冷徹親王の囮妃は、刺客を狩って路銀を稼ぐ~愛のない契約結婚のはずが、気付けば異様に執着されているようです~

 実際のところ玄朱の言う「搾り取った」の意味は、茉莉の想像を絶するほど物理的かつ徹底的なものであった。

 対立派閥の黒幕と、その背後にいた一族郎党の屋敷を精鋭で包囲し、一切の温情を捨てて文字通りの『根絶やし』にしたのだということを、茉莉はまだ知らない。
 茉莉の血を見た彼は修羅と化し、敵対者を一人残らず冷酷無比な手段で粛清したのだ。
 敵に対するその苛烈で残虐な振る舞いは、まさに「氷の親王」の面目躍如であった。

 しかし――。

「さあ、口を開けろ」

「……玄朱様。私の腕は折れておりませんが、自分で食べられます」

「いいから開けろ。これは命令だ」

 寝台の上で、茉莉は非常に困惑していた。

 冷酷な粛清を終えたばかりの玄朱が、自ら毒見を済ませた最高級の薬膳粥を匙ですくい、茉莉の口元へと運んできているのだ。
 さらに、茉莉の寝所の周囲には玄朱の最精鋭の護衛が隙間なく配置され、彼女が少しでも起き上がって罠の材料を手に取ろうものなら、侍女たちが泣き喚いてすがりついてくる。

「敵は完全に排除した。もうお前が罠を張る必要はない。完全に傷が癒えるまで、ここから一歩も出ることは許さん。必要なものがあればすべて私が手配する」

 過保護過ぎる。
 腫れ物どころか、国宝以上の扱いである。
 茉莉が咳き込めば即座に高名な薬師が飛んでき、茉莉が「暇ですね」と呟けば、見たこともないような豪奢な反物や宝飾品が山のように運び込まれてくる。

(おかしいですね。私は身代わりの囮だったはずですが)

 口の中に運ばれた美味しい粥を咀嚼しながら、茉莉は首を傾げた。

 胃が膨れただけの感覚だけではなく、やはりなにか正体のしれないふわふわとした感覚が胸のあたりを中心にじわりと広がる。
 それが一体何なのか、恋をしたことの無い茉莉には知りようも無かった。

 そこで、玄朱の行動原理を分析するように、ぐるぐると思案を凝らす。

(強いて言えば……これだけの慰謝料を支払ったのだから、完治するまでしっかり管理して、これ以上の怪我を防ごうという腹積もりでしょうか。そうだとしたら、見返りが怖いです)

 結局、茉莉は玄朱の献身は、利害関係からくるものとして無理やり納得してしまったのだが、玄朱の頭の中では、「契約で縛っている囮」から「何に代えても守り抜き、愛し抜くべき唯一の妻」へと、認識が書き換わっている。

 もはや愛のない契約結婚など、彼の中には存在していないのかもしれない。
 あるのは、この図太く逞しい現実主義の娘を、どうやって一生自分の側から逃がさないようにするかという、執着だけであった。