父に呼ばれたのは、それからすぐのことだった。
家事の手を止め客間へ急ぐ。
ちらと窓に映る髪が乱れた自分に虚しさが募った。母譲りの焦茶色の髪の毛と父譲りの茶色の瞳。二人の血を受け継いでいるはずなのに娘として接してもらえないやるせなさ。自分の姿を見るたびにそんなことを思ってしまう。
(だめだめ。早くお父さまのところへ行かなくては)
手ぐしでなんとかまともになるように髪を整え、無理やり口角を上げる。客間の前に着くと一つ深呼吸をした。
「失礼致します。美胡です」
「入りなさい」
客間には父と、立派な隊服を身に纏った男性が向かい合って座っていた。
普段お客さまが来ても、使用人同然の自分が呼ばれることなんてない。戸惑いつつも美胡は深々と頭を下げた。
「鼓さま、こちら長女の美胡です」
(鼓? どこかで聞いたことがあるような)
「……ほう、君が。まあ座りなさい」
鼓と呼ばれた男は舐めるように美胡の全身を見ると、無表情のまま座るよう促した。父の隣に腰を下ろすと、早速話が始まる。
「君に折り入ってお願いがある。もちろん報酬は弾むさ」
「お願いですか?」
「あぁ。私の息子の話なんだが、息子は異形討伐特殊部隊に属していて、任務中に大怪我を負って昏睡状態に陥ってしまった」
「まぁ……」
「それでだな、治癒力を持つ菜花家の方に助けていただきたいのだが、どうだろうか?」
なぜ、この人が表立っていない菜花家の異能について知っているのだろう。疑問が浮かぶ。美胡が考えを巡らせている間に、父の弾んだ声が隣から聞こえた。
「もちろんですとも。娘の力がお役に立つのであれば是非」
「え? あ、あの……」
戸惑う美胡なんてお構いなしにどんどん話が進んでいく。完全に置いていかれた。
「政府異形対策大臣である鼓清一郎さまに頼まれれば、喜んでお助けする所存です。不束者かもしれませんが、存分に利用して下さい」
——政府異形対策大臣。
その名を聞き、今目の前にいる人がどれほどの偉い方なのか思い知らされた。帝の側近ともいえる重要な役職。だからその苗字に聞き覚えがあったのだ。
父と清一郎の話を黙って聞く。もはや美胡が口を挟む余地などなかった。
「では、早速参ろうか」
「……え?」
「聞いていただろう? 昏睡している息子に会って欲しいのだが?」
「美胡、早く支度をしなさい。鼓さまを待たせるんじゃないよ」
「あのっ……」
「私は表の車で待っている」
立ち去る清一郎に向かって、父は頭を下げる。その口元はニヤニヤと緩んでいた。
話の展開についていけない美胡が固まっていると、父は勢いよく振り返る。
「おい、ぼーっとしていないで早く支度をしたらどうなんだ?」
「お、お父さま、私……」
きっとこのまま力を使い続ければ、美胡の身体はおかしくなる。なんとなくそんな気がしていた。最近では、力を使うたびに身体が重くなっていく。だから断って欲しかったのに。
「お前は菜花家の長女。姉なんだから言うことを聞きしっかり働いてこい」
長女。
姉なんだから。
その言葉が美胡を息苦しくさせる。そう言われてしまえば、出かけた言葉を飲み込むしかなかった。
「分かりました。行って参ります」
上手く笑えていただろうか。
美胡は父に頭を下げると玄関に急いだ。支度といっても身なりを整える化粧道具も華やかな着物も持ち合わせていない。だから、わずかなお金が入った巾着のみを持ち廊下を進んでいると、亜胡とばったり出くわした。
「あら、お姉さま。今からお仕事をされてくるんですってね」
「えぇ。行って参ります」
「ふふっ。姉という立場は大変なのねぇ。本当に私は妹で良かったわ。——異能の使いすぎで、命を落とさないようにお気をつけ下さいませね」
「……」
不愉快な笑い声を背に、美胡は重い足を動かして車に向かうのだった。


