治癒の花嫁 〜命を紡ぐ契約結婚〜





「ちょっとお姉さま……! これはなんなのよ!」

 朝食の後片けをしていた菜花美胡(なばなみこ)は、きん、と耳に残る叫び声に手を止めた。手を拭きながら、声のした方に向かえば、そこで待っていたのは眉を吊り上げた妹 亜胡(あこ)だった。

「亜胡、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ! 私のこの着物、どうしてこんなにしわくちゃなのよ!」

 勢いよく投げつけられた鮮やかな黄緑色の着物が、美胡の前にはらりと落ちた。

「私、知らないわ。その着物に触れていないもの」

 美胡が口を開けば開くほど亜胡の視線が鋭くなる。

「私、洗濯していてと頼んだわよね? お姉さまはそんな簡単なこともできないの?」

「ごめんね亜胡。でも私本当に知らなくて……」

「まぁまぁ、亜胡ちゃんどうしたの?」

 亜胡の甲高い声を聞きつけて顔を覗かせた母は、亜胡の肩を優しく抱いた。そして、キッと美胡を睨みつける。

「お母さま、お姉さまが私がお願いしたことをしてくれなくて……」

「まぁ! 美胡!? 亜胡ちゃんの話をきちんと聞きなさい。あなたは姉なんだからしっかりしてちょうだい」

 甘えた声で母に擦り寄る亜胡。そしてそれを宥め、美胡に大声を上げる母。

「……ごめんなさい。気をつけます」

 力なく、だけれども努めて明るく振る舞う美胡。

 いつも通りの光景だ。
 母をはじめ父だっていつもそう。
 大切にするのは二つ年下の亜胡だけ。容姿がよく、賢い。それに菜花家が代々受け継がれている特別な異能の力が強い亜胡は、いつも可愛がられていた。

 反対に異能の力が弱い美胡には関心がないようで。幼い頃から褒められた試しも認められた記憶もない。日々家事をこなす、菜花家の家族の一員ではなく使用人のような扱いだった。
 だが、それももう慣れてしまった。
 姉だから我慢するのは当たり前。そう考えればいちいち落ち込む方が体力の無駄になると気付いた。
 だから美胡は今日も言葉を飲んで、明るく姉の勤めを果たすのだった。
 

 この国に存在する異能は基本四種類。
 火・水・風・土このどれか一つを扱える力を持つ人を異能者と呼んでいる。

 しかし、菜花家は異質だった。
 菜花家は自然界の力を操る力は持っていないが、代わりに『治癒力』と呼ばれる病や怪我を癒し、治す力を代々受け継いでいる。
 病を吸い取り、完治させる。怪我をした部分は傷跡一つなく元に戻せる。そんな優れた能力を持っているが、この力は表立って発動させてはならないという暗黙の約束があった。

 なぜなら、異能を使うたび自分の命を削ることになるから。
 異能者でありながら、異能を封印しながら生きなくてはいけないし、大々的にその力について触れ回ってはいけない。そんな掟も受け継がれているというのに、美胡の両親は違かった。
 両親はお金を稼ぐために美胡をよく人に紹介した。

「菜花家の異能者は亜胡一人で良い。お前は姉なんだから家のために金を稼げ」

 そんな言葉を吐き、怪我人や病人の元に美胡を連れ回す。元気になった人から感謝を告げられるのは悪い気はしないが、美胡自身の体力や気力が年々減っているのはなんとなく自分でも感じていた。

(はぁ……なんだか身体が重い気がする)

 母と亜胡から解放された美胡は、黄緑色の着物を持ち庭に出た。家事をこなしながら、父に呼ばれたら治癒力を使う。心と身体を休める時間は、美胡にはなかった。
 鮮やかな着物が眩しい。美胡には優しい笑みも向けられないし、自分の着物を買ってもらえてたこともない。

(同じ姉妹なのに、どうして…… 姉という存在はこんなに苦しいものなのかしら)

 毎回湧き上がる疑問。その答えは何年経っても見つからない。

 亜胡のように愛嬌がないから?
 異能が強くないから?
 姉、だから?

 どれも当てはまる気がする。
 自分には何も価値なんてない。だからせめて姉として言われたことを素直に受け入れ、こなしていくしかない。
 たとえ、自分の命を犠牲にしたとしても。
 美胡はずっとそう思っていた。