比翼連理の翼を得て

 大昔、魔法学校が制定されるまでは、それこそ貴族たちの中だけで魔法が回されていたらしく、一般庶民の中でもときどき魔力の強い子が生まれても制御する方法がわからず、ときどき事故を起こしていたらしい。
 それを見かねた心ある人が、山の中の迷家(まよいが)にこっそりと学校をつくり、魔力を持つ一般庶民に魔法について教えていたという。
 それが連理学園の前身らしいけど、寄付金の関係ですっかりと貴族が三年間優雅に暮らす一方で、一般庶民が山の中の寮に突っ込まれるという理不尽なことになってしまったという。世の中世知辛い。
 それはさておき、山内寮という由緒正しい名前も、元を正せばその学校の前身の迷家だったらしいんだけど。今や通称の座敷牢のほうがしっくり来るというような有様になってしまった。

「いらっしゃい。まさか事故でいきなり魔力がなくなっちゃうなんてね」

 私の引っ越しを手伝ってくれたのは、同じ学年のつばめちゃん。青いくるくるショートヘアが可愛い子であり、私のほとんど荷物のないダンボールも半分運んでくれて、座敷牢を案内してくれた。

「ありがとう、本当に山の中でびっくりした」
「あはは、そうだよね。ここは食事は基本的に当番制で皆でつくって、共同スペースも当番制で掃除するの。お風呂とか、廊下とかもね」
「廊下はともかくお風呂もか……」
「うち、まだ薪風呂だからねえ、薪割り当番もあるんだよ」
「魔法あるのに薪割り当番まであるの!?」

 それにはつばめちゃんは困った顔をしていた。部屋着の代わりに来ているのは、中学時代のジャージらしかった。手足がぴょんぴょんと伸びてしまっている。

「私、魔法使うの本当に苦手で……入学試験もほぼ座学だけで、実践のほうはさっぱりで……だから炎魔法とかもあんまり使えないんだ……」
「まあ、今の私も似たようなもんだけど……でも、だとしたら私とおんなじで、資格目当て?」
「そうそう、うち実家が魔道具屋だから、魔道士の資格を獲ったら、店で扱える魔道具のバリエーションも増えるから入学を決めたんだあ」

 私の就職目当てと同じく、つばめちゃんはつばめちゃんで大変な理由だ。私はそう素直に関心していた。
 古び過ぎた廊下は薄くなっていて、ところどころ板で補強しているものの、下手に力を込めて踏んづけたら床が抜けそうで怖い。おまけに屋根はうっすらと森の梢が見え隠れする。虫除けにどこからか除虫菊のにおいがそこはかとなくする。
 森のせいで窓の向こうは鬱蒼と生い茂り過ぎて、自然豊かとか余裕かましている暇がない。本当になんということだ。
 私はそう思いながら、「ここが澄子ちゃんの部屋」と教えてもらった。

真智(まち)ちゃん、真智ちゃん。ルームメイトできたよぉ」
「はあい」

 ひょこんと出てきたのは、やけに可愛い部屋着の女の子だった。
 おそろしいくらいに手足が細長く、ハイネックのセーターの上にチュニックを着て、足下は細身のデニムで固めていた。
 頭は青いサイドツインで、いかにもか弱い感じだ。
 つばめちゃんとおんなじで、座学で入学したものの実践がからきしな子なのかもしれない。

「こんにちは、初めまして。伊豆(いず)真智です」
「これはご丁寧にどうも。高海澄子です」
「真智ちゃん、部屋のルールはふたりで決めてね。それじゃあ、なにかあったら呼んでね、私も普段は共同スペースか図書館にいるから」
「あれ? 座敷牢に図書館あるの?」

 思わず口が滑り、思わずダンボールで口を塞ぐ……住んでる寮を座敷牢呼ばわりされたら誰だって面白くないだろう。
 でもつばめちゃんは平然と笑う。

「うん、連理学園の前身の迷家だったときの本は、座敷牢の端っこにある図書館のほうが詳しいんだ。番の子と一緒にいつも勉強会してるの」
「へえ……そっか。と組の子だって、番いるよね……」

 言っていて、だんだんと気が萎んできてしまった。私、このままだと実践の授業全く受けられないけど、そもそもニワトリを番認定してくれるような心広い人なんてそう現れるのかと。
 私に声をかけてくれた鳳くんのことが頭に浮かぶけど……私は九郎と契約していたときのことを思い出して首を振った。
 幻想種でないけど、どちらかというとモテ期に入っている九郎との契約期間中ですら、なにかと嫌がらせされたんだ。それが幻想種と番契約してみろ、命の危険だってあるかもしれない。
 人間、嫉妬というものがどれだけおそろしいのかというのを、施設暮らしの私は嫌というほど思い知っている。
 私がたまたま魔法の素養があったのが発覚し、連理学園の推薦枠に入れてもらったとき、そりゃもう施設にいた子たちからさんざんな目にあった。
 寮暮らしで、施設でのプライバシーのカケラもない生活からお前ひとり抜け出すのかと、そりゃもう試験前に教科書破かれる、つくったノートゴミ箱に捨てられる……こちらも頭に来て、試験勉強終了間際では、参考書に書かれていた結界魔法を駆使して全員私の部屋に侵入禁止にし、荷物にも全てお守り魔法で許可なく持とうとするとアラートが発動するようにしなければならず、心底大変だったんだから。
 だから下手な嫉妬は買いたくない。嫉妬というのは本当に際限ないし、人の幸せを奪ったところで自分が幸せにならないとわからない人間が多過ぎる。

