図書館の外は怖くて窓すら開けられていない。
ただ座敷牢の壁は明らかにミチミチと音を立てているし、外からはヒューヒューと熱の篭もった風の巻き上がる音、よくわからんピカピカとした音など、激しい決闘の音が聞こえている。
座敷牢の子たちが全員萎縮しきっている中、「大丈夫?」とつばめちゃんに聞かれた。私は窓の向こうを見るべきかどうか迷い、結局は窓辺に寄ることすらできなかった。
私のせいで起こった決闘なのに、私が万が一高藤くんに捕まったら、柘榴の配慮が無駄になる。人質に鳴るわけにはいかないから、近付くことすらできなかった。
「……柘榴に勝ってほしいって思ってるよ」
「そっか。鳳くん、多分勝てるとは思うけど」
「どうなんだろう。高藤くん強いみたいだし、私も彼にかけられた幻術は助けを呼ばなかったらどうにもできなかったし」
「そっか」
「柘榴はね、私のことやけに褒めるんだ。私はそんな上等な人間じゃないよってどれだけ言っても聞かないんだ。変だよね?」
それに対して、つばめちゃんはなにも言わなかった。
私をいい人間だって言うけれど、私は明日を生きるのに精一杯で、未来を考える余裕なんてなかった。柘榴がいて、少しだけ未来を見つめることができるようになったんだ。
「変だって思うけどね、嬉しいんだ。柘榴に褒められるのが。なんでかな」
「多分ね、澄子ちゃん。それってすごく簡単な話だと思う。番とかそういうの関係なく」
「なに?」
「好きって、多分。相手に対して劣等感や自分はそんなじゃないって自己否定しながらでも、相手の言葉だけはどうにか信じたいって思う気持ちだと思う。相手のことをただ肯定するのって、結構勝手なんだよ。それが違った場合、『そっちが勝手に言ってきただけだから』って、簡単に掌返しできちゃうから。自己否定は苦しいけど、相手の言葉を全部受け入れることができなかったら仕方ないじゃない。でも信じたいって希望と信じるって決意は、ただ受け入れるだけじゃできないと思うよ」
そうつばめちゃんに言われ、私はやっと窓の外を見ることができた。
もう私たちではなにが起こっているのかわからない。真智ちゃんは幻想種に成り立てだったせいでほとんど柘榴のワンゲームだったのに、柘榴と高藤くんの決闘は、奇跡と奇跡、台風と台風のぶつかり合いで、一般庶民では理解が及ばないんだ。
……私は幻想種らしいけれど、魔力をただ全部柘榴に垂れ流しているだけでは、なにが起こっているのか見えても理解ができない。
それを見ながら、つばめちゃんに「そうだといいなあ」と答えた。
高藤くんの羽が柘榴の手で燃やされて、やっと勝負は決した。
私は「ちょっと行ってくる」と言うと、「澄子」と声をかけられた。
だいたいの事情を全部知っていた九郎は、私のほうを見ると、大きく頭を下げてきたんだ。
「……すまん、俺はお前のこと」
「九郎、顔を上げて。私たちもう終わったんだから。あんたには雫くんいるんだから、よその番心配するよりも雫くんに気遣ってあげて」
「だが……俺は、保身のためにお前を売った。そのせいでお前の周りに幻想種がたくさん群がって、勝手に争い出したから……お前のことを無視して」
「まあ。あんたは実家が大事だったし、誰にも相談できなかったんだから、そこをいちいち責めても仕方ないじゃない。それに」
九郎からしてみれば、今も私のことは施設出身の可哀想な子だと思う。
実際に私の視界は全然狭くって、柘榴に会うまで、世の中には私が思っているよりもずっといろんな人がいるんだって知らなかったし。
どれだけ優秀だすごいんだって言われている幻想種だって、私たちとあんまり変わらないってことも理解できなかった。
「幻想種の揉め事に巻き込まれなかったら、私は柘榴に会えなかったの。それだけで、私はもう充分」
「そっか……澄子は、鳳のこと」
「ごめんね、もう行く」
私は図書館に避難していた子たちに頭を下げて、そのまま座敷牢の外にまで飛び出していった。
背後から「廊下は走らないように!」と寮長の悲鳴が聞こえたのを、「ごめんなさい!」と謝りながら。
