって強き者によって集約され、更に豪気な者によって統治されていく。



 ここ、北方氏が治める北方領にも時代の波が押し寄せていた。
 肥沃な大地に田畑が広がる総戸数3千ほどの北方地区は、交通の要衝である事もなく、戦略的に重要な地域ではなかった為、これまで大勢力に狙われなかった。しかし、天下統一が近付いた現在、戦乱は喉元まで迫っている。それが理由に、彦十郎の父である二代目は、近隣の領主との合戦によって命を落とした。

 元来、北方氏は数十戸を管理する地方の豪族だった。それが現当主である北方(キタカタ) 彦十郎(ヒコジュウロウ)の祖父が決起し、数千戸まで領土を広げた。しかし、その偉大な祖父は他界し、父も先日の戦に於いて討ち死にした。来より言われてきた言葉であるが、初代は傑物で領土を広げ、凡庸な二代目はその領土を維持する事に奔走し、愚鈍な三代目が領地を大きく失う。その謂れ通り、急遽三代目として北方地区を統治しなければならなくなった彦十郎は悪人ではないが善性は低く、その能力には疑問が残る人物だ。

 彦十郎は、昨日も今日も、おそらく明日も、天守閣の一室で、愛妾に膝枕をされて庭越しに真っ青な空を眺めているだろう。


 そんな天守閣に連なる屋敷の一室では、(ミン)から渡来した古典を暗唱する娘がいた。北方氏の宿老である小山家の長女、小山(コヤマ) 桔梗(キキョウ)である。烈火の如く勝気な気性によって修得した剣術は剣圧で空気を切り裂き、そして、才気溢れる知性は兵法書を細部まで記憶している。もし男子であったなら、戦場を駆け抜ける龍になっていたに違いない。

 桔梗は木刀を手にして庭に出ると、叶わぬ夢を抱いて、いつものように天守閣を望みながら素振りを始めた。