茉莉は瞬きをした。
いつもなら即座に頭の中で算盤を弾く彼女だったが、今回ばかりはその突拍子もない提案に計算が追いつかない。
「……期間が生涯で、役割が正妃。それはつまり、一生この奥御殿から出られないということでしょうか。それはかなり……困ります」
茉莉は戸惑いながらも、あくまで冷静に問い返した。
「それに、最も重要なことが抜けています」
「重要なこと、とは? 申してみよ」
「私への見返りはなんでしょうか?」
その現実主義極まりない問いかけに、玄朱はこれまでにないほど熱を帯びた、狂おしいほどの視線を茉莉へと向けた。
「私の、すべてだ」
「……すべて?」
「私の地位も、財産も、この命すらも、すべてお前のものにしよう。お前に降りかかる危険は、それがどんなものであろうと私が悉く排除する。お前を傷つける者がいれば、地の果てまで追い詰めて一族郎党すべてを氷地獄に沈めてやる」
それは、かつて彼女に重傷を負わせた者たちへ下した、あの背筋の凍るような冷酷な報復を証明する言葉だった。
敵には一切の容赦を持たず、残虐なまでに冷徹な男。
しかし、その彼が今、自分の一切合切を投げ打ってでも、目の前のたった一人の娘に傅き、愛を乞うている。
「お前はもう、自分の身を守るために泥水をすする必要もない。その代わりの条件はただ一つだ」
玄朱は茉莉の手を取り、絶対に逃がさないという強い意思を込めて、その指先に口付けを落とした。
「私が必要とするとき、私がお前の名を呼ぶときだけは、私の側から離れることを、絶対に許さない」
熱烈で、不器用で、ひどく重たい愛情表現。
普通の令嬢ならその執着の重さに震え上がるかもしれない。
しかし、継母から虐げられ、長屋で孤独にその日暮らしを続けてきた茉莉にとって、それは生まれて初めて与えられた『絶対的な安全と、無条件の愛情』の証明だった。
(この方は……私は……)



![[シナリオ]朧廻国 心を繋ぐ双命の符](https://novema.jp/img/member/1393403/5pedue7kco-thumb.jpg)