治癒の花嫁 〜命を紡ぐ契約結婚〜


 季節は日差しが照りつける夏が始まっていた。
 穏やかな毎日を過ごす美胡だったが、最近は治癒力を使うたびに胸が苦しくなり、少しの動きで息が切れるようになっていた。

「清雅さま、お弁当です」

「あぁ、ありがとう」

 清雅は体調がだいぶ落ち着き、仕事に出掛けるようになった。まだ異形討伐には出てないようだが、隊長ともなると書類管理や部下の指示など身体を使わない仕事も山のようにあるらしい。「無理のない程度」を約束に今日も職場に向かう。

 そんな清雅を美胡は玄関先で見送る。
 革靴を履き終えた清雅は美胡に向き直り、弁当を受け取った。

「美胡」

「はい?」

「……いや、なんでもない」

 清雅は美胡の顔をじっと見つめながら言葉を濁した。

「そうですか?」

「行ってくる。美胡も無理せずゆっくりしていてくれ」

 ぽん、と美胡の頭を撫でると清雅は颯爽と立ち去った。
 触れられたところが熱い。身体中の熱が頭に集中してうまく働かない。

「いってらっしゃいませ……」

 その言葉が口から出たのは、清雅が出ていきしばらく経ってからのことだった。

 治癒力の力のおかげか清雅の顔色はもちろん良くなっているが、それ以上に最近は表情が丸くなったように美胡は感じていた。言動の節々に美胡を気遣う様子が見られ、その度に胸がくすぐったくなる。

(本当に、お優しい方……)

 美胡は若干重たい身体を引きずりながら部屋に戻った。
 今日は涼子は用事があってこれないらしい。ゆっくりしていて良いと言われたが、そうもいかない。それに。

(私は、清雅さまのためにできることをやりたい) 

 こんな自分にも優しくしてくれる清雅が快適に過ごせるように支えていきたい。そんな気持ちから美胡は朝食で使った食器を洗い始めた。


 ◇◇◇


 異形討伐特殊部隊、隊長室。
 出勤した清雅は山積みになっている書類に追われていた。
 約五ヶ月間も隊長室を開けてしまい、副隊長である海堂が代わりにできることはやっていてくれたが、やはりこの様だ。書類を読み込み判子を押す。それを永遠に続けていった。

「失礼」

 適当に戸を叩く音が響き、顔を上げる。返事もしていないのに戸を大きく開け放ち入室してきたのは父、清一郎だった。
 久しぶりに見た父の姿に清雅は眉を顰める。

「元気そうで良かったよ清雅」

「何をしにきた」

 二人の間に冷たい風が吹き荒れる。実の父であることには変わりないが、清雅と清一郎の間は冷え切り、仕事上の上司と部下としてのやりとりしか行っていない。それに、仕事のために息子に勝手に嫁を与える人だ。あちらの方も息子として見ていないだろう。

 清一郎は清雅の前に来ると薄笑いを浮かべた。

「仕事ができるまでに復活したのだな。あの娘、なかなか良いだろう」

「……」

「お前はこの隊の長だ。お前が倒れては誰が指揮を取る。誰が帝都を守る。異形にやられて生死を彷徨うなど恥だ。私の息子として恥じぬ言動をしてくれ」

「……ちっ」

 分かりきったことだったが、父の考えには心底苛立ちが募る。

「だからあの娘をそばに置くことに決めたのだ。あの娘さえいれば怪我を負っても問題ないからな。すぐ治癒力とやらで治してもらえる」

 清雅の中で何かが弾けた。
 淡々と告げる父の言うことが気に食わない。まるで美胡のことを道具のように扱おうとしている考え方に腑が煮えくり返った。

「……おい」

「なんだ? 何をそんなに怒っているんだ。お前結婚には興味がなかったのではないか? なら都合良いじゃないか。こちらは治癒力を得られて相手側は金を得る。互いに利益があるぞ」

 言っていることは当たっている。それなのに、美胡が軽率に扱われていることに怒りが収まらない。

「彼女は物ではない。ぞんざいな扱いをするな」

 清雅が言い切ると、清一郎はニヤリと笑った。

「まさかお前が女に対してそんな感情的になるとはな。まぁいい。そう怒るならあの娘の力を借りずに強くなれ。まずはあの仕留め損ねた異形を討伐するんだな」

「そんなこと分かっている」

「副隊長から大方話は聞いた。あの異形は特殊だ。異能の効き目がすこぶる悪い。理由は分からぬ。私の方でも調べるが、お前の隊でも情報を集めてくれ」

 一方的に言い終えると清一郎は去っていった。

 一人取り残された清雅は椅子の背もたれに寄りかかり空を仰いだ。
 美胡のことを言われた途端、自分でもなぜか分からないが猛烈な怒りが湧き起こった。初めは清雅の怪我を治すために婚姻をしたのかもしれない。だが、いつの間にか清雅の中で美胡の存在が大きくなっていた。
 少し強引なところもあるが、明るい笑顔に何度心が和んだことか。

(私はいつの間にか美胡という存在が必要になっていたのだな。治癒力なんてあってもなくても良い。美胡本人にそばにいて欲しい)

 柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女が待つ家に早く帰るために、清雅は再び手を動かし始めた。