冷徹親王の囮妃は、刺客を狩って路銀を稼ぐ~愛のない契約結婚のはずが、気付けば異様に執着されているようです~

「……ちっ、術師がやられたか。ええい、直接首を掻き切ってくれる!」

 術師の失敗に業を煮やしたもう一人の刺客——物理特化の忍びが、刀を抜いて庭へ飛び降りた。
 音もなく縁側へ足をかけ、障子に手を伸ばそうとした、その瞬間。

 カアァァン!!
 カラカラカラッ!!

 足元に張られていた黒糸に引っかかり、けたたましい鳴子の音が夜の奥御殿に響き渡った。

「なっ……!? なんだこの仕掛けは!」

「あら、かかりましたね」

 驚愕して動きが止まった忍びの顔面に向け、障子がわずかに開き、何かが投げつけられた。
 灰と大量の唐辛子、そして刺激の強い薬草を混ぜ合わせて小袋に詰めた、茉莉特製の『目潰し玉』である。

 パーン! と顔の真正面で袋が弾け、強烈な刺激の粉末が忍びの目と鼻を容赦なく襲う。

「ぎああっ!? 目が、目がぁぁぁっ!!」

「火の粉も呪いも出ませんが、大量の唐辛子は流石に痛いでしょう」

 涙と鼻水に塗れ、刀を振り回しながら後ずさりした忍びの足元から、ふっと地面の感触が消えた。

「あ……」

 見事に落とし穴へと落下した忍びの頭上から、すかさず猪用のくくり罠が投げ下ろされ、的確に胴体を絡めとってギリッと締め上げる。

 わずか数分の出来事だった。
 異能も呪詛も一切使わず、純粋な生活の知恵だけで、凄腕の刺客たちは完全に制圧された。

 縄の端を太い柱にしっかりと括り付け、手にはいつでも殴りかかれるように太い薪を持った茉莉が、落とし穴の底でもがく忍びを冷ややかな目で見下ろす。

「本日の獲物、二匹。大漁ですね」

 茉莉は満足げに頷くと、脳内で算盤を弾き始めた。

「さて。命まで取る気はありませんが……身ぐるみは剥がさせてもらいますよ。その質の良さそうな小太刀に、忍び装束の裏地に縫い込まれた隠し銭。すべて私の『正当なる戦利品』ですから」