冷徹親王の囮妃は、刺客を狩って路銀を稼ぐ~愛のない契約結婚のはずが、気付けば異様に執着されているようです~


 夜明け前の奥御殿の庭先には、凄惨な光景……ではなく、極めて奇妙な光景が広がっていた。

 引き解け結びの罠で簀巻きにされた凄腕の忍びと、網を頭に被せられたまま気絶している術師が、庭の隅に転がされている。
 そしてその傍らで、茉莉は大きな風呂敷包みを広げ、玄朱の側近である飛燕に向かって、披露するかのように手を差し出している。

「本日の戦利品です。買い取りの査定をお願いいたします」

「……は?」

 冷静沈着な飛燕も、流石に間の抜けた声を漏らした。
 風呂敷の中には、見事な刃文の小太刀、呪符を記すための高級な筆と墨、さらには忍び装束の裏地から剥ぎ取ったと思われる隠し銭などが、丁寧に分類して並べられている。

「この小太刀は名工の作……。まさか、お前が奴らから剥ぎ取ったというのか?」

「はい。ですが、命までは取っておりません。せめて路銀の足しにと。特記事項の第二条、『恩賞としての拝領と売却の許可』に基づき、適正価格での買い取りを要求します」

 そこへ、騒ぎを聞きつけた玄朱が姿を現した。

 簀巻きにされた暗殺者たちを一瞥した瞬間、玄朱の美しい貌から一切の温度が消え失せた。
 周囲の空気が凍りつくような、絶対的な零度。

「地下牢へ運べ。誰の差し金か、背後関係をすべて吐かせた後……骨の欠片も残さず処分しろ」

 敵に対する容赦の一切ない、冷酷無比な『氷の親王』の顔。
 凄みのある低音に、百戦錬磨の護衛たちでさえ顔を青ざめて震え上がる。

 しかし、その視線が茉莉へと移った途端、玄朱の纏っていた凄絶な殺気は嘘のように霧散した。

「……で、お前はそのような所に座り込んで、何をしている」

「あ、玄朱様。おはようございます。昨晩の働きに対する恩賞としての、買取りをお願いしていたところです」

 血も凍るような暗殺者への残酷な処断を目の当たりにしても、茉莉は全く動じることなく、風呂敷の上に並べた戦利品に視線を促した。
 その異様な肝の据わり方に、玄朱は思わず毒気を抜かれたように息を吐いた。

「……飛燕、適正価格で買い取ってやれ。それと、朝餉の支度を。こいつには特別に菓子を分けてやれ」

 しばらく後。
 中庭を眺める広間の特等席で朝の膳に向かう茉莉を、玄朱は少し離れた場所から静かに観察していた。

 漆塗りの盆に乗せられた、ふっくらと炊き上がった銀シャリ。
 脂の乗った焼き魚に、上品な甘さの練り切り。
 それらを一口食べた瞬間、普段は鉄面皮のように動かない茉莉の表情が、ふにゃりとだらしなく崩れた。

「今日も……美味しい。お米が、光っています……っ」

 幸せそうに目を細め、うっとりと頬を綻ばせるその顔は、ただの年相応の可憐な少女のそれだった。
 罠を仕掛け、凄腕の刺客から身ぐるみ剥ぐ悪鬼のような逞しさとの、あまりにも激しい落差。

 玄朱の胸の奥で、とくりと奇妙な音が鳴った。
 政敵を追い詰め、排除することにしか心を砕いてこなかった彼にとって、それは生まれて初めて抱く感情だった。

 ――この女を、もっと見ていたい。

 次は一体、何をしでかすのか。
 自分の前で、次はどんな顔を見せるのかを知りたい。

 玄朱はまだ気づいていなかった。
 その底知れぬ興味と、敵に対する苛烈さとは正反対の感情が、やがて抜け出せないほどの深い恋心へと変貌していくことに。