比翼連理の翼を得て

 あと一週間で新学期がはじまってしまう。
 結局私は、柘榴と話をしようと思ったものの、さすがに何度も何度も座敷牢に迷惑をかける訳にはいかず、幻想種の寮へと向かうことになった。
 座敷牢のある山を降り、校舎を突っ切って幻想種の寮に向かおうとして、早速後悔した。

「……ここまで階層が違うと、もう笑うしかないじゃない」

 元々いた山下寮(やましたりょう)は、可もなく不可もなく、座敷牢のように細かい当番で回さないといけないこともなければ、旧時代的な薪でかまどや風呂を沸かすようなことをしないというものだったけれど。
 幻想種の住んでいるとされる寮は、ひとりひとつの建物が与えられていたのだ。完全にプライベートが守られていて、ときどき寮から使用人が出てきているから、おそらくは実家から連れてきた人たちだろうと口をポカンと開けてしまう。
 柘榴のいるのは……たしか……。

「ん? 澄子? こんなところにどうした?」
「あ……」

 寮のひとつから出てきたのは柘榴だった。寮にいたせいか私服だったけれど、ラフなシャツにデニムというシンプルな出で立ちなものの、どう考えてもいい布地を使っているシャツに、どう見てもビンテージ物のデニムで「これが金持ちか……私服すら金持ちか……」と日頃量販店の薄い服を後生大事に着回し続け、毛羽立とうが手玉ができようが着続けている私とは本当に住む世界が違うなとギリッとしてしまう。
 柘榴はわかってない顔をしているので、私は先に「そうだ……屋根」と思い立つ。

「座敷牢に人呼んでくれてありがとう。すっごく助かった。座敷牢、ボロッボロだったのに全体的に見違えちゃってさ」
「おお、そりゃよかった。住みよいほうがいいだろうからな」
「でも……私のせいで魔法修繕師の人の順番勝手に替えてよかったの? ほら……魔法修繕師の仕事なんて、数年待ちとかざらだし」
「うん? そうなのか? ありゃうちの爺やだが」
「うん……?」

 私はひっくり返りそうになった。
 あんなすっごく腕のいい人が柘榴のとこの爺やさんだなんて聞いてないけど!? なに、これ私がなんかのアピールされてるの? こんな腕利き何人でも雇ってるんだから、番になれば特典が的な。
 私が頭を抱えている中、何故か柘榴がぶすくれてしまった。

「爺やの修繕魔法がすごいから、あそこの構造は一度見に行ったからわかると思って直そうと思ったんだけど、爺やに駄目出し食らいまくったんだよ。そして俺様が座敷牢の修繕したいって言ったら、目を剝いて怒られたんだよな。あんな歴史も由緒もある寮を坊ちゃまの下手っくそな修繕魔法なんか使ったら滅茶苦茶になるから駄目だって。俺様だってあれくらいできるって何度言っても『雨の日に困ってらっしゃる方々を路頭に迷わせる気ですか、いけません』の一点張りでさ! だから……俺様は納得いってないが、澄子が喜んでるんだったらそれでいい」

 柘榴の言い方に、私はただただ口を開けていた。
 待って。本当に私に喜んでほしいの一点だけで、勝手に座敷牢の図書館から連なる構造を分析して、そこから修繕魔法かけようとしてたってこと? そしてその構造解析自体はできていたものの、修繕魔法のかけ方が甘いからって、爺やさんがわざわざ来てくれたって……そういうこと?
 私はおずおずと口にした。

「……あんたがなにを考えているのかよくわからないけど」
「おう?」
「私、あんたにそこまでされるほどの人間じゃないよ? そもそも私はついこの間あんたに会ったばかりで、あんたが私のことをどう気に入ったのかさえわからないし……なんでそこまで気にかけてくれるの……」

 柘榴は私の言葉を聞いて、まじまじと私を見下ろしていた。

「少し前の世では、番を申し込むのは通いで許可を取ってからと聞いていたが」
「それいったいいつの時代の話よ? 本当に大昔の話じゃないの?」
「それはさておき、俺様からしてみれば、澄子は根性のある女だと見込んだから、番に申し込もうと思っただけだが?」
「そもそも私のいったいどこに根性を見いだしたのかな!?」

 私、普通のことしかしてない。
 奨学金もらっている以上、成績を一定まで落とす訳にはいかないから、図書館の閉館時間までずっと使って座学の勉強してるとか。実技の際は九郎と一緒に放課後残って特訓して、なんとか実技で満点もらえるようにしてたとか。
 そうしないと奨学金もらえなくなるかもしれないし、この学校退学させられたら私には後がないんだから、やるしかないじゃない。
 貴族にはそれが根性あるように見えても、私としてはあまり嬉しくない。
 でも柘榴は淡々と言った。

「お前からしてみれば、頑張るのは当たり前だと思うかもしれんが、俺様からしてみればそれは当たり前とは言わん。世の中には、貴族の地位に甘んじている愚か者なんていくらでもいる。それこそ幻想種と呼ばれようが両翼と呼ばれようが、頑張るのは一般庶民の役割で、なにもしないでさせるほうが美徳と考える人間なんて、ざらにいる。澄子、お前はあちこちで見かけたから、自然と目で追っていた」
「……自然とって」
「お前は目の前のことに集中し過ぎていて、なにも見ていなかったかもしれんがな。俺様、そこまで存在感がなかったかと逆に驚くくらいに、目の前のことしか見ていなかった。体育館、グラウンド、図書館、温室。そこで懸命に駆け回っている姿を見て、それを貧乏人と罵るのは魔法のことを知らない者だけだ。知る者からしてみれば、その得がたい能力を、その根性のある姿勢を欲するに決まっているだろう」
「……ガツガツしているって言わないの? 頑張り過ぎて見苦しいとか……」
「くどい。それを見苦しいという愚か者は俺様の前に呼べ。澄子と同じことが一から十までできるか見届けてやるから」
「……っ」

