新学期。心機一転、と組で頑張ろう。
山の中にある座敷牢では、学校がはじまると慌ただしい。
「急いで洗濯物回して! 干したらすぐ登校しないと間に合わない!」
「誰!? こんなに脱水に時間かかるタオル洗ってるのは!」
「食べてない子いる!? もう食堂洗うよ! 洗っちゃうからね!」
他の寮だったら寮母さんたちがいるから、ある程度の家事は寮母さんに任せられるのに対して、座敷牢ではほぼ全員自分たちでやらないといけない。
特に洗濯物は、急いで洗って物干し台で干さないことには、登校時間にも差し支えるから、洗濯機の順番は死活問題だった。
朝食当番だった私は、呆気に取られて朝の戦場のような洗濯機前を見ていた。
「……洗濯しそびれた」
「春先は一日二日くらいだったら問題ないよ。夏は、ね……」
真智ちゃんは黄昏れた顔をしていた。座敷牢には乾燥機なんて便利なものある訳はない。洗濯物を過不足なく乾燥させる魔法は結構高度なため、魔道士にでもならない限りそんな生活魔法をしっかり覚えることなんて無理だ。
でも森の中だと物干し台の広さにも限度があり、洗濯しそびれるとまあ、いろいろと大変なのである。
「それはそうと。澄子ちゃん鳳くんと契約したの?」
真智ちゃんにそう咎めるように言われ、私は頷いた。
「する気はなかったんだけどねえ……根負けしたというか」
「意思が弱い! それは弱過ぎるよ! そんなんだから幻想種に足下見られちゃうんだよ」
「そこまで言わなくっても……」
「でもいくらなんでも澄子ちゃん意思弱過ぎだってば」
「そうかなあ……」
真智ちゃんにプリプリと責め立てられるものの、私は真智ちゃんほど柘榴を糾弾する気にはなれなかった。
いい奴だなあと思ったからだ。
もちろん求婚自体は困る。そんなお金もない、魔力もない、どこの誰だかわからない私を求婚したら、鳳さん家も困ってしまうだろうし。
でも柘榴自身はそこまで嫌いになりきれなかったんだよなあ……。
私たちの言い合いを「まあまあまあまあ」とつばめちゃんが取りなした。この子は早朝から起きて、掃除当番と洗濯を一気に終わらせた家事のプロフェッショナルだ。あやかりたい。
「今日から新学期だし、番がいないことには実践授業受けられないんだから、向こうから申し込んでくれたんだったら渡りに船だったと思うよ?」
「もう、つばめちゃんってばすぐそう言うから! 幻想種なんて一般庶民を使い捨てにしか思ってないんだから、少しは澄子ちゃんのこと心配したげてよ」
「うーん。私ももし、鳳くんが澄子ちゃん以外どうでもいいって扱いするんだったら反対したけど、それだけだったら座敷牢でも澄子ちゃんと真智ちゃんの相部屋と食堂だけ直せばよかっただけだよね? 座敷牢全部の雨漏り直してくれるよう手配してくれたんだったら、そこまで悪い人には思えなかったんだよね」
「もーう! つばめちゃんってば!」
真智ちゃんはなおもプリプリ怒っていたものの、そろそろタイムリミット。今から下山しないことには、始業式に間に合わない。
私たちは家事の残りもそこそこに、戸締まりを済ますと座敷牢を飛び出したのだ。
****
連理学園の始業式は基本的に体育館で行われるけれど。体育館に私たちが到着すると、いきなり私のほうに視線が集まった。
