ガラスケースに並ぶ食品見本。
ライスカレー、オムライス、カツレツ、ビフテキ……。
全て、女学校時代に小耳にはさんでいた西洋料理だ。
小夜はガラスケースを食い入るように見ていた。
「さ、席に行こうか」
絨毯に西洋の丸テーブル、椅子が並ぶ。
華やかな意匠のカーテンがかかり、六階の窓外には帝都の街並みが遠くまで見えた。
オーケストラの実演奏。
家族や恋人同士が食事を囲み、笑い合っている。
「俺はビフテキにしよう」
「私は、このオムライスにしてみます! あ、でもライスカレーも気になります」
小夜の百面相に、久世は笑みを漏らした。
「伯爵家では、やはり和食が?」
「はい! 異国の料理はダメだって。お父様は頭の固い人でしたから」
お上りさんのようにキョロキョロあたりを見回す小夜に、久世は声を立てて笑った。
「ハハ! ならまた来ればいいさ。百貨店など、いくらでも」
ウェイトレスが飲み物を運んでくる。珈琲とアイスクリームソーダ。
「……そ、そうでした。もう水卜家の許可は必要ないのでした」
アイスクリームソーダは、グラスの中でシュワシュワと音を立てて気泡が浮かんでいる。
その冷たいアイスクリームをすくって舌にのせるとバニラの甘味はすぐに溶けていった。
小夜は、その冷たさに破顔した。
「……あれって、あやかしの令嬢じゃない?」
「本当だわ、女狐よ」
「そういえば、結婚したって聞いたわ」
ふと、背後に視線。
見知った顔……女学校時代の同窓三人が、目をつり上げてこちらを見ている。
「噂だと有名な医師よ」
「本当?」
「確か、東京帝国大学医学部を首席で卒業した秀才なんだって」
久世のことまで巻き込んでしまっている心地になる。
(……どうしよう)
当時から、小夜の悪口を率先して言っていた令嬢三人組。
嫉妬心をむき出しにして、こちらを見てくる。
「いつも下向いてたくせに、いっちょ前に洋装なんかしちゃって」
「結婚できたからって、浮かれてるんじゃないの?」
「あの人、男に媚びるのは上手なんじゃなくて? だって、女狐だもの!」
三人は甲高い声で笑い合った。
小夜は身を縮めて、俯いてしまった。
(やめて……)
その時、三人のテーブルがダンッと音を立てて震動する。
久世が、冷酷な目で手をついていた。
「―――!」
異国語で、怒鳴った。
「え……?」
三人は、何と言われているのかわからないので、ただ口をあんぐりと開けるばかり。
「ウェイター! 席を変えてくれないか? チップは出す」
小夜は、青筋を立てる久世の顔を見上げた。
「清崇様……」
もしかして、私のために怒ってくれたの?
「あの……ありがとうございました」
窓際の席に移動し、落ち着いたふたりは景観を眺めている。
「――ここはそんな騒がしい振る舞いをする場所ではない。黙りなさい。そのはしたない態度だけで、あなた方の育ちが知れる」
「え?」
「さっき、そう独語で言ってやったさ」
久世はニヤリと笑った。
「見たか? ……あの女たちの顔!」
久世の悪童のような態度に、小夜はつられて笑ってしまった。
「でも……私のために、清崇様にそこまでしていただかなくても……」
「君を守るのも、俺の意思だ。――このご時世に、あやかしだの何だのとで、人を差別するなど本当に未開の野蛮な人間がすることだと思わないか?」
久世は腕を組んだ。
「あやかしも、異能も、俺は信じない」
「はい、わかってます」
「それに……契約結婚とはいえ、妻が悪く言われるのは、俺も黙ってはいられなかった」
小夜は「妻……」と、頬を朱に染める。
「……清崇様、ありがとうございます!」
銀鎖のついた眼鏡の奥の瞳が、あたたかい。目尻の下がった瞳が、いつになく優しく見えた。
(はじめて、出会ったわ――)
小夜はずっと異能にあやかしの血がまじっていることで、人々から拒絶されてきた。
けれど。
目の前にいる久世は、その存在自体を非科学的として否定している男だ。
(――私のことを、異能やあやかしのことを抜きに、まっすぐ見てくれる人と)
小夜の心の深いところで、パッと小さな花が咲くのを――どこかで感じていた。
