比翼連理の翼を得て

 普段そこそこ行き慣れていると思っていた図書館への足取りが、どうにも物々しい。
 帰ってきて早々の呼び出しというのがそれに拍車をかけているし。
 着いた図書館で、つばめちゃんは「鶴丸くん、呼んできたよ」と告げた。そこに座っていたメンバーを見て、私は目をパチパチとさせていた。
 目を伏せて、唇を噛みしめている九郎に、目を爛々と輝かせている雫くんだった。そしてずっとなにかを書き続けていた鶴丸くんが、やっと顔を上げた。

「お帰りなさい澄子さん。すみません。社交界でお疲れのところを呼び出してしまって」
「ううん……別に。それより、九郎と雫くんまで呼び出してどうしたの?」
「いえ。おふたりには確認のために呼び出し、責任が生じましたので、要件が終わるまではここにいたほうが安心かと。なんだかんだ言って座敷牢は迷家時代からの結界が生きていますし、鳳くんの呼んでくれた魔法修繕師さんのおかげで活性化していますから」
「結界が必要なことって、いったいなに……?」

 私の問いにすぐには答えず、鶴丸くんはつばめちゃんの方に「防音装置を」と告げる。つばめちゃんは黙って魔道具の設置をはじめた。
 ……元々防音結界が張られている図書館に更に魔道具の重ねがけってよっぽどのことじゃない。私は嫌な予感を覚えながら、一旦鶴丸くんの正面に座った。

「ずっと月谷くんは口を開いてくれませんでしたけど、やっと口を開いてくれましたからね」
「ちょっと……九郎が黙っていたことって……?」
「……すまん、澄子。俺は……」

 九郎が心底申し訳なさそうに言う中、今まで大人しくしていた雫くんが割り込んできた。

「はい。不思議だなあと思っていたんです。九郎先輩、高海先輩にあまりに未練タラタラなのに、どうして契約解消したんだろうって。したくてした訳じゃなくって、そうしないといけないって、脅迫されたみたいで」
「……はあ?」

 九郎が全然目を遭わせず、「悪い……」とだけ言う。
 それに鶴丸くんが大きく頷いた。

「はい、本来ならば月谷くんは澄子さんと卒業まできちんと番を全うするつもりだったのですが、外部からの脅迫により、解消せざるを得なかったそうです」
「待って。それ知らない。私が魔力がなくなったから、負担が重過ぎて契約解消したんじゃないの?」
「……俺は澄子を負担だと思ったことなんて、一度もない」
「魔力ないのに? ニワトリなのに?」

 九郎がまだ歯切れ悪そうに言葉を探している中、「それですけど」と鶴丸くんが言う。

「月谷くん、澄子さんとの契約に全く負担がなかったから、契約続行しても問題なかったそうです」
「魔法使えないのに? 魔力出せないのに?」
「それですけど、魔法が使えなくなったのは事実ですが、魔力が出せないというのは、ちょっと違います」
「待って。だとしたら、私が起こした事故はなんだったの?」

 ふたりでの飛行実習の際に、羽が落ちて、それ以降いくら片翼に魔力を集中させようとしても魔力が集まらない、魔法が使えない。だから魔力がなくなったと思っていたのに。私は今までのことを思い返したけれど、やっぱり納得がいかなかった。
 鶴丸くんは続ける。

「月谷くんにも確認取りましたが、澄子さんから魔力はきちんと受け取っていたと」
「……ちょっと待って。それ、知らない。私魔力が全然出せなくって魔法が使えなくなったと思っていたのに」
「澄子さんは魔力がなくなったのはありません。魔力を全て番に流し込んでいただけです」

 私は大きく目を見開いた。
 ……たしかに、魔力を全部番に譲渡してしまえば、魔力の量が増えているんだから、別に九郎にもなんの負担もないはずだけれど。でも、なんで。
 雫くんは目を爛々とさせて続ける。

「それ、完全に八咫烏の物語と同じなんですよね」
「八咫烏って……前に雫くんが言ってた、帝と八咫烏のおとぎ話?」
「はい。宴に呼ばれた鳥たちの中で、誰が一番帝にふさわしい鳥かを競う話です」

 雫くんがいきいきと語り出す中、鶴丸くんは何枚かのレポート用紙を見せてくれた。
 レポートはどうも古書を写し書きしたものらしく、内容はどれも八咫烏のものだった。

「これは僕とつばめさんで図書館でずっと幻想種に関連する本の中で気になった部分を写し取ったものです。これは貴族の日記の写し書きになりますが」
「……【八咫烏はその膨大な魔力量が原因で、家に繁栄をもたらすか、破滅を招き寄せる。結界を張って誘拐や強盗を完全に避けられるような貴族ならともかく、小金持ちでは子を守り通すこともできず、育てられないと判断した場合は魔力でくるんで施設に預ける托卵が推奨されていた】……」
「澄子さんは施設出身のようですが、預けられる前のことはなにか覚えてらっしゃることはございますか?」