「ちょっと……あのニワトリでしょう? 鳳様と番契約したってのは……」
「いったいなにしたのさ、ニワトリなのに」
「鳳様が優しいからって、可哀想ぶった結果絆されたとしか……」
「なにそれ、最悪。そもそも番解消したからって、はい次って……」
女子たちの嫉妬オーラに、私は口の中で「うへえ」と呟く。
予想していたとは言えど、予想よりも若干えげつない話が混ざっている気がする。そして私のほうを見ている嫉妬の眼差しと一緒に、男子から好奇の視線を投げかけられる。
「わざわざ求婚するほどの相手か? ニワトリじゃん」
「俺はちょっと可愛いとは思うけど、肉付きそこまでよくないしなあ」
「生意気そうなのは調教すりゃいいじゃん」
なんだとぉ、こらぁ。人が孤児で身元不確かなのをいいことに好き勝手言いたい放題かあ。私が怒りでプルプル震えていたら、「澄子」と声をかけられた。
つい最近までしょっちゅう聞いていたはずの九郎の声だった。九郎は心配そうにこちらを見ていた。
「……大丈夫か? その……次の番決まったって噂で聞いたけど」
「なんでもう噂になってるんだろうね。私、座敷牢の子たちにしか言ってないのに」
「幻想種はそれだけ注目されてるし、あの人たちその……俺たちだと全然考えが及ばないぶっ飛んだところあるから……ごめんな。俺が言える義理じゃないのに」
正直なあ。九郎に番解消されたものの、私は九郎を恨む気持ちはこれっぽっちもなかった。むしろ幻想種みたいにひとりでなんでもかんでもできる訳でもないのに、ギリギリまでニワトリの私を支えてくれたんだから、感謝しかしてない。
それどころか、一般庶民の女子過半数を敵に回している私にわざわざ声をかけて、そっちの方が九郎大丈夫かなと思ってしまう。
「いや、私は本当に気にしてないから、その辺で。それに九郎の方こそ、もう番決まってる私にのこのこ声をかけて大丈夫? 次の番が女の子だったら嫉妬とかしない?」
「それは大丈夫。相手男だし、入学式で契約済ませてきたばっかりだし」
「なるほど」
後輩の中でも、魔力が中途半端過ぎてどの子と番契約しても問題ありそうな子は、先輩と契約して魔力の制御法を学んでから、次の番を探すというのは往々にしてある。九郎はニワトリの面倒を見ていたところを見込まれて、訳あり後輩の世話を任されたってところだろう。相変わらず九郎は、お人好しな上に面倒見がいいな。
私はしんみりしつつも、ますます女子の視線が凍てつく冬の冷たさに似てきたことを思う。
「なにアイツ。既に解消している番にまでちょっかいかけて」
「鳳様だけでなく月谷くんにまで粉かけるなんて何様のつもり?」
「あいつ金がないからって金持ちにばっかりモーションかけてさあ」
あーあーあーあーあーあーあーあー。
お金ないのは本当だけど、粉なんてかけてない。番契約申し込まれただけ。それで粉かけてるとかモーションかけてるとか言われても知らない知らない。
私は怒りたいのをぐっと堪えていたら。
「ありゃりゃ。自分かあ」
いきなり知らない人に声をかけられ、私は目を瞬かせる。九郎も若干驚いた顔でそちらに視線を移した。
糸目に白いショートカットの男子だった……そして、制服は白ラン。
幻想種じゃん。柘榴のクラスメイト……だよね?
