龍と悪女の運命の契り

***

「着いたぞ」

玲一の声にハッと顔を上げ、窓の外を見る。

私の知っている景色はなく、代わりにあったのは、私の家よりも数倍大きい洋館だった。

「ここが、玲一の家?」

「そうだ。物凄い宮殿のような家を想像していたなら、すまなかったな」

「その逆よ。私の家と同じくらいの大きさだと思っていたわ。…結構素敵な家なのではなくて?」

フッと玲一に微笑む。

すると、玲一は一瞬驚いたような顔をし、私と同じようにフッと微笑んだ。

「悪女に褒められるとは、思っていなかった。……まぁ、俺は藍子が悪女だとも思っていなかったがな」

「へぇ、どうして?」

「悪女が人の病を治すなんて、そんな情けをかけるとは思わないからだ」

「…そう」

…今のところ、好きになれるかどうかは分からないけれど、仲良くはなれそうな雰囲気ね。

玲一は扉の取手に手をかけたものの、一向に開ける気配がない。

「どうかして?」

私が尋ねると、急に玲一がこちらを振り向き、私の肩を掴んで少し後ろに下がらせた。

「すまない、少しだけ下がっててもらえないか」

「?…ええ」

玲一がバッと勢いよく扉を開ける。

その瞬間ーー。

ばしゃー!

私の上に、いきなり水が降ってき、上から下まで全身が一瞬でびしょ濡れになった。

……は?

今何が起こったの?

顔の水を手で払ってから前を見ると、玲一がぽかーんと口を開け、信じられないとでも言うような顔をしていた。

ちょっと、信じられないのはこっちよ!

「…玲一、これは一体どういうこーー」

「っしゃあ〜!引っかかった!」

急に扉の向こうから元気な声が聞こえてきた。

見るとガッツポーズをしている男の子がこちらに向かって歩いてきていた。

歳は……十五、六くらいかしら?

男の子は、こちらを見てケラケラ笑っている。

「いや〜兄ちゃんはいつまで経っても、俺のイタズラに引っかからない上に、逆に俺が返り討ちにされてるから、流石に諦めようと思ったけど…ついにこの日が来たぜ、ひゃっほ〜!お、お…」

ぴょんぴょん飛び跳ねていた男の子だが、私と目が合った瞬間、ぴたっと固まった。

みるみる内に顔は青ざめていき、ガタガタと震えながらも、口を開いた。

「ま、まさか…お、俺のイタズラに引っ掛かったのは、…兄ちゃんじゃなくて、兄ちゃんの、花嫁…?」

「ええ、その通りよ。…私は、あなたの事許——」

「ごめんなさーーい‼︎」

先ほどまでの笑顔はどこへ行ったのやら、今度は急に大泣きし始めた。

さらに玲一に涙と鼻水まみれの顔を擦り付け、すがり付いた。

「おい、玲斗!」

「どうしよう、兄ちゃん、俺やっちゃったよ〜」

「だからやめろと言ったのに…」

玲一ははあ、とため息をつく。

「なあ、藍子。本当に申し訳ないんだが、玲斗を——」

「許すわ」

「「え?」」

玲一と玲斗が揃ってポカンと口を開ける。

「あなた、玲斗、で合ってるかしら?」

玲斗の肩が、ビクッと跳ね上がる。

「は、はい!」

「人の話は最後まで聞きなさい。さっき私は、あなたの事を許すと言おうとしたのよ」

「え…そ、それホントか?」

「ええ、本当よ。京極家の侍女どもが用意した服なんて、早く脱ぎたいと思っていたところだし。それに、服なんてすぐに乾くでしょう?」

私が言い終わると同時に、玲斗の目は大きく見開かれ、輝きが増す。

ゆっくりと玲一から離れると、私に向かってひざまずいた。

「お姉様、あの——」

「姉ちゃんで良いわよ」

「え?」

「まあ、何でもいいわ。玲斗が呼びやすい名にしたら?それと、私はさっきのふざけた態度の方が好きよ」

私はフッと微笑む。

玲斗は立ち上がり、すっと手を出してきた。

私と目が合い、ニカっと笑った。

「姉ちゃん許してくれてありがとう!あ、あとごめんなさい。んじゃ改めて、俺、玲斗ってんだ。今日からよろしくな!」

「ええ、こちらこそ」

私は玲斗の手をとり、握手を交わした。