美胡を乗せた車がたどり着いた先は、大きな屋敷だった。
「いらっしゃいませ」
門の前に立っていたのは、品の良い初老の女性で、美胡を見るとにっこり微笑んだ。
「わたくしは涼子と申します。こちらの屋敷に仕える使用人でございます」
「清雅の元に案内してくれ。私は仕事に戻る。あとは頼んだ」
「かしこまりました」
丁寧に礼をする涼子に、清一郎はぶっきらぼうに要件を伝え、立ち去った。
「さぁ、ご案内致しますね」
涼子の柔らかな口調に美胡の肩の力が少し抜けた。
茶色い門を抜けると、大きな池や手入れされた花々が咲き誇る広い庭が美胡を出迎える。美しい庭に圧倒されながら、美胡は涼子の後ろを着いて行く。
「こちらが清雅さまのお部屋になります」
廊下を進み、一番奥の部屋まで来ると涼子は襖を開けた。
「失礼致します」
後に続いて部屋に入った美胡は、目の前に横たわる人物を見て息を呑んだ。
こんな美しい方、初めて見たと思う。
痛々しく頭や腕に包帯が巻かれているし、顔にも擦り傷がいくつもあるが、それがあっても容姿が整っていることが分かる。
漆黒の艶のある髪に、高い鼻。そして長いまつ毛。
羨ましくなるほどの美貌の持ち主だった。
「こちらが鼓清雅さまです。三日前からずっとこのままでして……」
確かに、包帯から覆いきれないあざや傷が見えている。この怪我の具合を見れば、簡単に目は覚さないだろうと美胡は思った。痛々しい姿に胸が痛む。
「少し触れてもよろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
「では、失礼致します」
美胡は早速治癒力を注いでみようと眠る清雅の枕元に座した。呼吸を整え、目を閉じると布団から出ていた清雅の左手に自分の手を重ねる。
じわり。自分の手から温かい熱が放たれている感覚がする。
温かい熱はどんどん清雅の左手に吸い込まれていった。
しかし。
(……あら? どうしてかしら?)
力を注ぎながら、美胡は異変に気付いた。美胡の手からは力が放たれているにも関わらず、清雅の中に入っていく力が極端に少ないのだ。まるで見えない何かに堰き止められているように。
(力がうまく入っていかない……)
このままでは清雅を治すことができない。こんな経験初めてだった。
(どうしてっ……)
力を込めれば込めるほど、美胡の額にうっすら汗が滲んでいく。美胡は夢中で力を注ぎ続けた。
「……大丈夫でございますか?」
「……っ!」
涼子の心配そうな声で美胡は我に返り、一度清雅から手を離した。
「……っはぁっ、はぁっ」
無意識のうちに凄い量の力を入れようとしていたからか、美胡の息は乱れていた。なんとか落ち着こうと自分の胸に手を当てゆっくりと呼吸をする。
(今のはなんだったの……?)
呼吸が落ち着けば、思考も働き出す。
(この怪我を完璧に治すには、かなりの時間を有するかもしれないわね)
ほとんどの病や傷は治癒力を一回注げばあらかた治る。しかし、今回はいつもと何かが違う。そう感じた。
「こちらどうぞお飲みください」
「申し訳ございません……」
落ち着きを取り戻すと自分の力不足に胸が苦しくなる。これまで治癒力を使いすぎて力が弱まってしまったのだろうか。美胡は自分の手を見つめた。
「落ち着きましたか?」
涼子は心配そうに美胡に声をかけた。
「はい…… あの、申し訳ございません。私には力不足のようで……」
もどかしい気持ちが高まり、ぎゅっと唇を噛んだ。
「そんなことありませんよ」
涼子は視線を清雅に向けた。美胡もつられてそちらを向く。
「清雅さまのお顔の表情が少し和らいだように感じました」
「本当ですか?」
「えぇ」
確かに、顔にほんのり血が通った気がする。さっきまで力を込めていた左手に視線を移せば、包帯から覗く手にあった濃い紫のあざの色が薄まっていることに気付いた。
「あの、このお怪我は異形を倒そうとしてできたものでしょうか?」
「はい、詳しくは分かりませんが、異形の攻撃を受け止めてしまったと聞いております」
「異形の攻撃……」
となると、もしかしたら清雅の体内に異形の力が入り込み、治癒力の効き目を抑えようとしているのかもしれない。
異形の攻撃もある程度はすぐに治癒できるが、ものによっては難しいと聞いたことがある。
「初めてです。こんな傷付いた清雅さまを見るのは。異形討伐特殊部隊はいつも危険と隣り合わせのお仕事ですが、清雅さまはお強いので」
涼子の声が小さくなる。その声色から清雅を心配する気持ちがひしひしと伝わってきた。
少し羨ましい。
傷付いた時に心配してくれる人がそばにいてくれることはどれほど安心するだろう。
羨ましく思うと同時に、彼を楽に、そして涼子を安心させてあげたい気持ちが強くなった。
(……すぐには難しいかもしれない。でも、時間をかければきっと)
毎日微量ずつでも治癒力を注ぎ込めば、治るはずだ。全く効いていないわけではないのだから。
美胡は涼子に現状と対応の仕方を伝えると、涼子は清一郎に伝言するとその場を離れた。
寝たままの清雅と二人きりになる。
思わず顔をまじまじと覗き込んだ。
(きっとこの方は、命をかけて異形と戦ったのね)
無数の傷も彼が力を尽くした証だ。誰かのために命をかけられる清雅の強さはこの帝国に必要不可欠。
それならば。
(私は私のできることをしよう。私が治癒力を注げば清雅さまは助かるし、菜花家も報酬を受け取り潤うはず。この身に何かあったとしても心配してくれる人はいないのだから、この力を有効に使うべきね)
美胡は自身に言い聞かせた。


