夕焼けの町並みを眺めながら、満は揺れる機関車に1人。
葛原院家との決戦……否、会談は、明後日に迫っている。だが、約2週間続けた横浜の葛原院邸偵察の結果は芳しくない。
夕日を睨みながら、満は爪を噛んでいた。
(考えろ、考えるのよ蘆屋満……!!)
百合からの指令は、葛原院侯爵の正妻の抱える「後ろめたいもの」を暴くこと。
麹町の彼の屋敷は余りにも生活音がしないため、調査先を横浜に移したというのに。
(1回も正妻が屋敷の外に出てこない、って何……!?)
まさか、さぞお綺麗であろう顔すら拝めないなんて。
これでは、裏を暴くどころか基本情報すら掴めていないではないか。
百合はといえば、社交界できっちり調査してきている。
ミユキ、という名の背の低い女性らしい。
葛原院侯爵が社交会に連れてきたのは、春先の一度だけという。
それ以降姿を見せず、阿片を好んでいるとの噂アリ。
ならば、満はその証拠を掴めばいいだけなのに。
(っていうか、なんで麹町と同じ結界が横浜にもあるのよ!! 意味わかんない!!)
新橋に到着し、開いた列車の扉をビョンと勢い任せに飛び降りる。
満の式神使役の限界を越えた距離故に、こちらはわざわざ横浜に出向いているというのに。
(あの男、まさか麹町に居ながらあんな離れた場所にあんな精度の結界張ってるっていうの……!?)
ムカムカと積もる、安倍家嫡男への思い。満は切符を駅員に叩きつけて駅を出る。
家路を急ぐ男たちの合間を、早足で進む。カリカリと爪を噛みながら口をついたのは、恨み言だった。
「ほんっとムカつく、安倍晴明……!」
誰にも聞かれていないはずの言葉。
だがすぐ後ろから聞こえた言葉に、彼女の肩は大きく跳ねた。
「呼んだか? 蘆屋の」
「びゃ!?」
ピタリと足を止め、ギギギと来た道を振り返る。ガス灯に寄りかかってこちらを向いているのは、今まさに会いたくない男だった。
「安倍晴明……!?」
「おう。毎日ご苦労だなぁ、お前も」
「誰のせいだと……!!」
満は文句を突きつけようと彼へ迫る。
だが、相手の顔を見上げるだけで首が痛くなりそうだった。
背丈の差だけでも一尺はある。しかも相手は男だ。
帝都のお役人らしい洋装の黒が、より威圧感を醸し出している。
「ぅ……」
京都でも安倍家の男に会ったことはあるが、眼の前の彼のように周囲から頭一つ抜けるほど大きくなかった。
少々、怖い。
「ここじゃ人通りも多い。話しやすいとこに行こうぜ? 蘆屋の」
そう言って、ヒラリと長髪を翻す安倍晴明。
「……」
付いていくか、決めあぐねる満。だが相手は、彼女を待つようにわざわざ振り返ってきた。
「……わかったわよ」
不埒な事をされたら、大声で悲鳴をあげてやる。そう決意して、満は宿敵の後をついていくのだった。
◇
晴明が案内したのは、駅の裏手だった。
よく四神たちと会話する場所。ここならば、そう滅多に不審がられはしない。
「さて、蘆屋の。お前さあ……」
ゆっくり交渉を。そう思って晴明は話し始めながら振り返った。
しかし、相手の少女は駅舎の角から覗き込んでいるではないか。
「……いや遠くね?」
目が点とは、このことか。思わず晴明の口をついたツッコミに、蘆屋家の少女はクワッと口を開いた。
「乙女を人通りのないところに連れ込む男を警戒して何が悪いですかーー!」
「え!? それは、悪い……」
思ってもいなかった反論に、たじろいでしまう。だが、彼女の言うことも最もかもしれなかった。
そう勝手に納得していたのも束の間。蘆屋家の少女は、こちらを指さして捲し立ててきた。
「だいたい! 誰のせいで横浜なんぞまで通ってると思ってるんですの!? なんであんな高性能な結界を2カ所も張ってるんですかーー!」
「いや、真誠に呪詛なんてかかってたから念の為……」
「念の為で出来る所業ですか、アレがぁ!!」
あくまで交渉がしたくて呼んだだけなのだが。
