比翼連理の翼を得て

 私は自分の体温や脈を気にしながらも、呪い関連の本は鶴丸くんに任せ、私は幻想種に冠する本を引っこ抜いては読み耽っていた。
 幻想種である姑獲鳥は、鳴き声が赤ちゃんのようなことから、産女とも呼ばれる妖怪として知られ、その鳴き声を上げて子のない家に侵入し、子供を抱いてくれと懇願するが、その願いが受理されないと、高熱や悪寒を発動させて死に至らしめる。でも子供を抱くという単眼を受理すれば呪いは発動しないとされている。
 最初はそれを気にしたから体温や脈を気にしていたものの、相変わらず私は熱もなければ脈も正常のままで、特に病気にはなっていない。
 だとしたら、多分姑獲鳥の逸話はこれは違う。私はそう思いながら、別の記述を読む。

「……夜間に啼く怪鳥……」

 これは最初に読んだ姑獲鳥の記述と同じだけれど、少し内容が異なっている。
 それは毛を被れば怪鳥になる一方、毛を脱げば女性になるっていう逸話になっていた。
 なんかそんなのあったなあ……妖精でも、動物の皮を被って動物のふりをしているけれど、皮を脱いだら妖精の本性が見えるというのがいたような気がする。
 私はそう思いながら姑獲鳥の記述を読んでいたら、こちらにも呪いの記述が見つかった。
 姑獲鳥は子供に個室する妖怪として知られているけれど、こちらにも呪いの記述があった。子供を見つけると、血で印を付けられるという。印を付けられた子には、無辜疳(むこかん)という病気になるという。

「……あれ、病気にされた子がどうなったのか書いてない」

 子供が死んだら、子供の魂を奪って自分の子にする妖怪なのかと思ったけど、それも記述が書いてないな。
 私が困った顔で何度も何度も記述を読み返すけれど、ぶつ切りになっていて肝心な記述がわからない。
 どうしよう……多分この記述に、解呪方法が書いてあると思うんだけど。
 私が頭を抱えている中、鶴丸くんがひょいひょいと呪いの本を並べてくれた。

「こちらは国の呪術師に関する記述。昔は典薬寮の管轄だったそうですけど、やがて陰陽寮の陰陽師に役割がまとめられたそうですね。こちらは民間の呪いに関する供述書ですね。こちらは呪いか否かの問答集で……」
「そっか、ありがとう。ところで鶴丸くんに聞くけど」
「はい?」
「じわじわと病気にする訳じゃない呪いって、どんなときにかける呪いだと思う!?」

 さすがに、柘榴と番になった途端、柘榴の友達によくわからない試験と称して呪われたなんて本当のことを言ったら、多分カンニング扱いされるよなあ。これだったら、試験前の山当てくらいで勘弁してくれないかな。
 私がそう尋ねると、鶴丸くんは分厚いメガネがレンズの重さでずり落ちないように抑えながら、「そうですねえ」と返してくれた。

「呪いの場合はいくつかの意図があると思います。大昔からの使い道でしたら、相手を呪殺するためのものですから、相手に呪いだと気付かれる訳にはいきませんから、じわじわといたぶって、助けを求める間もなく夜に全てを終わらせていたでしょうが」
「わかんない。呪殺の方向は今は考えてない」
「そうですか、だとしたら、罰ゲーム……相手に恥をかかせるためのもの、試験……その呪いがなんの呪いなのか特定して、それを解呪する術を見つけさせるもの、でしょうか。どちらも学年が上がった魔道士でしたら習うものだと思いますけど」
「それかもしれない……でも、なんの呪いかわからないとしたら、解呪する方法も難しくない?」
「そうですか? むしろ呪殺じゃないとわかったら、ほとんどは楽に解呪できるかと思いますけど」
「えっ!? そうなの!?」

 思わず声を上げる。そして私は必死に鶴丸くんに手を合わせる。

「お願いっ、教えて?」
「ええ、ですからこれ。普通に座学のときにも習ったかと思いますけど」

 そう言って鶴丸くんが言い出したことに、私は思わず「グギャッ!!」と悲鳴を上げた。

「呪いはキスをすれば大概は解呪されますよ。番ならば互いの魔力に対して責任のある立場ですし、十中八九解呪されます。澄子さんも番がいますから頼んでみてはよろしいのでは」

****

 校舎から見える時計塔は、既に三時を刻んでいる。
 多分幻想種だったら三時のおやつの時間でお茶でも飲んでいるんじゃないかと思うけど。私は必死に柘榴を捜し回っていた。
 いくら柘榴に対して過保護だからって、渡真利くんも柘榴を校内から出すような真似はしないと思う。最初に私は職員室に向かい「私の番申請どうなっていますか!?」と学年主任に確認を取った。

「まさか君が幻想種と番うとは思っていなかったけれど……しかもかの鳳家の嫡男と。ちゃんと足を引っ張らぬよう無事に卒業して……」
「先生、私、その鳳くんとこれからの授業の打ち合わせしないといけないんです! 鳳くんがどこに向かったかご存じですか!?」

 話が長い! うるさい!
 説教したくてしたくて仕方ない人の話を、何度も軌道修正しながら聞き出したのは、概ねこうだった。

「彼は次のい組の委員長だからね、委員会議に出かけたよ」
「……幻想種だらけの、ですか?」
「そうだね。そもそも幻想種は……」

 だから、話を飛躍すな!
 私は何度も何度もどうにか軌道修正し、幻想種の委員会議の場所を聞き出して、走りはじめた。
 他のクラスであったのなら、と組であったとしても校舎で行われるのだけれど。
 貴族に当たる幻想種ともなったら、委員会はすなわち家代表の社交場であり、メイドやら執事やらに給仕をさせるお茶会となる。
 いくらなんでも、番とはいえども私が乱入して……キスを迫るって、痴女かなにかと誤解されないか?
 私はそう思いながら、幻想種の住む寮の位置まで走って行った。
 たしかそこに幻想種用の多目的ホールがあって、そこで委員会議をするんだと。
 私がそう思いながら、だんだんといい匂いが漂ってくるのに気付いた。
 お茶会だもんな、お菓子だってたくさん用意しているんだろう。バターの匂い、チョコレートの匂い、紅茶の匂いにミルクの匂い……、
 私がその匂いを嗅いで走っている中。