私が思わず身構えてたら、九郎の方が私を背に庇う。
「なんですか? 俺はただ、友達を心配して声かけていただけで、幻想種と遣り合うつもりは」
「わきまえとる子は嫌いちゃうよ? んで、自分かあ、柘榴くんの番は」
「……柘榴くんって」
「うん、僕、柘榴くんとは小さい頃からの友達やねん。マブ」
今時そんな言い方するんだなあ。私が変な感心をしている中、九郎はなおも警戒してその柘榴の友達らしき男子を睨み付けていた。
「……それで、鳳は?」
「起こしてんけどなあ、寝坊しとるわ、多分もうちょっとしたら飛んでくるんちゃうのん?」
「なにやってるの、あいつは……」
私が思わずぼやいている中、その糸目は、ふと目をパチンと開けた。目はハイライトもなにもない真っ黒だった。
「うん、自分偉いもんやなあ。大丈夫なん? 柘榴くんの番全うできそう?」
「……私は、わきまえてるつもりです。柘榴に迷惑かけない。学校生活終わったら番も解消するし、あいつの人生に影響与えるつもりはないです」
「……うーん、やっぱりわかっとらんかあ。柘榴くんもわかってないみたいやったけど、まだあっちは力でなんとかなるやろ。でも問題は自分や」
彼は真っ黒なブラックホールめいた目で私を見下ろした。
「このまんま行ったら、自分偉い目に遭うてこの学校退学やで?」
「……っ!」
「おい、なんてこと言うんだよ」
九郎が慌てて私と彼の間に割って入るものの、柘榴の友達はとことん冷たい。
「なんや、番を守りきれんで手放した奴が入るとこちゃうわ。いね」
「…………っ!」
「ちょっと! 仕方ないじゃない。私が魔力なくなっちゃったんだから、九郎はなんにも悪くないじゃない!」
「魔力がなくなったなあ……まあ、ええわ」
彼はずいっと私の顎を掴んで、そして耳打ちした。
「幻想種と渡り歩けるよう、テストしたるわ。始業式終わってから、うちに来いや。他のんに……ましてや柘榴くんに言うのはあかんで?」
「……どうしてそこまでするの。あんたも私と柘榴の番関係には無関係のはず」
「だってぇ、柘榴くんは友達やもん。むやみやたらと突っ走って痛い目見て欲しないし」
彼の言い方はどこまで言っても捉えどころがなく、本音なのか冗談なのかは私では判断できなかった。
そんな中、タイミングよくバサッと羽ばたきの音が響いた。
「よっしゃあ、間に合った!!」
「おお、柘榴くん。おはよう」
先程までの真っ黒な目は引っ込み、元の糸目に戻ってしまった。柘榴は不思議そうな顔をして、私に九郎、そして自称柘榴の友達を見ていた。
「おう? 渡真利、澄子になんか用か?」
……マジか。あれだけ怪しかったのに、本当に柘榴の友達だったんか。
しかし渡真利、渡真利……なんかたしか、柘榴が上げてた名前にいたな。ああ、そうだ。私に番契約申し込んだときに、ちゃんと口説くように言っていた人の名前だったような。
マジか。あれだけ怪しいのに、言っていることは本当だったのか。
つまりは……柘榴を心配しているから、私個人をテストしたいっていうのも本当なのか。
周りはざわついていた。
「なにあの女。鳳様だけでなく、姑獲様にまで媚びを売るなんて!」
「しかも番解消したのに未だに月谷くんに面倒見てもらうなんて、なんて厚かましい」
だから知らないんだってば。本当になんにも。
柘榴は本気でわからない顔をしたあと、「お前ら鬱陶しい。俺様たちの番とお前らとなんも関係ねえだろ」と一蹴したら、途端に視線も声も散らばってしまった。
本当にどうなってるの……。
姑獲くんは手をパチパチする。
「なら、そろそろ先生も来るし、列戻ろか。じゃあな、澄子ちゃんも」
「……もう名前呼びなの、姑獲くん」
「僕のことは渡真利でええよ?」