****
「柘榴!」
私が飛び出した先では高藤くんが横たわり、勝者の柘榴がゆったりと私の隣に降り立った。
「勝ったぞ」
「そうみたいだね。お疲れ様」
「……どうして、あなたは……」
高藤くんが私になにかを言おうとしていたものの、「ありがとう」と言った。
「私、高藤くんのことを許せない。人の人生なんだと思ってるんだって。いくら施設出身だからって、誰も後ろにいないからって、やっていいことと悪いことがあるぞって思ってるから。でも、柘榴に会わせてくれたことにだけは感謝してる」
「……澄子さん、あなた。自分の気持ちを操られているとは?」
「というかねえ、強いから好きとか、優しいから好きとか、まあいろいろあるけど。柘榴は私が根性あるって、一番できて当たり前なはずの柘榴に言われたから、私は嬉しかったんだよ。あんたにされたことは私、絶対に赦さない。でも、この出会いだけは感謝しているから」
それを高藤くんは虚を突かれたような顔をして私を見つめると、ふっと顔を曇らせた。
顔が綺麗な人の哀しげな顔は罪悪感が募るけれど。でもこの人、私の不幸の元凶が過ぎて、もう目を逸らす以外にできることがなかった。
柘榴は私を抱えると、そのまま飛び立った。
「澄子。こういう告白は俺様とふたりっきりで言うものではないのか?」
「できる訳ないでしょ! そもそもああいうのは、直接脈なしってフラないと、もっと大変なことになるんだから!」
「諦めるのか? あれは」
「ストーカーになられたら私も困るなあ……って、なんであんたが顔を逸らすのよ!」
「いや……出会ったのが今でよかったと思った、それだけだ」
「うん」
私は柘榴に抱き付きながら空を飛んでいた。
八咫烏を手に入れた幻想種が全てを手に入れるとか言われているらしいけれど、正直私にはよくわからない。
弄られてしまった人生、崩れた人生設計。
でも、その中にひょいと滑り込んでくれた出会いは、案外悪くないものだと思っている。
<了>
ただ座敷牢の壁は明らかにミチミチと音を立てているし、外からはヒューヒューと熱の篭もった風の巻き上がる音、よくわからんピカピカとした音など、激しい決闘の音が聞こえている。
座敷牢の子たちが全員萎縮しきっている中、「大丈夫?」とつばめちゃんに聞かれた。私は窓の向こうを見るべきかどうか迷い、結局は窓辺に寄ることすらできなかった。
私のせいで起こった決闘なのに、私が万が一高藤くんに捕まったら、柘榴の配慮が無駄になる。人質に鳴るわけにはいかないから、近付くことすらできなかった。
「……柘榴に勝ってほしいって思ってるよ」
「そっか。鳳くん、多分勝てるとは思うけど」
「どうなんだろう。高藤くん強いみたいだし、私も彼にかけられた幻術は助けを呼ばなかったらどうにもできなかったし」
「そっか」
「柘榴はね、私のことやけに褒めるんだ。私はそんな上等な人間じゃないよってどれだけ言っても聞かないんだ。変だよね?」
それに対して、つばめちゃんはなにも言わなかった。
私をいい人間だって言うけれど、私は明日を生きるのに精一杯で、未来を考える余裕なんてなかった。柘榴がいて、少しだけ未来を見つめることができるようになったんだ。
「変だって思うけどね、嬉しいんだ。柘榴に褒められるのが。なんでかな」
「多分ね、澄子ちゃん。それってすごく簡単な話だと思う。番とかそういうの関係なく」
「なに?」
「好きって、多分。相手に対して劣等感や自分はそんなじゃないって自己否定しながらでも、相手の言葉だけはどうにか信じたいって思う気持ちだと思う。相手のことをただ肯定するのって、結構勝手なんだよ。それが違った場合、『そっちが勝手に言ってきただけだから』って、簡単に掌返しできちゃうから。自己否定は苦しいけど、相手の言葉を全部受け入れることができなかったら仕方ないじゃない。でも信じたいって希望と信じるって決意は、ただ受け入れるだけじゃできないと思うよ」
そうつばめちゃんに言われ、私はやっと窓の外を見ることができた。