「澄子!?」

 そこでやっと探していた柘榴の声を聞き、私は心底ほっとした。

「……柘榴。やっと見つけた」

 委員会議に出るせいか、今日はいつも来ている白ランではなく、黒いスーツを着ていた。クリーニング代の心配のない人は、クリーニングに出さないとどうにもならない服とか平気で着られるんだなあと思いながらも、柘榴は私の方に心配して寄ってきた。

「どうした、なにかまたあったか?」
「ううん……ちょっとあんたの顔が見たくってね……」

 でも。どうしよう。
 呪いを解きたいからキスをしろなんて言っても、それは渡真利くんの試験に反する気がする。そもそも、そんなこと言い出したら、いくら私に求婚してきた立場の柘榴だって、千年の恋も冷めるわ……千年もしてない!
 私はさんざん考え込んでいたら、柘榴のほうから私に視線を合わせてきた。

「澄子……お前また誰かになにかされたか?」
「……っ!」

 そうだ……今の私と柘榴は番契約している。今の私は魔力を自在にコントロールできないから魔力の流れで柘榴のことを理解することはできないけど、生まれた頃から魔力の制御を行ってきた柘榴だったら、魔力の流れから私の不備に気付いてしまうのか。
 柘榴は「額見るぞ」と言ってから額と額を擦り合わせるのに、私は思わず「ひいっ」と悲鳴を上げる。そして柘榴は「ふむ……」と考え込む。

「おい澄子」
「……な、なによ」
「お前、キスしたことあるか?」
「ひっ、ひいっ……!」

 なんで真顔で聞くの。
 私は体温がだんだん火照っていくのを覚えていた……これ呪いのせいじゃないんだよね? 脈もだんだん速くなってきた気がするけど、これ呪いのせいなのか、柘榴のせいかのかわからないんですけど!
 私は必死で言い募る。

「恋愛なんかしてる暇なかった! 成り上がるには勉強するしかなかったから! そんなの暇がある人がするもんでしょ!?」
「そうか、そうか……」

 柘榴はそう言うと、私の顎を掴んだ。そのまま唇を重ねられる。
 途端に体に熱が回ってくるのが伝わる。そして気付けば、体からなにかが抜け落ちるのに気付いた。
 顎から手を離した柘榴は、私のほうをじっと見下ろした。

「うん、呪いは抜けたな?」
「……私、初めてだったんですけど!?」
「おう、奇遇だな、俺もだ」
「奇遇だなって……そんなに簡単に即決できるものなの!?」
「あまりにしょうもない呪いだったからどうしようかと思ったが、澄子が俺を頼ってきてくれた以上は、それが一番速いと思ってな」

 なんというか。求婚ってなんでそんなに簡単にできるのかわからなかったけれど。私を助けるために簡単にファーストキスも終わらせるのかと思ったら、なんだかふわふわとしたものを感じた。
 でも……私ではわからなかったけれど、柘榴には呪いの正体がわかったんだよなあ。

「あのう……それで、私にかけられた呪いってなんだったの?」
「うん? 感情が表に出やすくなる程度の呪いだな。今日は澄子がいろいろと素直で嬉しかったぞ」
「……それかあ」

 なんなんだよ、渡真利くんは。これ結局、なにがしたかったんだよ。
 私はどっと体温が上がるのを感じていたら、「パチパチパチパチ」と拍手の音が響いてきた。

「あーあーあーあー……柘榴くんファーストキスおめでとう」
「……渡真利?」
「渡真利くん……」

 白ラン姿の渡真利くんが、そりゃもうにこやかな顔で近付いてきたのだ。

「まあ、呪いをどう解くのかって興味あったけど、まさか柘榴くん探しに行っても、助けてのひと言もなかったとは思わんかってんなあ」

 そうニコニコしながら言うのに、柘榴はぶすくれた顔をした。

「おい渡真利。まさか澄子に呪いをかけたのは……」
「僕やけど?」

 途端に柘榴が羽を広げた。真っ赤な炎に火の粉を撒き散らす様は、おぞましくも美しい。
 って、私は慌てて柘榴に追いすがる。

「やめて! 渡真利くんはあんたのこと心配して、番になった私のことテストしていただけで……!」
「渡真利、いくらお前でも、俺様の番に手を出すことは許さん。やっていいことと悪いことがあるだろう!?」

 柘榴が怒れば怒るほど、渡真利くんは心底嬉しそうに笑う。
 ……ここまで柘榴に威嚇されてもなお笑っていられるのがわからない。そもそもこのふたりは友達同士って聞いているのに、どうしてこうなったの。

「知ってるよぉ。わかってる。柘榴くん真っ直ぐなんやもん。でも、幻想種同士の争いで、僕なんかは絡め手しか使われんし。僕は最弱や。でもなあ、世の中僕みたいなもんだけちゃうねんなあ」

 そう言いながら渡真利くんは、糸目をすっと開けた。
 ブラックホールのような真っ黒な目に微笑みを絶やさない様は、さっき見たときはおそろしかったはずなのに、今はそこまで怖くはないのは何故なのか。

「僕はチュートリアルで使ってくれたらそれでええねん。自分、まだ幻想種に狙われるやろうしなあ」