夕方の海は、昼間よりずっと静かだった。
波が砂浜に寄せては、ゆっくりと戻っていく。
その音を聞きながら、私は隣にいる迅を見た。
「ねえ、迅」
「ん?」
迅は海を見たまま返事をする。
私は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「私……変わりたい」
言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
変わりたい。
そう思うこと自体が、怖かった。
今までの私は、変わることよりも、何も変わらないことを選んできた。
朝になればカーテンを閉めたまま過ごして、家族が出ていったあとにひとりになる。誰にも会わず、誰とも話さず、自分の部屋で時間が過ぎていくのを待つ。
それが、私にとって一番安心できる時間だった。
『ひとりのじかん』
誰にも何も言われない。誰かの視線を気にしなくていい。自分がどう見られているのかを考えなくていい。
だから私は、ひとりでいることが嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだった。
だけど――。
「今のままじゃ、嫌なの」
自分でも驚くくらい、小さな声だった。
迅がこちらを見る。
黒い髪が、海から吹いてくる風にさらさらと少し揺れていた。
「どう変わりたいの?」
その質問に、私はすぐには答えられなかった。
学校へ行きたい。人と普通に話せるようになりたい。外に出ることを怖がらなくなりたい。自分の白い髪も、白い肌も、白い瞳も、嫌いにならずにいられるようになりたい。
そして――。
迅と、もっと一緒にいたい。
頭の中にはいくつもの答えが浮かんだ。
でも、それを全部口にするのは恥ずかしくて、私は海へ視線を戻した。
「……分からない。色々かな。」
「そっか」
相変わらず迅は、それ以上聞かなかった。
「でも」
私は、海を見つめながら続けた。
「変わりたいっていう気持ちは、大きいよ」
迅は何も言わなかった。ただ、隣にいてくれた。
波の音だけが、私たちの間を流れていく。
私は、自分の白い髪をそっと指で触れた。
昔は、この髪が嫌だった。
街を歩けば視線を感じるし、知らない人に見られる。誰かからの何気ない言葉が、いつまでも頭の中に残ってしまう。
『どうして私だけ?』
何度、そう思っただろう。
『みんなと同じだったらよかったのに』とか、『普通だったらよかったのに』とか、そんなことをずっと思っていた。
でも、迅と出会ってから、少しずつ何かが変わっていった。
迅は、私がアルビノだからといって特別扱いするわけでもなく、かわいそうだと思うわけでもなく、私を私として見てくれた。
それが、私には不思議だった。
「迅」
「ん?」
「……私って、変なのかな?」
自分でも、どうしてそんなことを聞いたのか分からなかった。
迅は少し考えてから答えた。
「変かどうかなんて、俺には分かんない」
「……なにそれ」
思わず笑ってしまう。すると迅も笑った。
「でも、葵依は葵依だろ」
その言葉が、胸の奥に静かに残った。
葵依は葵依。
たったそれだけの言葉なのに、ずっと欲しかったものをもらったような気がした。
私はもう一度、海を見る。
夕日が水面に細く伸びていた。
ひとりで見る海も、きっと綺麗なんだろう。
でも今は、隣に迅がいる。それだけで、いつもと少し違って見える。
「……帰ろうか」
「うん」
立ち上がると、砂が靴の中に入っていた。
私はそれを見て、少しだけ笑う。
「砂、いっぱい入ってる」
「俺も」
「ふふっ」
また笑った。こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろうか…。
ひとりの時間が好きだった。これからも、きっと好きでいると思う。ひとりでいることで、自分の心を落ち着かせられるから。
でも――。
誰かと過ごす時間も、悪くないのかもしれない。
そう思えた。
それが、私にとっては小さな変化だった。
まだ、その変化がどこへ続いていくのかは分からない。
この先、何が待っているのかも。
ただ、あの日。
迅と出会ったことで、私の『ひとりのじかん』は、少しずつ意味を変えていった。
ひとりでいるための時間から、自分自身と向き合うための時間へ。
そしていつか、誰かと過ごす時間も大切にできるようになるための時間へと。