 そんなこと言われてもと思う。
 私は気付けば施設にいたし、あまりに長いこといるものだから、どうしてもお姉ちゃんの役割を押しつけられることが多かった。
 施設に来た子は面倒を見る。施設の先生に甘えるのは年下の子が優先。
 世の中にはもっと駄目な感じの施設も多い中、私が連理学園に合格できる程度の勉強ができたのは、裏切り者と攻撃してくる子たちだけでなく、理解がある施設の先生がいたからだ。 でも……托卵って。真智ちゃんもご家族が亡くなったから真相はわからないみたいだけど、托卵でもなかったら一般人の中で幻想種は生まれない。
 しばらく考えたものの、やっぱりなにも思い出すことができず、頭を振ることしかできなかった。

「ごめん。やっぱりなにも思い出せない」
「そうですか……そして本題ですが」

 鶴丸くんは私の混乱をわかってかわからずか、言葉を淡々と続ける。

「月谷くんの実家を盾に脅迫をしたのは、幻想種です」
「……あ」
「幻想種は、八咫烏の持つ莫大な魔力を狙っているのは間違いないでしょう。魔力が強いというのは、それだけで貴族の中で強さを誇示できますから。そして澄子さんの羽化を促したのは、澄子さんに起こった事件と思って間違いないです。ですが、契約を解消しない限りは、八咫烏の魔力は全て番に流れるために、幻想種であったとしても八咫烏に手を出すことはできません。判断できませんから」
「……だとしたら」
「羽化させた犯人が、月谷くんの実家を脅迫した幻想種です」

 その言葉に、吐き気を覚えた。
 なんで私がただ生きているだけで、勝手に人を巻き込んで不幸に陥れているんだ。

「九郎、ごめん」
「いやむしろ。お前になんの説明もせずに解消してごめん。澄子がこれ以上あっちこっちに狙われることを考えたら、怖かったのに」
「それで鶴丸くん。九郎を脅迫したのは誰? その人が原因で九郎は脅迫された訳で……そんな人、絶対に私が柘榴と再契約したからって諦める訳ないじゃん」

 私の問いに、鶴丸くんは本当に珍しく困惑したように目を揺らした。そして助けを求めるように、隣にいるつばめちゃんに視線を寄越した。
 つばめちゃんは既に九郎から聞いていたのか、珍しく目を吊り上げる。

「もう、危ないよって鳳くんだって警告してくれたでしょう? 調べるだけ調べて、周りの人たちを混乱させたら駄目だよ」
「……すみません。僕の番が手厳しくて」
「それは当たり前なことだと思うけど。それで、誰?」
「……高藤くん、だそうです」

 それに私はゾワッ……と肌が粟立ったのを覚えた。ポツンポツンと鳥肌が立つのは、あの柔和な言動に反して、強硬的なオーラを纏った危険な人……。
 私には優しかった割に、柘榴が本当に珍しく敵意を剥き出しにした唯一の相手で……。
 あの人が、九郎を脅迫し、私の托卵を無理矢理暴いて羽化させた人?
 私は耐えかねて、ガチガチガチガチと歯を鳴らして自分自身を抱き締めた。そんな季節じゃないはずなのに、寒くて寒くて震えが止まらない。なによりもこの震えは……生理的嫌悪だ。
 私がいきなり歯を鳴らしながら震えはじめたことに、ぎょっとしてつばめちゃんが寄る。

「澄子ちゃん……もしかして既に高藤くんに会ってる?」
「……社交界で顔を合わせてきた……あの人は……怖い」
「そっか。本当に怖い人なんだね、その人は……」
「九郎、ごめん。あんな人にあんたひとりで立ち向かって……ひとりでずっと黙ってて……」
「……ごめん。本当は番のことは卒業まで全力で守らないといけなかったのに……実家の病院を人質に取られて……うちの病院が潰れたら……地元の地域医療が死ぬから……お前と実家を天秤にかけて……俺、最低だよな」
「それを最低って呼ぶ人、そんなにいないと思うよ!?」

 寒い。怖い。やだ。やだ。
 なによりも、ここで今までずっと築きはじめていた信頼が、グラつくことに、私は一番脅えていた。
 柘榴は私よりもよっぽど魔力の使い方にも知識にも長けている。私との契約前に八咫烏のことを気付いてもおかしくないのに、一度もそのことについて触れたことがなかった。
 今まで次から次へと寄ってきた幻想種のことを思い返す。
 元々渡真利くんは、魔力もなく魔法も使えない子にずっと片思いをしているし、彼はひとりでその子を助けに行くくらいには一途だ。
 真智ちゃんはそもそも羽化するまで幻想種に対する常識も知識も持っていなかった。八咫烏のことだって、おとぎ話以上のことを知っているとは思えない。
 でも。私を八咫烏だと見抜いて、さんざん策略を進めてきた高藤くんと……柘榴は?
 私にいきなり迫ってきたのも、あれこれと世話を焼いてきたのも……本当に私だったからなの? 八咫烏を手中に収めるために優しくしただけではなくて?
 たくさん助けてもらったはずなのに、たくさん優しくしてもらったはずなのに……あいつにつくってもらったレモネードの味も、一緒に踊った昨日のことも覚えているのに。どうして信じることができないの?
 気付けば私は、ガタガタ震えながら泣き出すという、訳のわからない状態に陥っていた。