「どうしよう……」

 私のポツンと漏らした言葉に、出て行こうとしたつばめちゃんとルームメイトの真智ちゃんが顔を見合わせた。

「私、今はフリーだから……もしよかったら私と番契約してもいいよ?」

 真智ちゃんのその言葉に、少し揺れ動いた。

「うん……ちょっとだけ相談してもいい?」
「いいよ」

 こうして、私は一旦つばめちゃんに別れを告げると、真智ちゃんと一緒に部屋に入って、荷物の整理をさせてもらうことにした。
 個室はまあ、前住んでいた二段ベッドに学習机という部屋では当然なくて、もう毛羽立ち過ぎて底が抜けそうになっている畳に、座椅子と机。煎餅布団が押し入れにふたつ入っている案配だった。
 ひとまずダンボールの中身の教科書参考書ノート一式を一旦私の机に立てさせてもらい、最後に連理の枝を持ってきた。

「それで、相談って?」
「うん……ひとり先約がいて、断りたいけど、その断るタイミング選ばないと、また勝手にやっかまれそうだなあと」
「うん? やっかまれるような人が番申し込みしてきたの?」
「……鳳くんって人。どこからどう見ても幻想種だった」
「えっ!?」

 私の言葉に、真智ちゃんは口元を抑えてしまった。

「ええ? 貴族……だよね? 貴族に逆らったらまずいとかあるの?」
「ち、違うよ……! 幻想種は番制度は免除されてるって知っているよね?」
「うん、生まれたときから魔力の制御法を身につけてるから、わざわざ番をつくる必要がないんだったよね?」
「そうなんだけどね……それでも、番を申し込むっていうのはね……」

 真智ちゃんは目を白黒させながら続けた。

「求婚とおんなじことなんだよ……!」
「……うん?」

 まあ待て。
 私は番契約白紙に戻ったばかりのしがないニワトリ。魔力ない。家族もない。お金だって持ってない。

「……なに? 孤児で後ろ盾もないから、学園生活中奴隷にするのにちょうどいいとかそんなの?」
「なんでそうなるの!?」
「だって! 私に番申し込む理由がわからないし! そもそもさっき初めて会ったのに、意味がわからないよ!」

 本当に意味がわからないんだ。そんないきなり出会って早々求婚? 貴族が? 孤児を? なにか裏があるんじゃないかと勘繰るのが筋ってもんでしょ。
 それに真智ちゃんはなんとも言えない顔を浮かべた。

「まあ、困るよね。でも本当にきちんと断るなら、せめて誰か男の子連れて行ったほうがいいよ。そのほうがきっと怖くない」
「うん……そうなったら寮から誰か付き添ってもらって断りに行くよ」

 でもなあ。私、そもそも鳳くんの寮どこか知らないんだよなあ。私は困った顔で考え込んでしまった。

****

 私を当番に組み込んでくれた寮長からは「高海さんは今日は見学で、明日からどの係をするか見ておいて!」と当番表をくれた。
 さすがに薪割りは男子がやってくれるみたいだけれど、風呂を焚いたり洗濯したり、掃除やご飯づくりはやんなきゃなんだ。
 台所に「こんにちはー」と見学に行ったら「澄子ちゃん!」とつばめちゃんから悲鳴が聞こえた。

「澄子ちゃんにお客様! 食堂にいるから! 私たちも見てるから!」
「ええ? わざわざ夕食準備中に?」

 思わず顔をひん曲げたら「ボロい。本当に座敷牢だな?」という、聞き覚えのある声が響いた。
 私は思わず「うげっ」と悲鳴を上げた。
 そこには、昼間私に番契約をもちかけてきた鳳くんが、席で足を組んで見回していたのだ。さすがに彼の寮の外のせいか、白ランのままだった。

「なっ……! なんでこんなとこ来たの!?」
「なんでって。考えとくと言っていたけど、もうちょっとしたら新年度だ。それまでに番が決まらないと困るのはそっちだろ? だからここで番が見つかったかどうか聞きに来た訳だけど」

 なんだ、こいつ。脅迫か?
 料理当番が全員ハラハラした顔で、一部は今にも倒れそうな顔でこちらを見てる。
 今日中に決めろってか。私は思わず仁王立ちになって鳳くんと向かい合うハメになった。