目が覚めた。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
時計を見ると、まだ六時前だった。大分寝てしまった。
迅に会うまでは、塾がない日はどこかのタイミングでもう一度布団に潜り込んでいた。眠ってしまえば、時間が進む。時間が進めば、朝も終わる。
そうやって、一日をやり過ごしていた。
けれど、最近は違った。
私は布団の中でしばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと起き上がった。
私の脳内には、昨日のことが鮮明に残っていた。
迅と話したこと。自分のことを話したこと。
そして――。
昔のことを、少しだけ思い出したこと。
「……」
私は机を見る。そこには、昨日のノートが置いてあった。
まだ、数ページしか使っていないノート。
最初は、何となくだった。
迅に出会ってから、今まで考えたことのなかったことを考えるようになった。
私は何を怖がっているんだろう。どうして学校へ行けなくなったんだろう。どうして、こんなに人の目が怖いんだろう。
頭の中で何度考えても、同じところをぐるぐる回るだけだった。
だから、文字にしてみようと思った。
それが、ノートを書き始めた理由だった。
私は机に向かい、ノートを開いた。
昨日のページを見る。寝る前に少し書いていたんだっけ?寝ぼけすぎてあまり覚えていない。
そこには、少し歪んだ文字でこう書いてあった。
『今日、迅と話した。』
『昔のことを少し話した。』
『話すのは怖かった。』
『でも、話したら少しだけ楽になった。』
最後に。
『迅といると、あまり怖くない。』
私はそこを見て、すぐに目を逸らした。
「……これは、なんか恥ずかしい」
誰に見せるわけでもななのに、自分の気持ちを文字にすると、妙に恥ずかしかった。
私はページをめくった。
白紙。
ペンを持つ。しばらく迷ってから、一番上に書く。
『私は何が嫌だった?』
質問。
自分自身への質問だった。
すぐに答えを書こうとして、手が止まった。
何が嫌だった?
そんなの、決まっていると思っていた。
学校。人。視線。自分の見た目。全部。
…でも、本当に全部なのだろうか。
私は少し考えた。
『自分の見た目?』
書いてみる。
けれど、しっくりこない。
私は生まれたときから、この姿だった。
小さい頃は、自分の髪が白いことを、今ほど嫌だとは思っていなかった。もちろん、周りと違うことを気にしたことはあった。
でも、それだけだった。
私は、その文字を消した。
『人の視線?』
これは近い。
けれど、それだけでもない。
私はさらに書いた。
『誰かの言葉?』
ペン先が止まる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、昔の教室が頭に浮かんだ。
「……髪、白いね」
「アルビノってやつ?」
「普通の人と違うよね」
ほんの数秒。
それだけの記憶だった。
私はすぐに現在へ戻った。
「……」
思い出すうちに、胸が少し苦しくなる。
私はその記憶を深く追いかけなかった。
まだ、今は無理だった。代わりに、その下へ書く。
『誰の言葉が怖かった?』
また質問。
私は考える。
一人ではない。
何人もの人。
それぞれが言った言葉。
その一つ一つが、少しずつ積み重なっていった。
最初は気にならなかった。
笑って流せた。
「珍しいね」
「きれいだね」
「どうしてそんな色なの?」
そんな言葉なら、まだ大丈夫だった。
でも、そこに「普通じゃない」という意味が混ざってくると、何かが変わった。
私は書いた。
『「普通じゃない」と言われるのが怖かった。』
その一文を書いた途端。
不思議なくらい、続きを書きたくなった。
『何が普通なのか分からないのに、私だけが普通じゃないみたいに言われるのが嫌だった。』
さらに。
『私のことを、見た目だけで決められるのが嫌だった。』
そこでペンを置く。
私は、自分が書いた文章を読み返した。
「……これ、なのかな」
私が嫌だったもの。
…ずっと、自分の髪だと思っていた。肌だと思っていた。目だと思っていた。
でも、きっと、もしかしたら違う。
私はもう一度ペンを取った。
『本当はどうしてほしかった?』
この質問は、少し難しかった。私は何を望んでいたんだろう。
特別扱いしてほしかったわけじゃない。腫れ物みたいに扱ってほしかったわけでもない。まして、かわいそうだと思ってほしかったわけでもない。
ただ、普通に話してほしかった。普通に笑ってほしかった。普通に友達でいてほしかった。私の髪や肌や目を見る前に。
私自身を見てほしかった。
私はそれを、ゆっくりと書いた。
『特別扱いしてほしかったわけじゃない。』
『ただ、私を私として見てほしかった。』
そこまで書いたところで、胸の奥が熱くなった。
大粒の涙が一滴、紙の上に落ちた。
「……」
私は慌てて手で拭った。泣いても、私はノートを閉じなかった。
少しだけ、分かった気がした。
私は、アルビノだから苦しかったわけじゃない。アルビノの自分が嫌いだったから、全部が嫌になったわけでもない。
もちろん…。
今でも鏡を見るのは少し苦手だ。外に出れば、視線を感じる。白い髪を見ている人もいる。それは怖い。
だけど、私が一番苦しかったのは…。
『普通じゃない』と決めつけられることだった。
私はそのことを、もう一度ノートに書いた。
『私が嫌だったのは、アルビノの私じゃない。』
『「普通じゃない」と決めつけられることだった。』
書き終えたあと、私はしばらく、その文字を見つめていた。
そして。ほんの少しだけ。肩の力が抜けた。
「……私が悪かったわけじゃないのかも」
声に出してみる。
まだ『絶対にそうだ』とは思えない。
長い間、自分を責めてきたから。
それでも、自分に負けてはいられない。
「私が悪かったわけじゃない」
もう一度言う。今度は、少しだけ自然だった。
私はノートを閉じた。
