平手打ちで十分ですか?

『とっととでていけ』
手紙と同封されているのは、嫁入り道具らしき簪一本。
雑に書かれたその1行に思わず手が震える。
ほとんど使用人がいない屋敷で明日香は大きく息を吸う。
「ふざけんなクソ親父っっっっっっっっっっっっっっっっーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

・・・

突然贈られてきた手紙と共に、勝手に印が押された婚約の書類も送りつけられてきた。
借金まみれの没落貴族は、借金返済のために娘が契約結婚させられる話はよくある。
だが、本当に、相談というものはしてほしいものだ。

いつの間にか婚約者になっており、親からの手紙はたったの9文字。
せめて二桁行ってほしかった。

しかも、相手も相手である。
相手は、『歩く氷像』と呼ばれた冷酷無慈悲な天才陰陽師の天守星 京だ。
(名前の前についてるやつ長!てか誰が言い始めたんだろう、絶対滑舌良いよね)
明日香の家は没落寸前とはいえ、血筋が良い。
婚約者を探している天守星家にとってはちょうどよかったのだろう。

だがしかし、評判は悪いを通り越してもはや尊敬できるほどだ。
(よく帝をにらんでることから帝を陥れようとしてる、とか、病人を追いかけ回す、とか…)

そして、京からの手紙には。
『期待するな』
と。
(お父様よりひどいじゃないですか…)
最近の殿方の間では、10文字が流行ってるのかな…など真面目に考えさせてほしいぐらいだ。

「ふぅ…」

はたしないが、今日ぐらいはため息ぐらいは許してほしい。

・・・

迎えた結婚式。
世のお嬢様たちは一生に一回のものと盛大に準備され、それはそれは幸せなものになるだろう。
だが、もはやそれ以前の問題だ。
桜の花びらは前日の雨に綺麗に落とされ、しめった空気が漂う。

「無断欠席だって」
「奥方様が可哀想だわ」

(そう、そう、可哀想なんですよ、私!)
ひそひそと侍女たちの会話に明日香は目線ですっごく同意する。
なんと、当日になっても京は屋敷に帰らず、ついには結婚式場にも現れなかったのだ。

そうならば、当然初夜などあるはずもなく、明日香はひとり静かに眠りにつく。
その時、改めて思った。

(お屋敷広すぎないですか?)

・・・

顔も見合わせたことない2人だったが、特に気にもならず、明日香はのびのびと1人の新婚生活を送っていた。
そして、数週間たった頃にふと気づく。
(顔合わせなくても別に死ないですよね??)
悟った明日香は、すっかり、予定が抜け落ちてしまっていた。

桜が青葉に変わって、いつの間にか蝉が鳴いてる頃。
明日香に1人の客がやってきた。

側仕えの枝道さんによると、京の幼馴染のようだ。

「ご機嫌麗しゅう、明日香様!」

明日香の前に現れたのは、長い黒髪がお人形のような白い肌に似合う、見た目麗しいお方だった。

「ごきげんよう、朱里様」
「あら、お名前覚えてくださったの?結婚式以来ですのに」
「はい!」

(すみません、さっき枝道さんに教えてもらいました!)
厭味ったらしく喋るのはやめれるだろうか。
キンキンして内容が頭に入ってこない。
どうやら、結婚式に来ていたようで、挨拶も交わしたようだが、残念ながら全く覚えていない。

「申し訳ありません、旦那様はこのお屋敷には…」
「知ってるわ」
「お茶は…」
「冷たいものが良いわ」
「こちらに…」
「わかってるわ」

(何しに来たんでしょう)
明日香はそろそろ対応が面倒くさくなってくる。
(人の話は最後まで聞いてほしいものです…)
とほほ、とひとりでに感傷に浸っていると、朱里がこちらをじっと見ていることに気づく。

「…何でしょうか?」
「いいえ、ちなみに、結婚式以降、京様とはお顔を合わせられました?」
「いいえ…」

質問の意図が全く掴めないが、なにか嫌味を言われそそうなのは感覚でわかる。
どんな嫌味が来ても良いように、身構えるが、話は急激に変わる。

「そういえば、あなたのお兄様は京様と同期なのですね」
「そうですが…何でしょうか」

明日香の兄は、陰陽師にして、京の同期でもあった。
そのため、兄から京のことは聞いたことがあったのだ。

「しかし、残念ですわね、怨霊倒しの際に、なくなってしまうなんて…もっと強ければ、なくなることなどなかったのに」
「…」
「今度は、京様だもの。そう簡単にはお倒れにならないわ。良かったですわね」