なんで幻想種は名字で呼ばれるの嫌がるのかな!? 私は「それじゃあ」と手を振った。
九郎はなおも心配していた。
「なあ、まずいことになってるんだったら、俺に言っても……」
「さすがにもう、クラスも違うし番も解消しているのに九郎には頼れないよ。そういうのは、番になった後輩くんにしてあげて。ねっ?」
九郎は本当になにか言い足そうなことをしたけれど、結局は自分の列に戻っていった。
一部始終を見ていた座敷牢メンバーは、口を開けていた。
「はあ……まさか鳳くんだけでなく姑獲くんまで見られるだなんて。これで両翼が見られたらよかったのに」
「鶴丸くん鶴丸くん、幻想種を間近で見られたからって、そんなにガン見しないで。失礼、失礼だからね」
「でもなかなか観察許可降りませんし。本当に合同授業や行事でなかったら近くに寄ることもできませんし」
「でも……なんか澄子ちゃんに言ってたけど大丈夫なのかな?」
「そうだね、変なことにならないといいけど」
ごめんねえ、なっちゃったあ。なんて。
当然ながら言える訳もなかった。
山の中にある座敷牢では、学校がはじまると慌ただしい。
「急いで洗濯物回して! 干したらすぐ登校しないと間に合わない!」
「誰!? こんなに脱水に時間かかるタオル洗ってるのは!」
「食べてない子いる!? もう食堂洗うよ! 洗っちゃうからね!」
他の寮だったら寮母さんたちがいるから、ある程度の家事は寮母さんに任せられるのに対して、座敷牢ではほぼ全員自分たちでやらないといけない。
特に洗濯物は、急いで洗って物干し台で干さないことには、登校時間にも差し支えるから、洗濯機の順番は死活問題だった。
朝食当番だった私は、呆気に取られて朝の戦場のような洗濯機前を見ていた。
「……洗濯しそびれた」
「春先は一日二日くらいだったら問題ないよ。夏は、ね……」
真智ちゃんは黄昏れた顔をしていた。座敷牢には乾燥機なんて便利なものある訳はない。洗濯物を過不足なく乾燥させる魔法は結構高度なため、魔道士にでもならない限りそんな生活魔法をしっかり覚えることなんて無理だ。
でも森の中だと物干し台の広さにも限度があり、洗濯しそびれるとまあ、いろいろと大変なのである。
「それはそうと。澄子ちゃん鳳くんと契約したの?」
真智ちゃんにそう咎めるように言われ、私は頷いた。
「する気はなかったんだけどねえ……根負けしたというか」
「意思が弱い! それは弱過ぎるよ! そんなんだから幻想種に足下見られちゃうんだよ」
「そこまで言わなくっても……」
「でもいくらなんでも澄子ちゃん意思弱過ぎだってば」
「そうかなあ……」
真智ちゃんにプリプリと責め立てられるものの、私は真智ちゃんほど柘榴を糾弾する気にはなれなかった。
いい奴だなあと思ったからだ。
もちろん求婚自体は困る。そんなお金もない、魔力もない、どこの誰だかわからない私を求婚したら、鳳さん家も困ってしまうだろうし。
でも柘榴自身はそこまで嫌いになりきれなかったんだよなあ……。
私たちの言い合いを「まあまあまあまあ」とつばめちゃんが取りなした。この子は早朝から起きて、掃除当番と洗濯を一気に終わらせた家事のプロフェッショナルだ。あやかりたい。
「今日から新学期だし、番がいないことには実践授業受けられないんだから、向こうから申し込んでくれたんだったら渡りに船だったと思うよ?」
「もう、つばめちゃんってばすぐそう言うから! 幻想種なんて一般庶民を使い捨てにしか思ってないんだから、少しは澄子ちゃんのこと心配したげてよ」
「うーん。私ももし、鳳くんが澄子ちゃん以外どうでもいいって扱いするんだったら反対したけど、それだけだったら座敷牢でも澄子ちゃんと真智ちゃんの相部屋と食堂だけ直せばよかっただけだよね? 座敷牢全部の雨漏り直してくれるよう手配してくれたんだったら、そこまで悪い人には思えなかったんだよね」