晴明の思いとは裏腹に、ライバル家の嫡女はまるで毛を逆立てた野良猫だ。
「ちゅうか!! あんたがそないに肩入れして防御を張ってるちゅうことこそ、葛原院家の正妻が後ろめたいものを抱えてる証拠やなしに!?」
感情が昂ぶりすぎたのか、彼女は京都弁全開である。
小さくため息をついて、晴明は返す。
「それは、穿った見方をし過ぎなんじゃないか?」
「黙ったらええのに!」
ピシャリと叩きつけられる言葉。とりつく島もないまま、彼女は一枚の呪符を懐から取り出した。
「そうで、あんたは葛原院の正妻のことだって知ってるんやろう? やったら、今この場で自白の呪詛で聞き出したる!」
そんな宣戦布告と共に、彼女の隣に降り立つ巨大な猫又。そして、背後に控えるのは土蜘蛛だ。
流石は、妖怪使役と呪詛に長けた蘆屋家の後継者。彼女だからこそ、あの真誠をあれほど追い詰めることができた。
だが晴明はため息をつくと、一段声のトーンを落として問うた。
「……本気か?」
「……!」
そっと、彼の背後に青龍と玄武が並び立つ。その神威を、彼女だって感じ取ったようだ。
表情に影が見え、妖怪達も姿勢を低くした。
その様子に、晴明は背後の式神2人へ目配せをする。
彼らが威嚇を止めたのを確認して、天才と言われる陰陽師は口を開いた。
「なぁ。この件から手を引いてくれねぇか?」
「……は?」
ようやく、彼女へ声をかけた本題を切り出せた。
冷たい反応を受け流し、晴明は続ける。
「真誠の野郎がわざわざ、陰陽師の立ち会いで、なんて提案しやがったのは、アンタからと思われる呪詛を警戒したからだ。つまり、アンタが大人しく家で籠ってる……または、俺たちが仲良く茶でもしばいてるって約束すりゃあ、あんな面倒くさい場に居合わせなくていいんだからよぉ」
五摂家の一角である近衛家の本邸で行われる、葛原院家と天乃原家の当主会談。
真誠の提案のせいで、晴明までそこに同席せねばならないのだ。
悪友の警戒心は、分かる。悪霊や呪詛の対処に回る身としては、普段からそのくらい警戒してほしいくらいだ。ただでさえ、彼は悪い霊など余りにも引き寄せやすい。
だが、それとこれとは話が別だ。
蘆屋の娘さえ動かなければ、近衛家で陰陽師が控える必要もない。
何が嬉しくて、国のトップに近い権力者の屋敷まで行って、自分には直接関係ないゴタゴタの立ち会いなぞせねばいけないのか。
切実に願うその思いゆえに、こうして蘆屋家の少女に直接交渉を持ち掛けている。
……のだが、しかし。
「手を引く……? ふざけるのも、大概にしてくださいまし」
「……!?」
空気が冷えるほどの、冷たい声。ザワザワと立ち伸ぼる妖気と、憤怒の気配。
こちらを睨みつける少女の赤い瞳が、晴明を射抜いた。
「お姉様を蔑ろにした男を、放っておけと……? そんなこと、出来るわけないでしょう」
それは、鳥肌が立つほどの強い言霊。
「当日、私はお姉様のために同席致します。あの野郎が不義理を貫くようならば、すぐにでも自白させてやりますわ。お姉様を傷つけたことを、後悔するほどに」
彼女の宣言と同時に、晴明自身の髪で視界が遮られるほどの強風が巻き起こる。
彼がようやく髪をはらった頃には、蘆屋家の少女らは姿を消していた。
〈……交渉は決裂してしまったな、晴明〉
青龍が囁く。その言葉に、安倍家の嫡男は深いため息をついた。
「……全くだ」
姿を見せ始めた宵の明星を見上げる。
これだから、女性を敵に回したくはないのだ。
感情の起伏の荒さと、本気で怒った時の手のつけられなさは計り知れない。
ことの元凶である幼馴染を思う。初恋を貫いた彼のことは尊敬するが、面倒ごとに巻き込むのは止めて欲しかった。
葛原院家との決戦……否、会談は、明後日に迫っている。だが、約2週間続けた横浜の葛原院邸偵察の結果は芳しくない。
夕日を睨みながら、満は爪を噛んでいた。
(考えろ、考えるのよ蘆屋満……!!)
