ゆっくりと開かれた瞳が何度か瞬かれた後、美胡を捉えた。
深い紫色の、まるで宝石のような瞳。その美しさに美胡は目が釘付けになった。
意識がはっきりとしてきた清雅は顔を顰め、枯れた声を絞り出す。
「……お前は、誰だ?」
「……」
「……お前は誰だと聞いているんだが?」
初めて聞く清雅の声。その低く敵意剥き出しの言い方に美胡は一瞬怯んだ。だが、事の流れを説明しなければと姿勢を正す。
「お初にお目にかかります。私は菜花美胡と申します。治癒力の異能を持つ者です」
「治癒力の異能……」
誤解が生じないように、簡単に。美胡は言葉を選びながら自分がここにいる経緯を説明をした。
どこか一点を見つめて美胡の話を聞いていた清雅は自分の腕を見て小さく声を漏らす。
「……あざが無くなっている。かなりの深手だと思ったのだが。これもお前の異能の力なのか?」
美胡はこくりと頷いた。清雅はため息を吐くとゆっくりと身体を起こした。
「助けてもらったことは感謝する。私はもう大丈夫だ。お前はもうここにいる必要はない」
「そのことなのですが……」
まだ治癒力の話しかしていなかった美胡は気まづそうに言葉を濁す。歯切れの悪い態度に清雅の麗しい顔がどんどん歪んでいった。
「なんだ? 他に何かあるのか」
「他にある、と言いますか。あの、私たち、えっと……」
「さっさと言ってくれないか?」
清雅の声が一層低くなった。美胡は顔を伏せ一気に告げる。
「私たち、婚姻関係を結びました……! ですので、私の帰る家はないのです……」
「……は?」
深い沈黙が生まれる。
怖くて顔を上げられなかった。背中に冷や汗が伝う。
沈黙の中、最初に口を開いたのは清雅だった。
「私のことを治療するために、婚姻関係を結んだと?」
「はい。深いお怪我でしたので、治療に時間がかかることを告げると、お義父さまがその方が良いと……」
「あいつはまた勝手に」
清雅は何度目分からない盛大なため息を吐くと額に手を当てた。
「はっきり言って私は結婚に興味がない。それにお前にはこの婚姻に利点はないだろう。なぜ受けたのだ。今更だが断ってもらって構わない」
清雅の話はごもっともである。
正直美胡にとってはこの結婚に利点はほとんどない。鼓家から支払われるであろうお金も菜花家の父母が使うに決まっているのだから、美胡が得をすることは何もない。
「いや、完治すれば離婚しても良いと言ったな? もう目を覚ましたからあとは大丈夫だ。速攻で離婚すれば良い。私には妻を気遣う余裕も、愛するという感情も持ち合わせていないからここにいても仕方がない」
「気遣いも愛もいりません」
「……は?」
美胡は淡々と告げる清雅の話を堰き止め、真っ直ぐに彼を捉えた。
「この婚姻、お断りはしません。お受けします」
「……お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
呆れたように言われるが、美胡も断る気はさらさらなかった。
「清雅さまのおっしゃっていることは理解しております。ただ、私はこれくらいしかできませんので。最後、誰かのお役に立ちたいと思っております」
「……最後?」
「いえ、なんでもありません」
美胡の話を聞いた清雅は何かを考え込むような素振りを見せた。
美胡の強い目力に、清雅の勢いも落ち着いてくる。
「まぁ、確かに父から結婚を急かされ辟易していたしな。形だけでもそうしておいた方が今後楽なのかもしれないな——だが」
清雅はじっと美胡の顔を見た。見つめられるだけで感じる圧に圧倒される。
「私にあまり干渉しないで欲しい。夫婦として仲良くするつもりもない。そして、私が完治をしたら即刻離婚する。それを覚えておけ」
美胡は大きく頷いた。
これは契約結婚。そこに愛は必要ない。
「不束者ですが、よろしくお願い致します。……私の命をかけてお救いいたします」
美胡は礼儀正しく頭を下げた。
この時の美胡の言葉の違和感に清雅は気づく由もなかった。