明日香が無言なのを良いことに、お嬢様はどんどん口調が強くなっていく。

『良いかい、明日香。人を打ってはいけない。打った分だけ他のものとなって返ってくるぞ〜!明日香の嫌いな幽霊とか!』

明日香はもともと、手が出やすいタイプで、暴力が激しかった。
その事に気にかけた兄が、小さい頃の明日香をこの言葉で制御させたのだ。

(我慢、我慢、我慢するんです、私…)

だとえ、大好きな兄が侮辱されようと、絶対に駄目だ。

「あぁ、哀れな方ですね」

必死に紡いでいた心の糸が切れる音がした。
明日香の雰囲気が変わったのに気づいたのか、お嬢様は少し焦ったように立ち上がる。

「今日は気分が優れないのでお暇させてもらいますわ」

だが、怒りで何も考えられない。
お嬢様を襖の前に追い詰め、手を大きく振り上げる

「お兄様と比べないでください!!!!」

お嬢様の頬を狙い、振りかざそうとした瞬間、ちょうど襖が開き、人が見えた。

『バシッッッ』

しっかり鈍い音がした。

しかも、手の着地地点はお嬢様の頬ではなく、襖を開けた人物の顔面だった。

(…そういえば、今日とかいってましたね…)

そして、脊髄から言葉が出る。

「…ごきげんよう!旦那様!今日はお日柄もよく、お目にかかれて光栄です」
「そのままよく挨拶できたな」

突っ込んでくる人で良かった。

・・
お嬢様は冷や汗をかきながら帰り、今明日香は京と向かい合わせに座り、平手打ちにつながるまでの経緯を説明した。
お嬢様の訪問に、話した内容だった。


「はぁ〜…なるほどな」

京は大きなため息をついて、長い髪を手で触る。

しばらく沈黙の時間が流れる。
その間、明日香は改めて京を観察する。

白く透き通った肌に、長い白銀の髪、そして神秘的な赤い目。
(こういう容姿の人は稀に生まれるとは聞いたけど…)
恐ろしく容姿が整っている。

対して明日香は、対して茶髪の髪には兄からもらった髪紐一つ結び、大して化粧もしない顔に地味な着物。
(…隣に立つの無理じゃないでしょうか…)
などと、ひとりでに思っていた。

「すぐに手を出してしまう…か。どうにかならないのか」
「ほんとうにすみませんでした…」

こんなに美しい顔とはいえ、旦那である京を叩いてしまったのだ。
しかも初対面である。
(…さっきは頭に血が上りすぎてしまいました…普段はあんなことならないのに…)

「たしかに今回は、俺と過ごしていなかったせいでお前がナメられてしまったのが最大の原因だろう」

(…結婚式の無断欠席に、初夜も訪れない、家に帰ってこない…)

よく考えれば、新婚夫婦あるまじき行為であった。
バッと京をみるが、気まずそうに視線をそらす。

京自身にも心当たりがあるのだろう。

けれど、この関係性がずっと続けば、いずれは天守星家自体も馬鹿にされるだろう。
(…しょせんは契約結婚…どちらかが必要としなくなった際になくなる関係…ならば!)

「もし私が旦那様に苛ついて、殴ってしまったらこの婚姻は破棄というのはどうでしょう」
「は?」

明日香のいきなりの提案に変な声が出る京。
明日香は、目をキラキラさせながら話を続ける。

「私の家は借金をしていて、天守星家に援助などでお世話になっている状況です。なのでここで婚姻が無くなってしまうと困る。そして、旦那様は2度も女に逃げられては他のものに示しがつかなくなってしまう」
「…けれどお互いがすぐ追われる関係でいることで危機感が持てるのだな」
「話が早くて助かります」

京は見た目はぶっきらぼうだが、しっかり話を聞く上、理解が早いため明日香は心のなかで「さすが」と思う。

その後、二人で話し合い幾つかの決まりを作った。

其の1:2日に1度は帰宅すること
其の2:妻が夫を殴った際は、即刻婚姻破棄

この関係は、「平手打ち」でつながっている。