キミと僕の境界線

 キミと出会ったきれいな満月の夜。月明かりに照らされた透き通るような薄いピンク色の長い髪を風になびかせているキミに、僕は恋をした。
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「ありがとうございましたー」

 夏が終わり、だんだんと夜風が涼しくなってきた秋の深夜、僕はコンビニでカップ麺とホットスナックを買った。コンビニから家への帰り道、僕はいつも散歩する公園のベンチに座りコンビニで買ったホットスナックを頬張る。

「そっか、今日は満月か」

 夜空を見上げるときれいな満月が出ていた。あまりにもきれいなその月を眺めていると池の方から水の跳ねる音が聞こえた。

「池の上に誰か立ってる……?」

 そこには月明かりに照らされた透き通るような薄いピンク色の長い髪の少女が水面に立っていた。その姿はとても美しく、まるで女神か天使の様だった。

「綺麗だ……」

 僕がそうつぶやくと少女はこちらに振り向き、その宝石と見違える様な美しい水色の瞳で僕を見つめる。その少女に見惚れていると突然強い風が吹き、思わず目を閉じてしまうと目の前にいたはずの彼女は姿を消していた。

「なんだったんだ?あの子……ついに幻覚を見始めたのか?……はぁ、帰って寝よ」

 僕はため息をつきながら立ち上がり家へ向かって歩き始めた。

「それにしても不思議な子だったな……それに可愛かった……」

 一目見ただけなのに頭から離れないその少女のことを考えていると、いつの間にか家の前まで帰ってきていた。そして家に帰った僕はベットで横になりゆっくりと目を閉じる。明け方、机に置いてあるスマホに一件のメッセージが届いていた。

 『学校来いよ。待ってるからな』

 朝、締め切ったカーテンの隙間から差し込む陽の光が顔を照らし僕は目を覚ます。こんなに目覚めが良かったのはいつぶりだろう。僕は起き上がりスマホの通知を見る。

「またアイツか……しかたない今日は行くか。つらくなったら帰ればいい……」

 クローゼットの中から片手で数えられるほどしか着ていない制服を着て鏡の前に立つ。

「制服、久しぶりに着たな……」

 四月の半ば頃から着ていない制服に身を包み、鞄を持って外に出た。僕の通う高校は電車で十五分の場所にある。高校へ近づくにつれ同じ制服を着た生徒たちが増えてきた。その空間に若干の息苦しさを感じていた時、電車は高校の最寄り駅に到着した。後はそのまま学校へ向かうだけだ。だがその足取りは重い。正直もう家へ帰りたいくらいだ。そんな重い足取りで何とか教室の前までたどり着いた。そして僕は意を決して教室の中へ入っていく。

「ねぇ、あれ誰?」
「知らない」
「あれだよ、不登校の……」
「あーそういえば居たね」
「今まで何してたんだろ」

 教室に入るや否や珍しい生き物を見るような視線と僕に対する様々な小言が聞こえてきた。居心地が悪い。やっぱりこんなとこ来るんじゃなかった。そう思って教室の一番後ろの窓際の席に座った。

「よっ、優斗。久しぶりだな」
「久しぶり、瞬」

 僕の肩を叩き前の席に座るのは、幼馴染で親友の間宮瞬(まみやしゅん)だ。イケメンで運動神経も良く、モテる。だが毎日『学校に来い』とメッセージを送ってくる鬱陶しい奴だ。

「それでどうなんだ。落ち着いてきたか?」
「最近はそれなりに安定してきたよ。今は引っ越してマンションで一人暮らししてる」
「そっか。あんまり無理するなよ」
「心配してくれてありがとう。でも毎日同じ文を送ってくるのはやめろ。気味が悪い」
「悪かったよ。でもこうして学校に来てくれたのは結構嬉しいんだぜ?優斗がいないと毎日退屈だったからな」

 そう言った瞬の顔は眩しすぎるほどの笑顔だった。

「あ!本当にゆーくん来てる!」

 教室に入ってくるなり駆け足でこっちに来るのはもう一人の幼馴染、琴乃葉光(ことのはひかり)だ。明るく元気な性格で友達も多い。それなのに昔から僕と瞬を見つけると必ず駆け寄って来るので必然的に三人で一緒にいることが多い。

「相変わらず元気だな、ひかりは」
「そりゃあ、久しぶりに三人揃ったんだもん!」
「そうだな。確かにこうして揃うのは久しぶりだな」

 僕たちは授業が始まるまで楽しく会話を弾ませていた。こうして誰かと話すのはあの日以来してこなかったが、こんなにも楽しく穏やかにいられるのは相手が長い時間を共に過ごしてきた幼馴染だからだろうか。
 その後の授業も、瞬とひかりのおかげで何とかついていくことができた。今日は大丈夫。そう思っていた矢先それは起きた。

