夜の森の中は生臭い血の匂いと、紅のしぶきや水たまりが広がっていた。
その中に倒れる人々の口からうめき声が聞こえる。
「な、なんだこの異形は……!? 普段と比べ物にならないぞ」
激しくなる呼吸を整えながら立つ人々も疲労と恐怖で顔が引き攣っていた。
倒れた仲間を庇い、気力を振り絞って剣を構えているが、その手は震えている。
彼らが向ける刃の先には、この世のものとは思えない歪な形の異物。
全身が真っ黒に染まり、目のみが赤く光る。口らしき場所から覗く歯や爪は鋭く、噛みつかれでもしたらひとたまりもないことが安易に分かる。
この国には、遥か昔から異形と呼ばれる人に害をなすものが出没していた。
それらはただ剣で切り付けても消滅することはない。異能と呼ばれる特別な力を持つ人にしか滅することはできないのだ。
異能持ちで作られ、異形を討伐する隊——異形討伐特殊部隊。
強い異能を持つ人々で作られた戦力の高い部隊だが、今宵ばかりは苦戦を強いられていた。
「……っくそ。なんて厄介な化け物なんだ」
「まるで歯が立たない」
「諦めるな! せめて隊長が来るまで持ち堪えろ!」
ぽろぽろと隊員の口から弱音が出てくる。それを振り払うように、戦前に立つ一人が大きな声を上げた時だった。
耳を劈くような轟音が鳴り響きながら強風が吹き荒れたのは。
「……すまない。遅くなった」
落ち着きのある低い声と、鋭い悲鳴が上がったのは同時だった。空から降りてきた男は瞬時に異形の片手を切り落とし、ひらりと黒い外套を靡かせながら、異形の前に降り立つ。
闇夜のような漆黒の髪に、すっと通った鼻筋。そして紫水晶のような美しい瞳は鋭く細められていた。
「……鼓隊長!」
「助かった……!」
彼の登場に、一気に隊員たちが安堵に包まれる。それぞれの震えがおさまり、再び剣を構え直した。
「私が来たからには必ず倒す。覚悟しろ」
「清雅、気をつけろ。そいつは只者ではない」
隊員を励まし続けていた茶髪の男が清雅に呟く。
「分かった。あとは任せろ」
清雅はサーベルから剣を抜き取ると異形に向けた。剣はじわじわと赤く染まり出し、勢いよく燃え上がっていく。
「やっぱり、隊長の威力は凄すぎる……」
倒れていた隊員たちもその光景に薄目を開け、頼もしい背中を見つめる。
一瞬の出来事だった。
火を纏った剣を大きく振り翳しながら高く飛び上がる。そして、異形の首元に向かって振り下ろした——はずだった。
『アマイナ』
「……っなに!?」
口が効けないはずの異形の口元がわずかに動き、ニタリと笑った。
清雅が目を見開いている間に、異形の手がむくむくと膨れ上がり、清雅の背中を貫く。
「……っく、そ……」
「隊長ー!!」
受け身を取ることもなく、清雅はそのまま地面に叩き落とされた。
背中が異様に熱く、首を絞められているように息がしづらい。
薄れていく意識の中、清雅が見たのは、異形が地面に吸い込まれていく姿と、隊員たちの悲痛の叫びだった。