ライスカレー、オムライス、カツレツ、ビフテキ……。
全て、女学校時代に小耳にはさんでいた西洋料理だ。
小夜はガラスケースを食い入るように見ていた。
「さ、席に行こうか」
絨毯に西洋の丸テーブル、椅子が並ぶ。
華やかな意匠のカーテンがかかり、六階の窓外には帝都の街並みが遠くまで見えた。
オーケストラの実演奏。
家族や恋人同士が食事を囲み、笑い合っている。
「俺はビフテキにしよう」
「私は、このオムライスにしてみます! あ、でもライスカレーも気になります」
小夜の百面相に、久世は笑みを漏らした。
「伯爵家では、やはり和食が?」
「はい! 異国の料理はダメだって。お父様は頭の固い人でしたから」
お上りさんのようにキョロキョロあたりを見回す小夜に、久世は声を立てて笑った。
「ハハ! ならまた来ればいいさ。百貨店など、いくらでも」
ウェイトレスが飲み物を運んでくる。珈琲とアイスクリームソーダ。
「……そ、そうでした。もう水卜家の許可は必要ないのでした」
アイスクリームソーダは、グラスの中でシュワシュワと音を立てて気泡が浮かんでいる。
その冷たいアイスクリームをすくって舌にのせるとバニラの甘味はすぐに溶けていった。
小夜は、その冷たさに破顔した。
「……あれって、あやかしの令嬢じゃない?」
「本当だわ、女狐よ」
「そういえば、結婚したって聞いたわ」
ふと、背後に視線。
見知った顔……女学校時代の同窓三人が、目をつり上げてこちらを見ている。
「噂だと有名な医師よ」
「本当?」
「確か、東京帝国大学医学部を首席で卒業した秀才なんだって」
久世のことまで巻き込んでしまっている心地になる。
(……どうしよう)
当時から、小夜の悪口を率先して言っていた令嬢三人組。
嫉妬心をむき出しにして、こちらを見てくる。
「いつも下向いてたくせに、いっちょ前に洋装なんかしちゃって」
「結婚できたからって、浮かれてるんじゃないの?」
「あの人、男に媚びるのは上手なんじゃなくて? だって、女狐だもの!」
三人は甲高い声で笑い合った。
小夜は身を縮めて、俯いてしまった。
(やめて……)
その時、三人のテーブルがダンッと音を立てて震動する。
久世が、冷酷な目で手をついていた。
「―――!」
異国語で、怒鳴った。
「え……?」
三人は、何と言われているのかわからないので、ただ口をあんぐりと開けるばかり。
「ウェイター! 席を変えてくれないか? チップは出す」
小夜は、青筋を立てる久世の顔を見上げた。
「清崇様……」
もしかして、私のために怒ってくれたの?
「あの……ありがとうございました」
窓際の席に移動し、落ち着いたふたりは景観を眺めている。
「――ここはそんな騒がしい振る舞いをする場所ではない。黙りなさい。そのはしたない態度だけで、あなた方の育ちが知れる」
「え?」
「さっき、そう独語で言ってやったさ」
久世はニヤリと笑った。
「見たか? ……あの女たちの顔!」
久世の悪童のような態度に、小夜はつられて笑ってしまった。
「でも……私のために、清崇様にそこまでしていただかなくても……」
「君を守るのも、俺の意思だ。――このご時世に、あやかしだの何だのとで、人を差別するなど本当に未開の野蛮な人間がすることだと思わないか?」
久世は腕を組んだ。
「あやかしも、異能も、俺は信じない」
「はい、わかってます」
「それに……契約結婚とはいえ、妻が悪く言われるのは、俺も黙ってはいられなかった」
小夜は「妻……」と、頬を朱に染める。
「……清崇様、ありがとうございます!」
銀鎖のついた眼鏡の奥の瞳が、あたたかい。目尻の下がった瞳が、いつになく優しく見えた。
(はじめて、出会ったわ――)
小夜はずっと異能にあやかしの血がまじっていることで、人々から拒絶されてきた。
けれど。
目の前にいる久世は、その存在自体を非科学的として否定している男だ。
(――私のことを、異能やあやかしのことを抜きに、まっすぐ見てくれる人と)
小夜の心の深いところで、パッと小さな花が咲くのを――どこかで感じていた。