「おい、大丈夫か?」

 昼休み、息を切らしながら机に突っ伏している僕の隣から瞬の声が聞こえる。返事をしたいが声が出せない。まただ。またこれだ。今日は大丈夫だと思ったのに。

「おい、優斗!」

 僕は声が出せない代わりに瞬の制服の袖をつかみ目で訴えかける。

「やっぱり無理してたんだな。ひかり、優斗の鞄持ってくれるか?」
「りょーかい」
「歩けるか、優斗」

 僕は瞬の肩を借り保健室まで向かう。

「ごめん、二人とも迷惑かけて」
「気にすんなって。どうだ、落ち着いたか?」
「うん、少し落ち着いたよ。でも今日は早退するよ。鞄持ってきてくれてありがと、ひかり」

 僕はそう言って鞄をもって保健室を出て行った。

「不意に思い出しちまったんだろうな」
「私達で楽しい記憶を上書きして上げれたらいいんだけどね……」

 保健室に残された瞬と光はそう悔しそうに口にした。二人は昔、僕に何があったかを唯一知っている。それは中学に上がった頃から始まった両親からの暴力や暴言の数々だった。一体どうこうなってしまったかは分からない。だがテストの点が悪かったり、僕が楽しそうにしているとすぐに暴力を振るわれていた。そのころから僕の生活から笑顔は消え、鬱症状が出始めた。それでも道を違えずここまで来られたのは幼馴染二人のおかげだろう。そして無事に高校生になり親戚のお姉さんの紹介で、マンションで一人暮らしすることとなりアの両親から離れて暮らすことができようやく平穏に暮らしていけると思っていた。だが現実は違った。両親に三年間にわたって植え付けられた恐怖と痛みはすぐには消えず、ふとした些細なことがきっかけで動悸、息切れを起こしたり、感情が不安定になったりしている。そしてそれが一番ひどかったのは高校生になった今年の四月の半ばだった。それから今日に至るまで僕は人とのかかわりを避け生きてきた。でも今日は不思議といつもより精神が安定していたからもう大丈夫だろうと思って学校に行ってみたが、間違いだったのかもしれない。

「二人には悪いことをしちゃったな……」

 行きとは違い人の少ない電車に乗った。人が少ないこともあって座席に座ることができそこから窓の外の流れ行く景色を眺めているといつの間にか最寄り駅についていた。そのまま、真っすぐ家まで帰ろうとした。だがその足は深夜、不思議な少女を見た公園へ向かっていた。

「なんでここに来たんだろ。別に何があるわけでもないのに……やっぱリ帰ろ」

 僕が帰ろうとすると茂みの中から一人の少女が出てきた。その少女は深夜見たあの透き通るような薄いピンク色の長い髪の少女だった。

「ん?お前は、昨日の夜この公園にいた……ちょうどいい手伝って」
「はい?手伝うって何を?僕、これから帰ろうと思ってたんですけど」
「いいから」

 彼女は僕の腕をつかんで茂みの中へ引っ張る。

「お前名前は?」
「……峰岸優斗ですけど」
「いい名前だな。では優斗、あそこにいる猫を捕まえて」
「猫を?」
「うん。今、後ろ向いてるからチャンス」
「そんなこといきなり言われたって……」

 視界の先には背を向けて毛づくろいしている黒い猫が一匹いる。その猫からはどこか近寄りがたい雰囲気を感じる。僕は仕方なく、黒猫に近づいた。だが音に敏感な黒猫はすぐにこちらに振り向き、僕をじっと見つめる。一歩、また一歩とじわじわ近づいても猫は微動だにせずじっと見つめてくる。そして僕はそっと手を伸ばし、黒猫を抱き上げた。
 
「まさか本当に捕まえられるなんて……」

 黒猫を抱きかかえた僕の姿を見て彼女は目を丸くしていた。

「ほら、捕まえてきたよ」
「えっ、あぁ、ありがとう」
「何をそんなに慌ててるんだ?」
「いや、何でもない。そうだ、猫を捕まえてくれたお礼に1つ願いを叶えてあげよう」

 何を慌てたのか突然そんなことを彼女は口走った。突然そう言われてもいつもはすぐに答えられないが、今回は違った。不思議とすぐに口が開いた。

「キミのことが知りたい」

 それを聞いた彼女は少しの沈黙の後、くすくすと笑い始めた。

「お前は面白いな。普通この手の問いかけの答えとしては巨万の富や力といった自分では叶えられない欲望を願うものだが……まぁ、いい。それがお前の願いなら喜んで叶えよう。私は星月(ほしづき)ノア。天界を追放された天使。今は、堕天使だ」

 そう言った彼女は欠けた白い翼を広げ、黒猫を抱えて僕の目の前から姿を消してしまった。彼女が立っていた場所には白い羽が落ちていた。僕はその羽を拾い上げる。その羽を見ると心が少し軽くなったように感じる。それと同時に異様な胸の高鳴りも感じていた。
 そう。僕の初恋の相手は、透き通るような薄いピンク色の長い髪で宝石の様な水色の瞳をした堕天使だ。