比翼連理の翼を得て

 私と柘榴がダンスしてしばし。
 私はダンスホールから連れ出され、隣の部屋に来ていた。
 そこでは立食パーティらしく、私には見たこともない料理が並んでいた。

「なんかご飯がたくさんある……ダンスフロアにはないんだね?」
「立食パーティの会場とダンスフロアの会場は元々分かれている。ダンスフロアは番を探しに来た者か番のお披露目をしたい者しかいない。他にいるのは見届け人だ」
「ああ、だから私は帝の前でダンスを踊る必要があったのか」
「そういうことになるな」

 ひとまず私は「これなに?」「これは?」と、本当にびっくりするほどの物知らずにもかかわらず、柘榴が丁寧に教えてくれた。

「焼きめし? 焼きめしも会場にあるの?」
「こら、それはピラフ。ピラフは大陸料理だ。焼きめしとはまた違う」
「そっかあ……いい匂い。そっちのは?」
「そっちはムサカ。取るか?」
「うん」

 ピラフにムサカ、あと変わったドレッシングのサラダ。食べたことない味だけれどどれもおいしく食べていたら、「鳳様」と何人かの幻想種に挨拶された。
 その都度柘榴は一瞬嫌そうな顔をするものの、「すまん」と謝って挨拶に向かう。
 貴族って大変なんだなあ。私はそう思いながら、思い思い料理を食べていた。
 どれもこれも、座敷牢の薪のかまどだとつくれないだろうしなあ。爺やさんはつくれるのかな。そう思いながら私はデザートのコーナーでうろうろしているときだった。

「あれ、澄子ちゃんもやっぱり来てはったん?」
「あれ……渡真利くん?」

 そりゃそうか。幻想種が来ている夜会だから、渡真利くんも来ているのか。真っ白な髪で真っ白なタキシードは似合わないんじゃないかと思うのに、真っ白真っ白でも不思議と似合うから驚きだ。
 私は「ここのご飯すごくおいしい!」と素直に言うと「さよか。蒔菜(まきな)ちゃんに言うとくわ」とニコニコしながら返してきた。
 そういえば。

「この手の夜会、なんか柘榴的には牽制みたいだけど、意味わかる?」
「あれま。柘榴くんいい加減教えてやったらええのに。んー……」

 柘榴は私のほうに帰りたがっているのに、次から次へと人に捕まって、なかなか帰ってこられなそうだ。多分渡真利くんが私の隣に来てくれているのも、私が誰かに声をかけられないようにだろう。
 渡真利くんは全然帰れない柘榴に小さく手を振り「あんまり番ひとりでほったらかしにしたらあかんでえ」と言いながら、私の話に乗ってくれた。

「そのドレスにも意味あるっていうのは、聞いた?」
「ええっと……帝が言ってた」
「あれま。ほんま柘榴くん、無茶苦茶牽制しとるやん。僕やなかったら炭なっとるわ。それ、幻想種の伝承になぞらえてやけど、わかる?」
「ええっと……」
「ヒント、鳳は、鳳凰と呼ばれとるよね」
「ええっと……ああ」

 鳳は鳳凰とも呼ばれていると言うけれど、厳密には違う。
 たしか、幻獣の鳳凰は、元々は鳳と、青凰(せいらん)の番のことを指す。
 ああ……だから私、わざわざ青いドレスを仕立てて着せられて連れてこられてたんだ……思っている以上に柘榴。私のこと大事にしてくれてて、わざわざ帝の前でまで先制してくれてたんだなあ……。

「私、思っている以上に柘榴に大事にされてたんだね?」
「うーん。柘榴くん、ホンマにええように利用しよう取り入ろうって相手ばっかり集まっとったから、僕みたいになんでもようしゃべる友達とかおらんのんや。せやから身内にする人間にはとにかく優しくするけど、ほんまに口ではしゃべらへん。一度言質取られたら、そこからずーるずーる魔法やら呪いやら引き寄せてまうことあるし、実際に何遍もそんな目に遭っとるからな。ほんま言葉足りんけど……あんまり嫌わんとってな?」

 そう言ってペコリと頭を下げた。
 本当に。渡真利くんの言葉はなんとなくわかる。柘榴はいい奴でも、なんというか言葉は足りないし、恩着せがましいし、加減を知らないんだ。敵対者に対する扱いも……身内に向ける情も。

「さすがにこう何度も何度も体張って助けられたらね、柘榴のこと嫌いになれないんだ。ありがとう、渡真利くんも。これからも柘榴のことよろしく」
「おう? 澄子ちゃんずっと柘榴くんのこと迷ってたのに。腹括ったん?」
「んー……今でも正直迷ってる。私とあいつとでは、住む世界全然違うのにって。実際に私、ここの食事がどんなものか知らないし、名前も言えないのよ? それが番として生涯一緒にいるって、柘榴的に大丈夫なのかなと思ってるけど……せめて卒業までは一緒にいたいと思ってる」
「うん。せやね。残り二年はあるんやから、そこはゆっくり決めえ。あんまりせかすもんやないから」

 そう渡真利くんが言ってくれた中、ふいにガラガラガランと音が響いた。
 どうも厨房らしい。それに渡真利くんが「蒔菜ちゃん……」とオロオロし出す。どうも柘榴が言っていた「地元にいるアプローチしても振り向いてくれない身分違いの好きな人」が今日の夜会で裏方にいるらしい。