百合からの指令は、葛原院侯爵の正妻の抱える「後ろめたいもの」を暴くこと。
麹町の彼の屋敷は余りにも生活音がしないため、調査先を横浜に移したというのに。
(1回も正妻が屋敷の外に出てこない、って何……!?)
まさか、さぞお綺麗であろう顔すら拝めないなんて。
これでは、裏を暴くどころか基本情報すら掴めていないではないか。
百合はといえば、社交界できっちり調査してきている。
ミユキ、という名の背の低い女性らしい。
葛原院侯爵が社交会に連れてきたのは、春先の一度だけという。
それ以降姿を見せず、阿片を好んでいるとの噂アリ。
ならば、満はその証拠を掴めばいいだけなのに。
(っていうか、なんで麹町と同じ結界が横浜にもあるのよ!! 意味わかんない!!)
新橋に到着し、開いた列車の扉をビョンと勢い任せに飛び降りる。
満の式神使役の限界を越えた距離故に、こちらはわざわざ横浜に出向いているというのに。
(あの男、まさか麹町に居ながらあんな離れた場所にあんな精度の結界張ってるっていうの……!?)
ムカムカと積もる、安倍家嫡男への思い。満は切符を駅員に叩きつけて駅を出る。
家路を急ぐ男たちの合間を、早足で進む。カリカリと爪を噛みながら口をついたのは、恨み言だった。
「ほんっとムカつく、安倍晴明……!」
誰にも聞かれていないはずの言葉。
だがすぐ後ろから聞こえた言葉に、彼女の肩は大きく跳ねた。
「呼んだか? 蘆屋の」
「びゃ!?」
ピタリと足を止め、ギギギと来た道を振り返る。ガス灯に寄りかかってこちらを向いているのは、今まさに会いたくない男だった。
「安倍晴明……!?」
「おう。毎日ご苦労だなぁ、お前も」
「誰のせいだと……!!」
満は文句を突きつけようと彼へ迫る。
だが、相手の顔を見上げるだけで首が痛くなりそうだった。
背丈の差だけでも一尺はある。しかも相手は男だ。
帝都のお役人らしい洋装の黒が、より威圧感を醸し出している。
「ぅ……」
京都でも安倍家の男に会ったことはあるが、眼の前の彼のように周囲から頭一つ抜けるほど大きくなかった。
少々、怖い。
「ここじゃ人通りも多い。話しやすいとこに行こうぜ? 蘆屋の」
そう言って、ヒラリと長髪を翻す安倍晴明。
「……」
付いていくか、決めあぐねる満。だが相手は、彼女を待つようにわざわざ振り返ってきた。
「……わかったわよ」
不埒な事をされたら、大声で悲鳴をあげてやる。そう決意して、満は宿敵の後をついていくのだった。
◇
晴明が案内したのは、駅の裏手だった。
よく四神たちと会話する場所。ここならば、そう滅多に不審がられはしない。
「さて、蘆屋の。お前さあ……」
ゆっくり交渉を。そう思って晴明は話し始めながら振り返った。
しかし、相手の少女は駅舎の角から覗き込んでいるではないか。
「……いや遠くね?」
目が点とは、このことか。思わず晴明の口をついたツッコミに、蘆屋家の少女はクワッと口を開いた。
「乙女を人通りのないところに連れ込む男を警戒して何が悪いですかーー!」
「え!? それは、悪い……」
思ってもいなかった反論に、たじろいでしまう。だが、彼女の言うことも最もかもしれなかった。
そう勝手に納得していたのも束の間。蘆屋家の少女は、こちらを指さして捲し立ててきた。
「だいたい! 誰のせいで横浜なんぞまで通ってると思ってるんですの!? なんであんな高性能な結界を2カ所も張ってるんですかーー!」
「いや、真誠に呪詛なんてかかってたから念の為……」
「念の為で出来る所業ですか、アレがぁ!!」
あくまで交渉がしたくて呼んだだけなのだが。
晴明の思いとは裏腹に、ライバル家の嫡女はまるで毛を逆立てた野良猫だ。