 駄目だ。私は観念するしかなかった。
 柘榴は貴族とか幻想種とかそんなの関係ない。ただただいい奴なんだ。私の苦労を労ってくれたのは、柘榴以外だったら九郎くらいしかいなかったし、その九郎も私の魔力がなくなってしまってから、離れてしまった。

「……私、その。求婚とか言われても困るけど」
「別に番契約するにしても、結婚自体は学校卒業までは待つぞ? 俺様だって、澄子が嫌がることはしない」
「……っ、番契約まででいい? いきなり結婚とか言われても困るし、そもそも鳳さん家だって、どこの誰かもわからない女があんたの婚約者としてやってきても困るだろうし……」
「だからくどい。俺様がお前を選んだんだ。もっと喜べ」

 完敗だ。私は頭を下げた。

「……よろしくお願いします」
「そうか、なら番契約するか。連理の枝は持っているのか?」
「うん」

 連理の枝は、番契約のときに必要なものだ。
 本来、両翼であり生まれたときから魔力制御ができる幻想種には必要がないものなんだけれど。
 柘榴は連理の枝の端を持った。私ももう片方から端を持つ。
 番契約は、この校内においてのみ有効であり、他の場所ではルールが異なるけれど。連理学園での番契約は概ねこのようなものだ。

「互いの力を補うこと」
「互いの能力を高め合うこと」
「共に学び」
「共に嘆き」
「全ての困難に打ち勝つこと」

「ここに、契約は成される」

 連理の枝に触れると、力が流れてくるのがわかる。今の私は、魔力がないけれど、たしかに柘榴の魔力が流れ込んでくるのがわかった。
 一方、連理の枝を持っている柘榴はいぶかしげに顔を顰めた。

「澄子」
「……ごめん。上手く契約できなかった? 私のほうはあんたの魔力が流れ込んできたけれど、あんたは私の魔力流れないはずだし……」
「いや、これで俺様の方にもお前の気配は流れ込んできた。これで契約は完了したはずだ。あとで教師に届け出出すぞ」
「そういえば。私、と組に落とされたけど、あんたはい組だよね? 授業に不具合ない?」
「い組の場合は、ほとんどの実践授業は免除されているから問題ない。と組の実践授業のときだけ呼べばいい」
「そっか、ありがとう」

 私がそうお礼を言ったとき「澄子」と柘榴に呼ばれた。

「えっ、なに……」

 いきなり腕を伸ばされたと思ったら、そのまま抱き付かれた。
 って、ええええええ……。

「ちょっと待ってちょっと待って。番になるところまでは了承したけど、ハグとかチュウとか、そういう恋人同士みたいなことまでは許可した覚えがありませんっ! やめて、本当にやめてってば……!」
「……すまん」
「もう! 離して」
「俺が早く見つけてやらずに」

 うん? なんか会話が噛み合ってない?
 私が意味のわからないまま、柘榴を見上げたら、柘榴はツンツンとした赤紙を少しだけへしゃげていた。

「……必ずお前を守り抜くと誓おう」
「大袈裟だよ。そもそも天涯孤独の孤児をわざわざ殺してまえって人、そこまでいないから」
「……番契約する場所だけは、もう少し選べばよかったな」
「だから大袈裟だってば。どうせ学内だけなんだから、ムード高めるために中庭のバラ園とか、噴水の前とか、そういうのはいいから」

 このとき。私は柘榴が本当に珍しくしおらしい意味がわからなかった。
 今思っても、あいつは私のことを本気で心配してくれたんだろう。でも。私は柘榴と契約した途端、明らかに世界が変わってしまうとは、この時点ではまだ、知らなかったんだ。

****

「番契約? 誰とですか」
「それが……」
「……先を越されましたか。いくらなんでも早過ぎる。でも契約したということは、もう気付かれてしまったのですね?」
「おそらくは」
「……許さない。あれは私のものです」

「もう! ちゃんと時と場所を決めようと思ってたのに!」
「まさか先を越されるだなんて思ってなかった!」
「もうちょっと……本当にもうちょっとだったのに」
「絶対に、許さないんだから……!」

「あーあーあーあー……ホンマに番契約したんか……」
「まあひと目惚れなんてそんなもんやろ、一途やし、いつかはそうなるやろうとは思っとったけど、まあ……いくらなんでも早過ぎやろ」
「いや、早いってこともあらへんか」
「あんまりややこいことにならんとええなあ? 柘榴くんも」

 どうして魔力の高い貴族は幻想種と呼ばれているのか。
 彼等は生まれながらにして、世界の規格外。だからこそ、ありとあらゆる権限を与える代わりに、ありとあらゆる責務を与えることで、世界に封印されなければならない。
 彼等はその気になったら、赤子の手を捻るよりもあっさりと、世界を滅ぼしてしまうのだから。
 それはただ優秀な魔道士では辿り着けない高みに存在している。
 それはただ賢く優れた学者では成すことのできない結果を生み出し続けている。
 彼等には、一般庶民の言うところの常識は一切通用しない。
 常識を壊すありとあらゆる奇跡を、その身に体現しているのだから。
 だからこそ、幻想種のいる区画で番契約をすれば、魔力の流れで事態をだいたい把握されてしまう。

 激動の新学期がはじまろうとしていた。