「渡真利くん渡真利くん、気になるなら行ってきたら?」
「でも……」
「いや、渡真利くんほとんど寮にいるし、外出ている今くらいしか、好きな子に顔見せに行くことできないんでしょ? 困ってるんだったら助けてあげなよ。もしかすると、もしかするかもだし」
「……おおきに、澄子ちゃん」

 そう言って、渡真利くんが一目散に駆けていった。渡真利くんにはなんだかんだ言ってお世話になっている以上、あんまり無碍にはできないもんね。
 私はそう思いながらもう一度デザートコーナーを眺める。
 どれもいい匂いがしておいしそうだけれど、一部は蜂蜜の匂いが強過ぎて、普通に食べたら口の中が溶けてしまいそうで迷う。
 一方揚げ菓子はシンプルそうでこれなら私も食べられそう。トングでそっと数個お皿に取って、食べに戻ろうとする中。隣で料理を取っていた人と肩と肩がぶつかり、揚げ菓子を思いっきりドレスに被ってしまった。
 ギャアアアアアア、佐代里さんごめんなさい、着付けてもらったドレスがああああ!!
 私が声にならない悲鳴を上げそうになっている中、「申し訳ございません」と隣の人が即座にしゃがんだ。
 その人を見て、私は思わず息を呑んでしまう。
 金髪にルビーを嵌め込んだような真っ赤な瞳。長い金髪をサイドテールにまとめ、真っ白なタキシードを着ている様は、絵本に出てくる王子様そのものだった。
 その人はしゃがみ込んで私のドレスのしみを確認すると、素早くそこいらを歩き回っているボーイさんに声をかけた。

「すみません、水をいただけますか? あと彼女の服の汚れを取るために部屋を貸していただきたいのですが」
「はい、こちらにどうぞ」

 私はあまりに流麗な流れにしばらく呼吸すら忘れていたものの、鋭い視線に気付いてしまった。こちらにちっとも戻れなくなっている柘榴が、鋭い目で私の隣の人を見つめていたのだ。
 ……今まで敵対した相手……それこそ私に毒を盛った渡真利くんにも、私の寝込みを襲った真智ちゃんにも、怒気はぶつけたことがあっても、ここまでヒリつくような敵意は向けていなかったはずだ。
 私はオロオロし、ひとまず手をメガホンにして伝えた。

「柘榴! ドレス直したら戻ってくるから! ちょっと待ってて!」

 私はそう言って、その人に着いていった。
 今の私は柘榴のくれたドレスがあるし、柘榴にかけてもらった守護の魔法もある……しかも帝の前で堂々と番宣言したのだから、そんな帝のお膝元でやらかすようなバカタレではないだろうと、そう信じて彼についていったのだ。
 彼はコップに汲んだ水を少し流すと、自身の持っていた万年筆でくるくる回した。水は立ち所に消えて、私のドレスの染みがシュワアアアア……と消えていった。
 水で汚れが落ちるのはわかる。でもこれ、どういう魔法の理屈なんだろう。

「申し訳ございません。私の不注意のせいで、あなたの素敵なドレスを汚してしまって。無事に汚れが落ちてよかったです」
「いや、滅相もない! 私ではこんなに綺麗に汚れを落とすことができませんでしたし、たまたまぶつかったのがあなたでよかったです!」
「そうですか、本当に申し訳ございません、高海さん」
「……あれ、あんた……」

 私は彼をまじまじと見た。
 あまりにも落ち着いているが、よくよく見たら私や柘榴、渡真利くんとは同い年くらいにも見える。成人済みくらいのオーラを醸し出していたから気付かなかった。

「もしかしなくっても、連理学園の人?」
「はい。二年い組の高藤命(たかとうみこと)と申します」
「はあ……二年と組の高海澄子です……というか、どうして私のことを?」
「おや、鳳一族の嫡男が番をつくったとは、幻想種の中ではもっぱらの評判ですが」
「ああああああ……!!」

 そういえば、渡真利くんにも普通に言われてたわ。
 でも座敷牢も柘榴も関係ない幻想種が、そういえばいたんだよなあと、今まであまりにかかわりのなかった人を見ると、ついつい物珍しいものを見る感じになってしまう。

「いや、その……幻想種の皆さんにそこまで珍しがられるものではないと言いますかっ! ニワトリなんて別に、這いつくばってるだけで偉くもなんともないと言いますかね!?」
「おや、あなたはそんなものではありませんが?」
「はい?」
「高海さん、あなたは本当に素晴らしい方です。誰がどのようにおっしゃったのかは存じ上げませんが、あなたのことを悪く言う方はおっしゃってください。私がお話して差し上げますから」

 そう言ってにっこりと笑う。
 それに私はさすがに「うん?」となってしまった。
 なんでそこまで私に優しくする必要があるんだ?
 真智ちゃんはまあまあわかる、柘榴からは聞いた。渡真利くんが優しいのは柘榴の大事に思っている相手だからであって、私に優しいのとはちょっと違う。
 じゃあ、今日会ったばかりの妙に距離感の近いこの人はなんなんだ。
 私は悪意には敏感だと思う。それにさらされて生きてきたから、嫌でも気付きやすくなる。でも。彼からは悪意は感じない。
 でも。
 ……怖い。
 悪いとは思うものの、そう感じてしまったんだ。