春の風が、大学の中庭を吹き抜けていた。あたり一面に桜の花びらが舞っている。
『今日、大学を卒業する。』
四年前、私はこの大学の門を初めてくぐった。
あの頃は、まだ少しだけ緊張していた。
知らない人がたくさんいる場所。知らない先生。知らない教室。
高校で不登校になった経験がある私にとって、大学へ進学するということは、決して当たり前のことではなかった。
それでも私はここまで来た。
そして――
「葵依」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、黒いスーツ姿の迅が立っていた。
高校の制服でも、大学で見慣れた私服でもない。
今日は卒業式だから、いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「迅」
「おはよ」
「おはよう」
「早かったな」
「迅こそ」
「俺は楽しみだったから」
「何が?」
「卒業式」
迅はそう言って笑った。私は少しだけ首を傾げる。
「卒業するのが?」
「それもあるけど」
「じゃあ何?」
「…葵依と一緒に卒業できること」
一瞬、言葉が出なかった。
「……そういうこと、さらっと言うよね」
「彼氏だから」
「そうだけど」
私は少しだけ顔を逸らした。
大学生になって四年。付き合い始めてから数えれば、もっと長い。
けれど、迅にこういうことを言われると、今でも少しだけ恥ずかしい。
「行こう」
「うん」
二人で講堂へ向かった。
卒業式が始まる。
学長の話。卒業生代表の言葉。参列者からの拍手。
長いようで、短い時間だった。
私は前を向きながら、何度も四年間を思い出していた。
入学した日。
優しい友達。
慣れない講義。
試験前に迅と図書館で勉強したこと。
大学祭。
帰りに寄った店。
くだらないことで笑った日。
喧嘩した日もあった。
一緒に海へ行ったこともあった。
振り返れば、本当にたくさんの時間があった。
卒業証書を受け取った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「ありがとうございました」
小さく呟く。
何に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
大学に。友達に。家族に。
そして――
ここまで一緒に歩いてくれた迅に。
卒業式が終わると、大学の中庭は卒業生でいっぱいになった。みんなあちこちで写真を撮っている。
「葵依、こっち!」
友達に呼ばれて、私はそちらへ駆け寄った。
「せっかくだし、みんなで撮ろ!」
「うん」
友達と肩を寄せ合って、スマートフォンを構える。
「はい、撮るよー!」
シャッターが切られる。
「もう一枚!」
「待って、今度はこっち向いて!」
笑いながら何枚か撮っていると――
「葵依、借りまーす!」
陽気な声。やっぱりね…。
少し離れたところに、迅が立っていた。
「え?」
「葵依、借りていい?」
友達が一瞬きょとんとして、それから笑った。
「はいはい。彼氏さんどうぞ」
「ありがとう」
「ちょっと、私は物じゃないんだけど」
私が言うと、迅が笑う。
「知ってる」
「じゃあなんで借りるの」
「俺も写真撮りたいから」
「……最初からそう言えばいいのに」
「葵依が友達と楽しそうだったから」
そう言われると、何も言えなくなる。
「ほら」
迅が手招きする。
私は少しだけ笑って、迅のところへ向かった。
「一枚だけだからね」
「うん」
二人で桜の木の前に並ぶ。
友達がスマートフォンを構えた。
「じゃあ撮るよー!」
シャッターが切られる。
「もう一枚!」
「まだ撮るの?」
「卒業なんだからいいじゃん」
「じゃあ、もう一枚だけ」
二枚目のシャッターが切られる。
写真を確認すると、迅が隣で笑っていた。
「…高校のときの私たちが、この写真を見たらどう思うかな」
迅が少し考える。
「びっくりするんじゃない?」
「私もそう思う」
高校生の頃。
私は、自分が大学を卒業する日なんて想像できなかった。そもそも、その先の未来を考える余裕がなかった。
学校へ行けるようになるのか、また誰かに何か言われるかもしれないという恐れ、自分はどうなってしまうのかという不安。
そんなことばかり考えていた。
でも、今私はここにいる。四年間、大学へ通った。
友達もできて、たくさん笑った。勉強も頑張って、自分で選んだ道を歩んできた。
そして――
今も、迅が隣にいる。
「葵依」
「うん?」
「少し歩かない?」
「どこへ?」
「いつものところ」
私はすぐに分かった。
「……海?」
「うん」
「卒業式の日まで行くんだ」
「最後だから」
「分かった」
二人で歩き出すと、後ろから友達の声が聞こえた。
「葵依ー! またあとで写真送るねー!」
私は振り返って手を振る。
「うん!」
迅が隣で笑っていた。
「何?」
「いや」
「何よ」
「楽しそうだなって」
「…すごく楽しいよ」
