治癒の花嫁 〜命を紡ぐ契約結婚〜



 夜遅く、清雅はふと目が覚めた。
 なんとなく喉が乾き、痛む身体を引きずりながら部屋を出る。身体はまだ思うように動かないが、目覚めてからというもの確実に快方に向かっているのはひしひしと感じていた。

(これもあの娘のおかげなのか…… それにしても寝たきりが続いているからか身体が鈍っている。復帰したら基礎的な体力を取り戻すところから始めなくてはならないな)

 壁に手をつきながら炊事場を目指していた清雅は、ある部屋の近くを通った時に足を止めた。

 ——何やら音がする。

 それは風の音でも虫の声でもない。途切れ途切れに聞こえてくるのは誰かの声のようなものだった。

(涼子は帰っている。ということはあの娘か?)

 引き寄せられるように部屋に近づき、襖に耳を当てた。

「……ッゴホッ、ゴホッ……」

(風邪でも引いたのか?)

 苦しそうに咳き込む音が聞こえる。咳の音はなかなか止まなかった。

(全く、体調管理が甘いな)

 こちらが大丈夫と言っても人に強引に治癒力を注いでいる奴が、風邪を引いたとなれば本末転倒だ。人に治癒力を注ぐ前にまず自分に注ぐべきだと心の中で悪態をつく。
 ため息を吐きながらその場を立ち去ろうとした清雅だったが、咳の合間に微かな声を聞いた。

「……ご、めんなさい…… 許して……」

「?」

 その一言がはっきりと耳に残る。何に対しての謝罪だろう。気になった清雅は襖を少し開け、部屋を覗き込んだ。

「……!?」 

 部屋の中央に敷かれた布団に横たわる美胡。美胡は確かに寝ていた。しかし、目尻からはつーっと涙が伝っている。
 涙を流しながら顔を顰め咳をする。日中のはつらつとした姿から程遠い弱々しい姿に清雅は息を飲み、ただ見ていることしかできなかった。

◇◇◇

 翌朝、清雅は薬を置きにきた涼子を呼び止めた。

「いかがされましたか? 何か必要なものでもございますか?」 

「いや……」

 珍しく歯切れの悪い清雅に涼子は首を傾げる。清雅は遠回しに聞いてみることにした。

「あの娘のことなんだが」

「あの娘……? あ、美胡さまのことですか?」

「あぁ」

「美胡さまが何か?」

 涼子はきょとんとしていた。結婚なんて興味がないと散々言っていた清雅が美胡について聞こうとしているのが不思議だったのだろう。

「……あの娘が泣いているところを見たことはあるか?」

「美胡さまが泣いているところですか? いいえ、ございませんね。美胡さまはいつも明るくお優しい方ですわ。それにお料理も上手ですし」

「……そうか」

 仲の良い涼子なら何か美胡のことが分かるのかと思ったが、この表情と物言いからすれば何も知らないのだろう。

「美胡さまに何かあったのですか?」

 涼子は前のめりになって清雅に聞いた。

「いや、何もない」

「そうですか? それなら良いのですが。あぁ、でも、美胡さまはお優しすぎるとは思いますがね」

「優しすぎる?」

 眉を顰める清雅に涼子は頷いた。

「えぇ。なんとなくですが、他人を優先し、自分を後回しにしてしまう癖がついていると感じます。美胡さまはお優しすぎるのです」

「優しすぎる、か……」

 人の前では涙も具合の悪そうな姿も一切見せず、明るく振る舞う美胡の姿が思い浮かぶ。清雅がそっけなく接していてもいつもにこやかだが、心の中では何を考えているのだろう。
 昨夜見たあの姿はなんだったのだろう。
 なぜか彼女のことが気になってしまう。

「清雅さま?」

「いや、なんでもない。彼女に何か違う姿があったら知らせて欲しい」

「分かりました」

 昨夜の涙を流す姿が何度も頭にちらついてしまう。

(らしくない。本当に)

 思わず頭を抱えた。
 仕事以外に何も興味を持てなかったのに、異様に気になる存在。あの夜の真意を本人に聞くことができず、清雅は身体だけではなく心も少し気怠くなるのだった。