冷徹親王の囮妃は、刺客を狩って路銀を稼ぐ~愛のない契約結婚のはずが、気付けば異様に執着されているようです~

 茉莉が奥御殿に輿入れしてから、季節が一つ巡った。
 その間、彼女の「夜の副業」はすこぶる順調であった。
 毎夜のように送り込まれる下級の式神や三流の刺客たちは、茉莉が日々改良を重ねる対暗殺者向け狩猟罠――落とし穴改、からくり矢、タライ落とし等――の前に次々と沈み、彼女の懐を大いに潤している。

 玄朱は一年後の莫大な報酬を約束したが、茉莉は正直なところ期待していなかった。

 用済みになれば命を散らされる可能性だってある。
 だからこそ、日々の撃退報酬を確実に回収し、お役御免となったあかつきには、誰も自分を知らない異国へ逃げ切る算段なのだ。
 そのためには、路銀をこうやってこつこつ溜めなければいけない。

 なぜならば「うまい話には裏がある」から――。
 底抜けなお人よしでぼんくらな茉莉の父は、母亡き後に、あれよあれよと周りから言いくるめられ、後妻を娶ったものの、後妻の実家によってありとあらゆる財産を搾取され、結局は自分で何かを判断し行動できぬ男になり下がったからだ。

「人を見たら泥棒と思え」

 こうして茉莉は、そんな物騒な言葉を座右の銘としていた。

 とはいえ概ね平穏な日々が、流れていると思っていた矢先。

「――最近、敵の動きが妙だな」

 執務室で報告を受けていた玄朱は、不快げに眉をひそめた。

 次期東宮を巡る政争は最終局面を迎えていた。
 玄朱の容赦ない粛清により、対立派閥の貴族たちは次々と失脚。
 焦りを募らせた彼らが、いよいよ後がない「背水の陣」に出ようとしているのは明らかだった。

「飛燕、念のため離れの警護を倍に増やせ。ただの暗殺者ではない、異界の『妖』を使役してくる可能性も考慮しておけ」

「はっ。しかし、強大な妖となれば、ただの罠など通用しません。茉莉様は異能を持たぬゆえ、妖の放つ障気に当てられた際の反応が予測つきませぬ……」

「何かあれば、私が直々に斬る」

 冷静な声色の中に、無自覚な焦燥が混じっていることに、玄朱自身は気づいていなかった。