もう私たちではなにが起こっているのかわからない。真智ちゃんは幻想種に成り立てだったせいでほとんど柘榴のワンゲームだったのに、柘榴と高藤くんの決闘は、奇跡と奇跡、台風と台風のぶつかり合いで、一般庶民では理解が及ばないんだ。
……私は幻想種らしいけれど、魔力をただ全部柘榴に垂れ流しているだけでは、なにが起こっているのか見えても理解ができない。
それを見ながら、つばめちゃんに「そうだといいなあ」と答えた。
高藤くんの羽が柘榴の手で燃やされて、やっと勝負は決した。
私は「ちょっと行ってくる」と言うと、「澄子」と声をかけられた。
だいたいの事情を全部知っていた九郎は、私のほうを見ると、大きく頭を下げてきたんだ。
「……すまん、俺はお前のこと」
「九郎、顔を上げて。私たちもう終わったんだから。あんたには雫くんいるんだから、よその番心配するよりも雫くんに気遣ってあげて」
「だが……俺は、保身のためにお前を売った。そのせいでお前の周りに幻想種がたくさん群がって、勝手に争い出したから……お前のことを無視して」
「まあ。あんたは実家が大事だったし、誰にも相談できなかったんだから、そこをいちいち責めても仕方ないじゃない。それに」
九郎からしてみれば、今も私のことは施設出身の可哀想な子だと思う。
実際に私の視界は全然狭くって、柘榴に会うまで、世の中には私が思っているよりもずっといろんな人がいるんだって知らなかったし。
どれだけ優秀だすごいんだって言われている幻想種だって、私たちとあんまり変わらないってことも理解できなかった。
「幻想種の揉め事に巻き込まれなかったら、私は柘榴に会えなかったの。それだけで、私はもう充分」
「そっか……澄子は、鳳のこと」
「ごめんね、もう行く」
私は図書館に避難していた子たちに頭を下げて、そのまま座敷牢の外にまで飛び出していった。
背後から「廊下は走らないように!」と寮長の悲鳴が聞こえたのを、「ごめんなさい!」と謝りながら。
****
「柘榴!」
私が飛び出した先では高藤くんが横たわり、勝者の柘榴がゆったりと私の隣に降り立った。
「勝ったぞ」
「そうみたいだね。お疲れ様」
「……どうして、あなたは……」
高藤くんが私になにかを言おうとしていたものの、「ありがとう」と言った。
「私、高藤くんのことを許せない。人の人生なんだと思ってるんだって。いくら施設出身だからって、誰も後ろにいないからって、やっていいことと悪いことがあるぞって思ってるから。でも、柘榴に会わせてくれたことにだけは感謝してる」
「……澄子さん、あなた。自分の気持ちを操られているとは?」
「というかねえ、強いから好きとか、優しいから好きとか、まあいろいろあるけど。柘榴は私が根性あるって、一番できて当たり前なはずの柘榴に言われたから、私は嬉しかったんだよ。あんたにされたことは私、絶対に赦さない。でも、この出会いだけは感謝しているから」
それを高藤くんは虚を突かれたような顔をして私を見つめると、ふっと顔を曇らせた。
顔が綺麗な人の哀しげな顔は罪悪感が募るけれど。でもこの人、私の不幸の元凶が過ぎて、もう目を逸らす以外にできることがなかった。
柘榴は私を抱えると、そのまま飛び立った。
「澄子。こういう告白は俺様とふたりっきりで言うものではないのか?」
「できる訳ないでしょ! そもそもああいうのは、直接脈なしってフラないと、もっと大変なことになるんだから!」
「諦めるのか? あれは」
「ストーカーになられたら私も困るなあ……って、なんであんたが顔を逸らすのよ!」
「いや……出会ったのが今でよかったと思った、それだけだ」
「うん」
私は柘榴に抱き付きながら空を飛んでいた。
八咫烏を手に入れた幻想種が全てを手に入れるとか言われているらしいけれど、正直私にはよくわからない。
弄られてしまった人生、崩れた人生設計。
でも、その中にひょいと滑り込んでくれた出会いは、案外悪くないものだと思っている。
<了>