その日は、それ以上書かなかった。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
時計を見ると、まだ六時前だった。大分寝てしまった。
迅に会うまでは、塾がない日はどこかのタイミングでもう一度布団に潜り込んでいた。眠ってしまえば、時間が進む。時間が進めば、朝も終わる。
そうやって、一日をやり過ごしていた。
けれど、最近は違った。
私は布団の中でしばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと起き上がった。
私の脳内には、昨日のことが鮮明に残っていた。
迅と話したこと。自分のことを話したこと。
そして――。
昔のことを、少しだけ思い出したこと。
「……」
私は机を見る。そこには、昨日のノートが置いてあった。
まだ、数ページしか使っていないノート。
最初は、何となくだった。
迅に出会ってから、今まで考えたことのなかったことを考えるようになった。
私は何を怖がっているんだろう。どうして学校へ行けなくなったんだろう。どうして、こんなに人の目が怖いんだろう。
頭の中で何度考えても、同じところをぐるぐる回るだけだった。
だから、文字にしてみようと思った。
それが、ノートを書き始めた理由だった。
私は机に向かい、ノートを開いた。
昨日のページを見る。寝る前に少し書いていたんだっけ?寝ぼけすぎてあまり覚えていない。
そこには、少し歪んだ文字でこう書いてあった。
『今日、迅と話した。』
『昔のことを少し話した。』
『話すのは怖かった。』
『でも、話したら少しだけ楽になった。』
最後に。
『迅といると、あまり怖くない。』
私はそこを見て、すぐに目を逸らした。
「……これは、なんか恥ずかしい」
誰に見せるわけでもななのに、自分の気持ちを文字にすると、妙に恥ずかしかった。
私はページをめくった。
白紙。
ペンを持つ。しばらく迷ってから、一番上に書く。
『私は何が嫌だった?』
質問。
自分自身への質問だった。
すぐに答えを書こうとして、手が止まった。
何が嫌だった?
そんなの、決まっていると思っていた。
学校。人。視線。自分の見た目。全部。
…でも、本当に全部なのだろうか。
私は少し考えた。
『自分の見た目?』
書いてみる。
けれど、しっくりこない。
私は生まれたときから、この姿だった。
小さい頃は、自分の髪が白いことを、今ほど嫌だとは思っていなかった。もちろん、周りと違うことを気にしたことはあった。
でも、それだけだった。
私は、その文字を消した。
『人の視線?』
これは近い。
けれど、それだけでもない。
私はさらに書いた。
『誰かの言葉?』
ペン先が止まる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、昔の教室が頭に浮かんだ。
「……髪、白いね」
「アルビノってやつ?」
「普通の人と違うよね」
ほんの数秒。
それだけの記憶だった。
私はすぐに現在へ戻った。
「……」
思い出すうちに、胸が少し苦しくなる。
私はその記憶を深く追いかけなかった。
まだ、今は無理だった。代わりに、その下へ書く。
『誰の言葉が怖かった?』
また質問。
私は考える。
一人ではない。
何人もの人。
それぞれが言った言葉。
その一つ一つが、少しずつ積み重なっていった。
最初は気にならなかった。
笑って流せた。
「珍しいね」
「きれいだね」
「どうしてそんな色なの?」
そんな言葉なら、まだ大丈夫だった。
でも、そこに「普通じゃない」という意味が混ざってくると、何かが変わった。
私は書いた。
『「普通じゃない」と言われるのが怖かった。』
その一文を書いた途端。
不思議なくらい、続きを書きたくなった。
『何が普通なのか分からないのに、私だけが普通じゃないみたいに言われるのが嫌だった。』
さらに。
『私のことを、見た目だけで決められるのが嫌だった。』
そこでペンを置く。
私は、自分が書いた文章を読み返した。
「……これ、なのかな」
私が嫌だったもの。
…ずっと、自分の髪だと思っていた。肌だと思っていた。目だと思っていた。
でも、きっと、もしかしたら違う。
私はもう一度ペンを取った。
『本当はどうしてほしかった?』
この質問は、少し難しかった。私は何を望んでいたんだろう。
特別扱いしてほしかったわけじゃない。腫れ物みたいに扱ってほしかったわけでもない。まして、かわいそうだと思ってほしかったわけでもない。
ただ、普通に話してほしかった。普通に笑ってほしかった。普通に友達でいてほしかった。私の髪や肌や目を見る前に。
私自身を見てほしかった。
私はそれを、ゆっくりと書いた。
『特別扱いしてほしかったわけじゃない。』
『ただ、私を私として見てほしかった。』
そこまで書いたところで、胸の奥が熱くなった。
大粒の涙が一滴、紙の上に落ちた。
「……」
私は慌てて手で拭った。泣いても、私はノートを閉じなかった。
少しだけ、分かった気がした。
私は、アルビノだから苦しかったわけじゃない。アルビノの自分が嫌いだったから、全部が嫌になったわけでもない。
もちろん…。
今でも鏡を見るのは少し苦手だ。外に出れば、視線を感じる。白い髪を見ている人もいる。それは怖い。
だけど、私が一番苦しかったのは…。
『普通じゃない』と決めつけられることだった。
私はそのことを、もう一度ノートに書いた。
『私が嫌だったのは、アルビノの私じゃない。』
『「普通じゃない」と決めつけられることだった。』
書き終えたあと、私はしばらく、その文字を見つめていた。
そして。ほんの少しだけ。肩の力が抜けた。
「……私が悪かったわけじゃないのかも」
声に出してみる。
まだ『絶対にそうだ』とは思えない。
長い間、自分を責めてきたから。
それでも、自分に負けてはいられない。
「私が悪かったわけじゃない」
もう一度言う。今度は、少しだけ自然だった。
私はノートを閉じた。
その日は、それ以上書かなかった。
