水鏡の夫婦の契約結婚

「あやかしの令嬢と結婚――? 馬鹿げている」

 そう言って、医師は眼鏡を外した。銀鎖(ぎんさ)のついた眼鏡が白衣の胸元で小さく揺れる。

久世(くぜ)先生、僕にそう言われましても……」

 久世は書状を乱暴に机へ放った。

「相手って、あの水卜(みうら)伯爵家ですか?」
「そうだ。異能を持つ伯爵家の三女だ。巷で『あやかしの令嬢』と呼ばれていると聞いた」

 書生が困ったように苦笑いした。

「高山! 笑いごとじゃない」

 久世は高山を睨む。

「すみません、久世先生……」
「――俺は、この国の“異能”とか“あやかし”の類を信じていない」

 久世は書棚に並ぶ医学書へ目を向けた。

「文明開化した時代に、まだそんな話にすがれというのか」
「久世先生、少しお休みになってください。お茶を淹れてまいりますから」
「高山、医師を志すお前ならわかるな?」

 高山は肩をすくめる。

「は、はい。まあ……僕らには縁のない話ですよ」
「……そうだ。科学だけが人を救える」
「せ、先生。僕はお茶を用意してまいりますから――!」

 一人きりになった診察室は、しんと静まり返った。

「政略結婚なんて、ごめんだ」

 久世はため息をつく。

「……俺は“自由”恋愛で結婚するのが夢だった。異能やあやかしなんて一生信じるものか」