「もーう! つばめちゃんってば!」
真智ちゃんはなおもプリプリ怒っていたものの、そろそろタイムリミット。今から下山しないことには、始業式に間に合わない。
私たちは家事の残りもそこそこに、戸締まりを済ますと座敷牢を飛び出したのだ。
****
連理学園の始業式は基本的に体育館で行われるけれど。体育館に私たちが到着すると、いきなり私のほうに視線が集まった。
「ちょっと……あのニワトリでしょう? 鳳様と番契約したってのは……」
「いったいなにしたのさ、ニワトリなのに」
「鳳様が優しいからって、可哀想ぶった結果絆されたとしか……」
「なにそれ、最悪。そもそも番解消したからって、はい次って……」
女子たちの嫉妬オーラに、私は口の中で「うへえ」と呟く。
予想していたとは言えど、予想よりも若干えげつない話が混ざっている気がする。そして私のほうを見ている嫉妬の眼差しと一緒に、男子から好奇の視線を投げかけられる。
「わざわざ求婚するほどの相手か? ニワトリじゃん」
「俺はちょっと可愛いとは思うけど、肉付きそこまでよくないしなあ」
「生意気そうなのは調教すりゃいいじゃん」
なんだとぉ、こらぁ。人が孤児で身元不確かなのをいいことに好き勝手言いたい放題かあ。私が怒りでプルプル震えていたら、「澄子」と声をかけられた。
つい最近までしょっちゅう聞いていたはずの九郎の声だった。九郎は心配そうにこちらを見ていた。
「……大丈夫か? その……次の番決まったって噂で聞いたけど」
「なんでもう噂になってるんだろうね。私、座敷牢の子たちにしか言ってないのに」
「幻想種はそれだけ注目されてるし、あの人たちその……俺たちだと全然考えが及ばないぶっ飛んだところあるから……ごめんな。俺が言える義理じゃないのに」
正直なあ。九郎に番解消されたものの、私は九郎を恨む気持ちはこれっぽっちもなかった。むしろ幻想種みたいにひとりでなんでもかんでもできる訳でもないのに、ギリギリまでニワトリの私を支えてくれたんだから、感謝しかしてない。
それどころか、一般庶民の女子過半数を敵に回している私にわざわざ声をかけて、そっちの方が九郎大丈夫かなと思ってしまう。
「いや、私は本当に気にしてないから、その辺で。それに九郎の方こそ、もう番決まってる私にのこのこ声をかけて大丈夫? 次の番が女の子だったら嫉妬とかしない?」
「それは大丈夫。相手男だし、入学式で契約済ませてきたばっかりだし」
「なるほど」
後輩の中でも、魔力が中途半端過ぎてどの子と番契約しても問題ありそうな子は、先輩と契約して魔力の制御法を学んでから、次の番を探すというのは往々にしてある。九郎はニワトリの面倒を見ていたところを見込まれて、訳あり後輩の世話を任されたってところだろう。相変わらず九郎は、お人好しな上に面倒見がいいな。
私はしんみりしつつも、ますます女子の視線が凍てつく冬の冷たさに似てきたことを思う。
「なにアイツ。既に解消している番にまでちょっかいかけて」
「鳳様だけでなく月谷くんにまで粉かけるなんて何様のつもり?」
「あいつ金がないからって金持ちにばっかりモーションかけてさあ」
あーあーあーあーあーあーあーあー。
お金ないのは本当だけど、粉なんてかけてない。番契約申し込まれただけ。それで粉かけてるとかモーションかけてるとか言われても知らない知らない。
私は怒りたいのをぐっと堪えていたら。
「ありゃりゃ。自分かあ」
いきなり知らない人に声をかけられ、私は目を瞬かせる。九郎も若干驚いた顔でそちらに視線を移した。
糸目に白いショートカットの男子だった……そして、制服は白ラン。
幻想種じゃん。柘榴のクラスメイト……だよね?