私はそう答えて、少しだけ迅との距離を縮めた。
『今日、大学を卒業する。』
四年前、私はこの大学の門を初めてくぐった。
あの頃は、まだ少しだけ緊張していた。
知らない人がたくさんいる場所。知らない先生。知らない教室。
高校で不登校になった経験がある私にとって、大学へ進学するということは、決して当たり前のことではなかった。
それでも私はここまで来た。
そして――
「葵依」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、黒いスーツ姿の迅が立っていた。
高校の制服でも、大学で見慣れた私服でもない。
今日は卒業式だから、いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「迅」
「おはよ」
「おはよう」
「早かったな」
「迅こそ」
「俺は楽しみだったから」
「何が?」
「卒業式」
迅はそう言って笑った。私は少しだけ首を傾げる。
「卒業するのが?」
「それもあるけど」
「じゃあ何?」
「…葵依と一緒に卒業できること」
一瞬、言葉が出なかった。
「……そういうこと、さらっと言うよね」
「彼氏だから」
「そうだけど」
私は少しだけ顔を逸らした。
大学生になって四年。付き合い始めてから数えれば、もっと長い。
けれど、迅にこういうことを言われると、今でも少しだけ恥ずかしい。
「行こう」
「うん」
二人で講堂へ向かった。
卒業式が始まる。
学長の話。卒業生代表の言葉。参列者からの拍手。
長いようで、短い時間だった。
私は前を向きながら、何度も四年間を思い出していた。
入学した日。
優しい友達。
慣れない講義。
試験前に迅と図書館で勉強したこと。
大学祭。
帰りに寄った店。
くだらないことで笑った日。
喧嘩した日もあった。
一緒に海へ行ったこともあった。
振り返れば、本当にたくさんの時間があった。
卒業証書を受け取った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「ありがとうございました」
小さく呟く。
何に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
大学に。友達に。家族に。
そして――
ここまで一緒に歩いてくれた迅に。
卒業式が終わると、大学の中庭は卒業生でいっぱいになった。みんなあちこちで写真を撮っている。
「葵依、こっち!」
友達に呼ばれて、私はそちらへ駆け寄った。
「せっかくだし、みんなで撮ろ!」
「うん」
友達と肩を寄せ合って、スマートフォンを構える。
「はい、撮るよー!」
シャッターが切られる。
「もう一枚!」
「待って、今度はこっち向いて!」
笑いながら何枚か撮っていると――
「葵依、借りまーす!」
陽気な声。やっぱりね…。
少し離れたところに、迅が立っていた。
「え?」
「葵依、借りていい?」
友達が一瞬きょとんとして、それから笑った。
「はいはい。彼氏さんどうぞ」
「ありがとう」
「ちょっと、私は物じゃないんだけど」
私が言うと、迅が笑う。
「知ってる」
「じゃあなんで借りるの」
「俺も写真撮りたいから」
「……最初からそう言えばいいのに」
「葵依が友達と楽しそうだったから」
そう言われると、何も言えなくなる。
「ほら」
迅が手招きする。
私は少しだけ笑って、迅のところへ向かった。
「一枚だけだからね」
「うん」
二人で桜の木の前に並ぶ。
友達がスマートフォンを構えた。
「じゃあ撮るよー!」
シャッターが切られる。
「もう一枚!」
「まだ撮るの?」
「卒業なんだからいいじゃん」
「じゃあ、もう一枚だけ」
二枚目のシャッターが切られる。
写真を確認すると、迅が隣で笑っていた。
「…高校のときの私たちが、この写真を見たらどう思うかな」
迅が少し考える。
「びっくりするんじゃない?」
「私もそう思う」
高校生の頃。
私は、自分が大学を卒業する日なんて想像できなかった。そもそも、その先の未来を考える余裕がなかった。
学校へ行けるようになるのか、また誰かに何か言われるかもしれないという恐れ、自分はどうなってしまうのかという不安。
そんなことばかり考えていた。
でも、今私はここにいる。四年間、大学へ通った。
友達もできて、たくさん笑った。勉強も頑張って、自分で選んだ道を歩んできた。
そして――
今も、迅が隣にいる。
「葵依」
「うん?」
「少し歩かない?」
「どこへ?」
「いつものところ」
私はすぐに分かった。
「……海?」
「うん」
「卒業式の日まで行くんだ」
「最後だから」
「分かった」
二人で歩き出すと、後ろから友達の声が聞こえた。
「葵依ー! またあとで写真送るねー!」
私は振り返って手を振る。
「うん!」
迅が隣で笑っていた。
「何?」
「いや」
「何よ」
「楽しそうだなって」
「…すごく楽しいよ」
私はそう答えて、少しだけ迅との距離を縮めた。
