冷徹親王の囮妃は、刺客を狩って路銀を稼ぐ~愛のない契約結婚のはずが、気付けば異様に執着されているようです~

 その言葉を最後に、茉莉の腕からふつりと力が抜け、彼女は完全に意識を手放した。

「茉莉……? 茉莉っ!!」

 反応はない。
 ただ、彼女の体温だけが掌から急速に失われていくような錯覚に陥る。

 その瞬間、玄朱の中で『何か』が決定的に弾け飛んだ。

「…………ああ」

 地を這うような、深い絶望と激しい怒りが入り混じった低い声。
 玄朱の周囲の気温が、急激に下がり始めた。
 庭の木々が瞬く間に白く凍りつき、空間そのものが軋みを上げる。

 それは、彼がこれまで冷徹な理性で抑え込んできた強大な霊力が、完全に暴走し始めた証だった。

「私から……私の妻から命を奪おうとしたこと、万死に値する」

 玄朱がゆっくりと立ち上がる。
 その瞳にはもはや、理性はない。

 あるのは、己の半身を傷つけられた狂気じみた怒りと、底知れぬ執着だけだ。

「一匹たりとも逃がすな。すべて氷地獄に沈めろ。……背後で糸を引く者も、その一族郎党もすべて根絶やしにしろ。塵一つ残すな!!」

 愛する女を傷つけられた一人の男の、血を吐くような凄絶な報復の始まりだった。

 こうして、茉莉が気を失っている間に、玄朱の彼女への感情は「興味」から「異常なまでの執着と過保護」へと、完全に決定づけられたのである。