私が思わず身構えてたら、九郎の方が私を背に庇う。
「なんですか? 俺はただ、友達を心配して声かけていただけで、幻想種と遣り合うつもりは」
「わきまえとる子は嫌いちゃうよ? んで、自分かあ、柘榴くんの番は」
「……柘榴くんって」
「うん、僕、柘榴くんとは小さい頃からの友達やねん。マブ」
今時そんな言い方するんだなあ。私が変な感心をしている中、九郎はなおも警戒してその柘榴の友達らしき男子を睨み付けていた。
「……それで、鳳は?」
「起こしてんけどなあ、寝坊しとるわ、多分もうちょっとしたら飛んでくるんちゃうのん?」
「なにやってるの、あいつは……」
私が思わずぼやいている中、その糸目は、ふと目をパチンと開けた。目はハイライトもなにもない真っ黒だった。
「うん、自分偉いもんやなあ。大丈夫なん? 柘榴くんの番全うできそう?」
「……私は、わきまえてるつもりです。柘榴に迷惑かけない。学校生活終わったら番も解消するし、あいつの人生に影響与えるつもりはないです」
「……うーん、やっぱりわかっとらんかあ。柘榴くんもわかってないみたいやったけど、まだあっちは力でなんとかなるやろ。でも問題は自分や」
彼は真っ黒なブラックホールめいた目で私を見下ろした。
「このまんま行ったら、自分偉い目に遭うてこの学校退学やで?」
「……っ!」
「おい、なんてこと言うんだよ」
九郎が慌てて私と彼の間に割って入るものの、柘榴の友達はとことん冷たい。
「なんや、番を守りきれんで手放した奴が入るとこちゃうわ。いね」
「…………っ!」
「ちょっと! 仕方ないじゃない。私が魔力なくなっちゃったんだから、九郎はなんにも悪くないじゃない!」
「魔力がなくなったなあ……まあ、ええわ」
彼はずいっと私の顎を掴んで、そして耳打ちした。
「幻想種と渡り歩けるよう、テストしたるわ。始業式終わってから、うちに来いや。他のんに……ましてや柘榴くんに言うのはあかんで?」
「……どうしてそこまでするの。あんたも私と柘榴の番関係には無関係のはず」
「だってぇ、柘榴くんは友達やもん。むやみやたらと突っ走って痛い目見て欲しないし」
彼の言い方はどこまで言っても捉えどころがなく、本音なのか冗談なのかは私では判断できなかった。
そんな中、タイミングよくバサッと羽ばたきの音が響いた。
「よっしゃあ、間に合った!!」
「おお、柘榴くん。おはよう」
先程までの真っ黒な目は引っ込み、元の糸目に戻ってしまった。柘榴は不思議そうな顔をして、私に九郎、そして自称柘榴の友達を見ていた。
「おう? 渡真利、澄子になんか用か?」
……マジか。あれだけ怪しかったのに、本当に柘榴の友達だったんか。
しかし渡真利、渡真利……なんかたしか、柘榴が上げてた名前にいたな。ああ、そうだ。私に番契約申し込んだときに、ちゃんと口説くように言っていた人の名前だったような。
マジか。あれだけ怪しいのに、言っていることは本当だったのか。
つまりは……柘榴を心配しているから、私個人をテストしたいっていうのも本当なのか。
周りはざわついていた。
「なにあの女。鳳様だけでなく、姑獲様にまで媚びを売るなんて!」
「しかも番解消したのに未だに月谷くんに面倒見てもらうなんて、なんて厚かましい」
だから知らないんだってば。本当になんにも。
柘榴は本気でわからない顔をしたあと、「お前ら鬱陶しい。俺様たちの番とお前らとなんも関係ねえだろ」と一蹴したら、途端に視線も声も散らばってしまった。
本当にどうなってるの……。
姑獲くんは手をパチパチする。
「なら、そろそろ先生も来るし、列戻ろか。じゃあな、澄子ちゃんも」
「……もう名前呼びなの、姑獲くん」
「僕のことは渡真利でええよ?」
なんで幻想種は名字で呼ばれるの嫌がるのかな!? 私は「それじゃあ」と手を振った。
九郎はなおも心配していた。
「なあ、まずいことになってるんだったら、俺に言っても……」
「さすがにもう、クラスも違うし番も解消しているのに九郎には頼れないよ。そういうのは、番になった後輩くんにしてあげて。ねっ?」
九郎は本当になにか言い足そうなことをしたけれど、結局は自分の列に戻っていった。
一部始終を見ていた座敷牢メンバーは、口を開けていた。
「はあ……まさか鳳くんだけでなく姑獲くんまで見られるだなんて。これで両翼が見られたらよかったのに」
「鶴丸くん鶴丸くん、幻想種を間近で見られたからって、そんなにガン見しないで。失礼、失礼だからね」
「でもなかなか観察許可降りませんし。本当に合同授業や行事でなかったら近くに寄ることもできませんし」
「でも……なんか澄子ちゃんに言ってたけど大丈夫なのかな?」
「そうだね、変なことにならないといいけど」
ごめんねえ、なっちゃったあ。なんて。
当然ながら言える訳もなかった。