「ちゅうか!! あんたがそないに肩入れして防御を張ってるちゅうことこそ、葛原院家の正妻が後ろめたいものを抱えてる証拠やなしに!?」
感情が昂ぶりすぎたのか、彼女は京都弁全開である。
小さくため息をついて、晴明は返す。
「それは、穿った見方をし過ぎなんじゃないか?」
「黙ったらええのに!」
ピシャリと叩きつけられる言葉。とりつく島もないまま、彼女は一枚の呪符を懐から取り出した。
「そうで、あんたは葛原院の正妻のことだって知ってるんやろう? やったら、今この場で自白の呪詛で聞き出したる!」
そんな宣戦布告と共に、彼女の隣に降り立つ巨大な猫又。そして、背後に控えるのは土蜘蛛だ。
流石は、妖怪使役と呪詛に長けた蘆屋家の後継者。彼女だからこそ、あの真誠をあれほど追い詰めることができた。
だが晴明はため息をつくと、一段声のトーンを落として問うた。
「……本気か?」
「……!」
そっと、彼の背後に青龍と玄武が並び立つ。その神威を、彼女だって感じ取ったようだ。
表情に影が見え、妖怪達も姿勢を低くした。
その様子に、晴明は背後の式神2人へ目配せをする。
彼らが威嚇を止めたのを確認して、天才と言われる陰陽師は口を開いた。
「なぁ。この件から手を引いてくれねぇか?」
「……は?」
ようやく、彼女へ声をかけた本題を切り出せた。
冷たい反応を受け流し、晴明は続ける。
「真誠の野郎がわざわざ、陰陽師の立ち会いで、なんて提案しやがったのは、アンタからと思われる呪詛を警戒したからだ。つまり、アンタが大人しく家で籠ってる……または、俺たちが仲良く茶でもしばいてるって約束すりゃあ、あんな面倒くさい場に居合わせなくていいんだからよぉ」
五摂家の一角である近衛家の本邸で行われる、葛原院家と天乃原家の当主会談。
真誠の提案のせいで、晴明までそこに同席せねばならないのだ。
悪友の警戒心は、分かる。悪霊や呪詛の対処に回る身としては、普段からそのくらい警戒してほしいくらいだ。ただでさえ、彼は悪い霊など余りにも引き寄せやすい。
だが、それとこれとは話が別だ。
蘆屋の娘さえ動かなければ、近衛家で陰陽師が控える必要もない。
何が嬉しくて、国のトップに近い権力者の屋敷まで行って、自分には直接関係ないゴタゴタの立ち会いなぞせねばいけないのか。
切実に願うその思いゆえに、こうして蘆屋家の少女に直接交渉を持ち掛けている。
……のだが、しかし。
「手を引く……? ふざけるのも、大概にしてくださいまし」
「……!?」
空気が冷えるほどの、冷たい声。ザワザワと立ち伸ぼる妖気と、憤怒の気配。
こちらを睨みつける少女の赤い瞳が、晴明を射抜いた。
「お姉様を蔑ろにした男を、放っておけと……? そんなこと、出来るわけないでしょう」
それは、鳥肌が立つほどの強い言霊。
「当日、私はお姉様のために同席致します。あの野郎が不義理を貫くようならば、すぐにでも自白させてやりますわ。お姉様を傷つけたことを、後悔するほどに」
彼女の宣言と同時に、晴明自身の髪で視界が遮られるほどの強風が巻き起こる。
彼がようやく髪をはらった頃には、蘆屋家の少女らは姿を消していた。
〈……交渉は決裂してしまったな、晴明〉
青龍が囁く。その言葉に、安倍家の嫡男は深いため息をついた。
「……全くだ」
姿を見せ始めた宵の明星を見上げる。
これだから、女性を敵に回したくはないのだ。
感情の起伏の荒さと、本気で怒った時の手のつけられなさは計り知れない。
ことの元凶である幼馴染を思う。初恋を貫いた彼のことは尊敬するが、面倒ごとに巻き込むのは止めて欲しかった。



