夜の帳が下り、奥御殿が静寂に包まれる頃。
茉莉の真の「仕事」が始まる。
なんせ日中は食っては昼寝をし、のんびりと貝合わせをしたり、絵巻物を見たりと、いわゆる後宮住まいの奥方様を演じなければいけないのだ。
もちろん、侍女たちを撒いては、御殿中の掃除に勤しんだりもしてはいるのだが。
野山を駆けずり回って、狩猟生活をしていたため、若干の物足りなさも感じている。
食い下がる侍女たちをなんとか自室に下がらせた後、茉莉は手慣れた様子で着物の裾をまくり上げ、たすき掛けをして庭へ出ると、慣れた手つきで離れの周囲に次々と手製の罠を設置していく。
縁側や窓の桟には、闇に紛れる黒い糸を張り巡らせ、農作物を荒らす獣避けに使っていた「鳴子」を要所に結びつける。
庭の飛び石の死角には、見事な偽装を施した「落とし穴」を掘削。
殺傷目的ではなく生け捕りにするため、底には棘の代わりに捕獲用の頑丈な魚網を仕込んだ。
「準備万端ですね。さあ、今夜はどんな獲物がかかるでしょうか」
深夜。
玄朱の命を狙い、正室である茉莉を血祭りに上げようとする敵対派閥の刺客が、音もなく離れの屋根に降り立った。
刺客は凄腕の呪術師であった。
自らは安全な場所に潜み、まずは偵察と暗殺を兼ねた『式神』を放つ。
呪力が込められた和紙の鳥が、ぼんやりと妖しい光を帯びながら、障子の隙間から茉莉の寝所へと滑り込んだ。
常人ならば、そのおぞましい呪詛の気配に当てられただけで、気を失うほどの邪悪な術である。
しかし、茉莉の反応は違った。
「……随分と手の込んだ細工の凧です。しかも虫のように自ら発光するとは。夜中に飛ばしたら見つけてくれと言っているようなものです。よほど暇な方が遊びにいらしているのでしょうか」
異能を持たず、呪詛の気配を微塵も感知できない茉莉にとって、それはただの『光る不気味な折り紙』でしかなかった。
彼女は一切の恐怖を抱くことなく、部屋の隅に置いてあった捕獲用の網を手に取ると、空を舞う式神を「えいっ」とあっさり捕らえた。
「丈夫な和紙ですね。勿体ないので、後で裏紙に使いましょう」
式神を無造作に丸めて小箱に突っ込んだ瞬間、術との繋がりを物理的に絶たれた屋根の上の術師が「ぐふっ!?」と血を吐いて悶絶したことなど、茉莉の知る由もない。
茉莉の真の「仕事」が始まる。
なんせ日中は食っては昼寝をし、のんびりと貝合わせをしたり、絵巻物を見たりと、いわゆる後宮住まいの奥方様を演じなければいけないのだ。
もちろん、侍女たちを撒いては、御殿中の掃除に勤しんだりもしてはいるのだが。
野山を駆けずり回って、狩猟生活をしていたため、若干の物足りなさも感じている。
食い下がる侍女たちをなんとか自室に下がらせた後、茉莉は手慣れた様子で着物の裾をまくり上げ、たすき掛けをして庭へ出ると、慣れた手つきで離れの周囲に次々と手製の罠を設置していく。
縁側や窓の桟には、闇に紛れる黒い糸を張り巡らせ、農作物を荒らす獣避けに使っていた「鳴子」を要所に結びつける。
庭の飛び石の死角には、見事な偽装を施した「落とし穴」を掘削。
殺傷目的ではなく生け捕りにするため、底には棘の代わりに捕獲用の頑丈な魚網を仕込んだ。
「準備万端ですね。さあ、今夜はどんな獲物がかかるでしょうか」
深夜。
玄朱の命を狙い、正室である茉莉を血祭りに上げようとする敵対派閥の刺客が、音もなく離れの屋根に降り立った。
刺客は凄腕の呪術師であった。
自らは安全な場所に潜み、まずは偵察と暗殺を兼ねた『式神』を放つ。
呪力が込められた和紙の鳥が、ぼんやりと妖しい光を帯びながら、障子の隙間から茉莉の寝所へと滑り込んだ。
常人ならば、そのおぞましい呪詛の気配に当てられただけで、気を失うほどの邪悪な術である。
しかし、茉莉の反応は違った。
「……随分と手の込んだ細工の凧です。しかも虫のように自ら発光するとは。夜中に飛ばしたら見つけてくれと言っているようなものです。よほど暇な方が遊びにいらしているのでしょうか」
異能を持たず、呪詛の気配を微塵も感知できない茉莉にとって、それはただの『光る不気味な折り紙』でしかなかった。
彼女は一切の恐怖を抱くことなく、部屋の隅に置いてあった捕獲用の網を手に取ると、空を舞う式神を「えいっ」とあっさり捕らえた。
「丈夫な和紙ですね。勿体ないので、後で裏紙に使いましょう」
式神を無造作に丸めて小箱に突っ込んだ瞬間、術との繋がりを物理的に絶たれた屋根の上の術師が「ぐふっ!?」と血を吐いて悶絶したことなど、茉莉の知る由もない。



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