「ごめんください」
庭で洗濯物を干していると玄関から声が聞こえた。
「はい、お待ち下さい」
美胡が足早に向かい戸を開けると、茶髪で背の高い男の人が立っていた。そして、美胡を見るなり大きく目を見開く。
「え……? ここ、清雅の家、だよな……」
美胡と玄関の表札を見比べて驚く男に、美胡は頷いた。
「お初にお目にかかります。妻の美胡と申します」
誰かに妻と名乗る日が来るとは。顔が熱くなった。
「え? 清雅、結婚したの? いつの間に?」
大きく騒ぐ男に美胡は戸惑いながら名前を尋ねると、彼は姿勢を正した。
「取り乱してすみません。俺は清雅と同じ異形討伐特殊部隊に所属している海堂と言います。清雅の見舞いにきました」
敬礼しながらハキハキと答える海堂を連れ、美胡は屋敷の奥に進んだ。
「いやぁ、清雅が結婚ねぇ……」
美胡の後ろを歩きながら海堂は呟く。砕けた口調を見れば、二人の仲が良いことが分かる。
「美胡さん、でしたっけ?」
「はい?」
「清雅は優しい?」
「……え?」
海堂の質問に美胡は思わず足を止め振り返った。
「変な意味はないんだ。あいつ、女の人に全然興味なかったんだよ」
「そう、なのですか?」
「仕事一筋だから結婚なんて一番遠い男だと思っていたから急展開に驚いちゃって」
「そうだったのですね」
清雅の口からは聞けない話。彼の普段の様子に美胡は興味を持った。
「それに他人にはもちろん、自分にも厳しすぎるところがあるから、一緒に暮らすとなるとどうなのかなーって」
清雅は口数が多い訳ではないし、よく笑う訳でもない。その雰囲気から人と距離を取ろうとしているのはなんとなく分かっていた。それにまだ病み上がりだというのに、目が覚めてからというもの毎朝新聞を読み込み情報を仕入れたり、調子が良い日はできる範囲で身体を動かそうとしたりする姿を見かけている。
だが、短い期間共に過ごす中で美胡は気付き始めていた。
清雅は決して厳しく冷たい人間ではないことを。
言葉や姿からは分かりにくいかもしれないが、きちんと美胡という人間を見てくれ、心配をしてくれる。ぶっきらぼうな言葉でも自分を大切にするように伝えてくれた。
それを日頃感じているから優しくないとは全く思わなかった。
「……清雅さまはとてもお優しいです」
美胡は小さな笑みを浮かべながら海堂を見た。
これは契約的な婚姻。愛はないはずなのに、生家にいる時より心穏やかであたたかい。気が付けば、美胡にとって居心地の良い場所になっていた。
美胡の笑みに海堂は一瞬驚いた表情をしていたが、すぐに大きな口を開けて笑った。
「ははっ。心配が過ぎました。うん、そのご様子なら何も心配はないですね」
どこか安心した表情になった海堂は「清雅をよろしくお願いします」と律儀に頭を下げるのだった。