波が砂浜に寄せては、ゆっくりと戻っていく。
その音を聞きながら、私は隣にいる迅を見た。
「ねえ、迅」
「ん?」
迅は海を見たまま返事をする。
私は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「私……変わりたい」
言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
変わりたい。
そう思うこと自体が、怖かった。
今までの私は、変わることよりも、何も変わらないことを選んできた。
朝になればカーテンを閉めたまま過ごして、家族が出ていったあとにひとりになる。誰にも会わず、誰とも話さず、自分の部屋で時間が過ぎていくのを待つ。
それが、私にとって一番安心できる時間だった。
『ひとりのじかん』
誰にも何も言われない。誰かの視線を気にしなくていい。自分がどう見られているのかを考えなくていい。
だから私は、ひとりでいることが嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだった。
だけど――。
「今のままじゃ、嫌なの」
自分でも驚くくらい、小さな声だった。
迅がこちらを見る。
黒い髪が、海から吹いてくる風にさらさらと少し揺れていた。
「どう変わりたいの?」
その質問に、私はすぐには答えられなかった。
学校へ行きたい。人と普通に話せるようになりたい。外に出ることを怖がらなくなりたい。自分の白い髪も、白い肌も、白い瞳も、嫌いにならずにいられるようになりたい。
そして――。
迅と、もっと一緒にいたい。
頭の中にはいくつもの答えが浮かんだ。
でも、それを全部口にするのは恥ずかしくて、私は海へ視線を戻した。
「……分からない。色々かな。」
「そっか」
相変わらず迅は、それ以上聞かなかった。
「でも」
私は、海を見つめながら続けた。
「変わりたいっていう気持ちは、大きいよ」
迅は何も言わなかった。ただ、隣にいてくれた。
波の音だけが、私たちの間を流れていく。
私は、自分の白い髪をそっと指で触れた。
昔は、この髪が嫌だった。
街を歩けば視線を感じるし、知らない人に見られる。誰かからの何気ない言葉が、いつまでも頭の中に残ってしまう。
『どうして私だけ?』
何度、そう思っただろう。
『みんなと同じだったらよかったのに』とか、『普通だったらよかったのに』とか、そんなことをずっと思っていた。
でも、迅と出会ってから、少しずつ何かが変わっていった。
迅は、私がアルビノだからといって特別扱いするわけでもなく、かわいそうだと思うわけでもなく、私を私として見てくれた。
それが、私には不思議だった。
「迅」
「ん?」
「……私って、変なのかな?」
自分でも、どうしてそんなことを聞いたのか分からなかった。
迅は少し考えてから答えた。
「変かどうかなんて、俺には分かんない」
「……なにそれ」
思わず笑ってしまう。すると迅も笑った。
「でも、葵依は葵依だろ」
その言葉が、胸の奥に静かに残った。
葵依は葵依。
たったそれだけの言葉なのに、ずっと欲しかったものをもらったような気がした。
私はもう一度、海を見る。
夕日が水面に細く伸びていた。
ひとりで見る海も、きっと綺麗なんだろう。
でも今は、隣に迅がいる。それだけで、いつもと少し違って見える。
「……帰ろうか」
「うん」
立ち上がると、砂が靴の中に入っていた。
私はそれを見て、少しだけ笑う。
「砂、いっぱい入ってる」
「俺も」
「ふふっ」
また笑った。こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろうか…。
ひとりの時間が好きだった。これからも、きっと好きでいると思う。ひとりでいることで、自分の心を落ち着かせられるから。
でも――。
誰かと過ごす時間も、悪くないのかもしれない。
そう思えた。
それが、私にとっては小さな変化だった。
まだ、その変化がどこへ続いていくのかは分からない。
この先、何が待っているのかも。
ただ、あの日。
迅と出会ったことで、私の『ひとりのじかん』は、少しずつ意味を変えていった。
ひとりでいるための時間から、自分自身と向き合うための時間へ。
そしていつか、誰かと過ごす時間も大切にできるようになるための時間へと。


