水鏡の夫婦の契約結婚

 縁談の話から約二カ月後。
 伯爵家は吉日を選び、大安に婚礼を執り行うこととなった。

「良いお日柄ですこと……」

 午後の青空が、朱塗りの鳥居に反射している。

「まぁ、あの方は貴族院議員を引退された――様では?」
「――先生も来ていますわ。確か、彼は医学界を牽引する医師ではなくて?」

 湿り気を含んだ風は、社殿にかかる紙垂(しで)を揺らした。

「ご来賓の皆様、これより両家の婚礼を執り行います。ご参席ください」

 社殿の扉が重い音を立てて、ギイ……と開く。
 玉砂利を踏む音が響き渡った。



「入ります」

 新婦の控え室に迎え入れられると、白無垢姿の小夜がいた。光が当たると、紋様がかすかに浮かび上がる。

「……清崇様」

 紅をさした小さな唇。丸い瞳が久世を見上げる。

「て、天々も呼びましょうか」
 
 ふたりきりが気まずい小夜が手を叩くと天々が現れる。小夜の肩に飛び乗った。
 
「き、清崇様。紋付袴姿がよくお似合いですね」
 
 小夜はニッコリと微笑む。その満月のような笑顔に、久世の目は見開かれた。

「……あ、あぁ。はい」

 ――玉藻前(たまもまえ)というあやかしは傾国の美人だったそうだ。
 狐は、多くは美人に化けて男を幻惑するあやかし。昔話では、狐が男の元に来て共寝(ともね)をするから「()()」と呼ばれたとか。
 帝国大に用があった折、すれ違った国文学の先生を呼び止めて聞いた日のことを、ふと思い出した。

「どうかされましたか……?」
「い、いや! 何でもない」

 久世は文字通り、狐につままれたような心地になった。



 両家の一族が左右に顔を合わせ、新郎新婦は祭殿の前に立つ。
 三献(さんこん)の儀。
 巫女がお神酒(みき)をそそぐ。その盃に口を当てながら、小夜は新郎の横顔を見た。口の中に酒の苦味がいっぱいに広がる。

(……お互いの生き方を尊重するための契約結婚は、良かったけれど)

 久世の眼鏡の奥の瞳は、平時と変わらない。

(なんて真反対なのかしら……私達)

『俺は――異能やあやかし……迷信の類は、信じない』

 最後に言われた言葉が、あれからくりかえし再生される。

(一番、重要なところがズレてしまっているわ)

 飲み干した酒杯に、再び酒がそそがれる。
 久世は淡々と儀式を進める。小夜もそれに合わせた。

(……この契約結婚、お互いの生き方を本当に認め合えるのかしら?)

 金の盃には、小夜の静かな顔が映し出されている。

(……長くは持たないかもしれない)

 西洋合理主義の新興のエリート医師。
 あやかしの母を持つ、異能華族の伯爵令嬢。
 そんなふたりの目がふと合った。