百合を乗せた馬車が、紅葉に彩られた道を進んでいく。彼女の手元にあるのは、半年ぶりに届いた真誠からの手紙だった。
だがそれは、彼の親友である安倍家のご嫡男に百合が宛てた手紙への返事として、真誠から綴られたもの。つまり彼自身はもう、百合と文を交わすつもりはないのだろう。
百合の父が、貴族院の帝国議会で東京に来るのに合わせて、婚姻の件を説明するという。
父と直接調整をしているから、手出し不要とのことだった。
(それほど……わたくしに動いてほしくない、ということね)
無意識に、胸元の百合の花に触れる。窓の向こうで揺れている木々の葉のように、人の思いの移ろいも目に分かるものならば。
「色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける……」
人の心を、移ろいゆく花に例えた小野小町。彼の気持ちが、よくわかるというものだ。
一枚の紅葉がひらりと舞った時、馬車は停車する。そして御者が、扉を開けた。
「お嬢様、到着いたしました」
「ありがとう」
彼の言葉に従い、礼をして馬車を降りる百合。
目の前に広がるのは、豪華絢爛な日本屋敷。門からも見える庭園は、秋ならではの彩りに満ちている。
表札に記された名前は、「近衛」。
つまりここは、この国の権力者の中でもトップ層に君臨する五摂家の一角だ。
家督を継いだばかりだった幼い真誠を、天乃原家に紹介したお方。
百合にとっては、頼りになって博識なお爺様だ。
「百合様、お待ちしておりました」
近衛家の執事に迎えられ、百合は屋敷の中へと足を進める。
決して、真誠に有利な場で話を進めさせやしない。
彼女の瞳に宿るのは、富士よりも高いプライドだった。
◇
「はぁ……」
横浜のお屋敷にて、真誠は盛大なため息を漏らしてしまっていた。
彼の膝枕で体を休める妻。彼女の手が旦那の着物を離すことは殆どない。
一方、目の前の机には近衛家当主からと天乃原家当主、それぞれから届いた手紙。
天乃原家当主に婚姻の件の説明を。調整中だったその日付と場所を、明確に決定させて通知してきたものだった。
立ち会う近衛家の都合と言われれば、文句など言えはしない。
そもそも、この件にわざわざ近衛家まで引っ張ってきたのは百合の策略だった。
(一本取られたな……)
真誠は、そう認めざるを得なかった。
近衛家といえば、先代からの付き合いだ。葛原院家の裏家業もご存じであり、彼の依頼でこちらが動くことだってある。
家督を継いで足を失った頃に、最も支えてくれた格上の家柄。食えないジジイで、真誠にとっては祖父も同然だ。
「どうするの?真誠」
声をかけてきた司が、そっと日本茶とお団子を差し出してくる。ありがたく甘味に手を伸ばしながら、真誠は右腕に告げた。
「ペンと便箋を持ってきてくれ。すぐに返事を書く」
こし餡の乗った団子を頬張る。あずきと砂糖の甘さに舌鼓を打つのと、紙とペンが視界に映るのはほぼ同時だった。
「そう言うと思ったから」
見上げれば、温かく笑う司の顔があった。親代わりであり、教育係であり、腹心の部下。その頼もしさたるや。
「……ありがとう」
礼を言い、串に刺さった2つ目の団子も口の中へ。
そして真誠は、団子からペンに持ち替えた。
まずは近衛家。そして天乃原家へ。記す内容はどちらも大方同じだ。
丁寧な文章での日付の承諾。それから、双方の家が懇意にしている陰陽師の立ち会いを提案するもの。
近衛家の護衛や、両家共々の潔白の証明のためだ。何より、呪詛を既に受けた真誠にとって、当然の警戒だった。
だがそれは、彼の親友である安倍家のご嫡男に百合が宛てた手紙への返事として、真誠から綴られたもの。つまり彼自身はもう、百合と文を交わすつもりはないのだろう。
百合の父が、貴族院の帝国議会で東京に来るのに合わせて、婚姻の件を説明するという。
父と直接調整をしているから、手出し不要とのことだった。
(それほど……わたくしに動いてほしくない、ということね)
無意識に、胸元の百合の花に触れる。窓の向こうで揺れている木々の葉のように、人の思いの移ろいも目に分かるものならば。
「色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける……」
人の心を、移ろいゆく花に例えた小野小町。彼の気持ちが、よくわかるというものだ。
一枚の紅葉がひらりと舞った時、馬車は停車する。そして御者が、扉を開けた。
「お嬢様、到着いたしました」
「ありがとう」
彼の言葉に従い、礼をして馬車を降りる百合。
目の前に広がるのは、豪華絢爛な日本屋敷。門からも見える庭園は、秋ならではの彩りに満ちている。
表札に記された名前は、「近衛」。
つまりここは、この国の権力者の中でもトップ層に君臨する五摂家の一角だ。
家督を継いだばかりだった幼い真誠を、天乃原家に紹介したお方。
百合にとっては、頼りになって博識なお爺様だ。
「百合様、お待ちしておりました」
近衛家の執事に迎えられ、百合は屋敷の中へと足を進める。
決して、真誠に有利な場で話を進めさせやしない。
彼女の瞳に宿るのは、富士よりも高いプライドだった。
◇
「はぁ……」
横浜のお屋敷にて、真誠は盛大なため息を漏らしてしまっていた。
彼の膝枕で体を休める妻。彼女の手が旦那の着物を離すことは殆どない。
一方、目の前の机には近衛家当主からと天乃原家当主、それぞれから届いた手紙。
天乃原家当主に婚姻の件の説明を。調整中だったその日付と場所を、明確に決定させて通知してきたものだった。
立ち会う近衛家の都合と言われれば、文句など言えはしない。
そもそも、この件にわざわざ近衛家まで引っ張ってきたのは百合の策略だった。
(一本取られたな……)
真誠は、そう認めざるを得なかった。
近衛家といえば、先代からの付き合いだ。葛原院家の裏家業もご存じであり、彼の依頼でこちらが動くことだってある。
家督を継いで足を失った頃に、最も支えてくれた格上の家柄。食えないジジイで、真誠にとっては祖父も同然だ。
「どうするの?真誠」
声をかけてきた司が、そっと日本茶とお団子を差し出してくる。ありがたく甘味に手を伸ばしながら、真誠は右腕に告げた。
「ペンと便箋を持ってきてくれ。すぐに返事を書く」
こし餡の乗った団子を頬張る。あずきと砂糖の甘さに舌鼓を打つのと、紙とペンが視界に映るのはほぼ同時だった。
「そう言うと思ったから」
見上げれば、温かく笑う司の顔があった。親代わりであり、教育係であり、腹心の部下。その頼もしさたるや。
「……ありがとう」
礼を言い、串に刺さった2つ目の団子も口の中へ。
そして真誠は、団子からペンに持ち替えた。
まずは近衛家。そして天乃原家へ。記す内容はどちらも大方同じだ。
丁寧な文章での日付の承諾。それから、双方の家が懇意にしている陰陽師の立ち会いを提案するもの。
近衛家の護衛や、両家共々の潔白の証明のためだ。何より、呪詛を既に受けた真誠にとって、当然の警戒だった。



