比翼連理の翼を得て

 当日、私は会場に向かう前に柘榴の寮に寄ることになった。
 私が夜会に出ることになった旨は、寮長やつばめちゃんには伝えておいた。寮長は「それならば外出届はこっち。もし泊まるならばもう一通申請しないと駄目だが」と言われ、私は腕を組んだ。

「私、本当に柘榴に呼ばれただけで、その辺りはなにも聞いてないんですけど」
「んーんーんー……しかし」

 寮長がそう言って困っているのを見計らって、「なら私が魔道具を澄子ちゃんに貸しますから、それで連絡取れば、外泊届が必要か否かはわかるかと! たしか代筆も可能でしたよね!」と言ってくれた。
 持つべきものは、魔道具に詳しい友人だ。

「ありがとう……私、本当になにもわかってなくって」
「いいよいいよ。でも鳳くんの番として夜会に参加ねえ……大丈夫? その……社交界の夜会ってことは、周りは貴族ばっかりだし、そもそも鳳家のことを思ったら、最悪帝にお目通りするかもわからないのに」
「それなんだよねえ……」

 そもそも帝なんて、国で一番偉い人以上のことを私はなにも知らない。
 貴族だったら幻想種がいるから、幻想種を見てたらうっすらとわかるものの、帝の情報はどうなっているのかさっぱりなんだ。
 鳳家は帝の守護者だとは聞いているものの、私もこればっかりはなんとも言えない。
 ひとまずつばめちゃんは、魔道具の電話をくれた。

「これはふたつひと組で、もうひとつは私が持っているから、スイッチを押したら私に繋がるから、なにかあったらそれで私に連絡してね。鞄にでも入れておいて」
「なにからなにまでありがとう……」
「いいのいいの気にしないで。あと、これは鶴丸くんからだけど」

 そう言いながらつばめちゃんがひそっと私に耳打ちしてきた。

「ただでさえ澄子ちゃんの周りには幻想種が集まりやすいから、鳳くんから絶対に離れるなって。あと鳳くんにも伝言」
「……な、なに?」
「『真実がわかったとき、協力はする』だってさ」

 私は鶴丸くんの発言に、ただただ首を傾げていた。彼が私のことについて疑問を思って、私の周辺に集まった幻想種の再調査を行っているみたいだけれど、私もいったいなにをどう調べているかまでは教えてもらっていない。
 そうこうしている内に、柘榴が迎えに来た。

「澄子、迎えに来たぞ」
「うん。それじゃあ行ってくるよ。電話ありがとうね」
「うん。気を付けて。あの、鳳くん。澄子ちゃんのことよろしくお願いします」
「ふむ、承った」

 そう言いながら、柘榴はひょいと私を抱えると寮まで飛んでいった。
 寮まで向かいつつ、私はつばめちゃんと鶴丸くんからの言伝を教える。

「あのさあ、私、絶対に柘榴から離れるなって言われちゃったの。あと鶴丸くんが『史に栂わかったとき、協力はする』って言っておいてって。意味わかる?」
「……あのふたりも、危ない橋を渡っていないといいが。まあ座敷牢内では爺やが座敷牢の結界を活性化させておいたから、よほどのことがない限りは危険なことにはならないとは思うが」
「ひっ、ひえっ。幻想種を調べるって、そこまで危ないものだったの?」
「そりゃあな。そもそも幻想種は各方面の権力者だ。貴族はこの国の根幹企業にいくつもパイプを持っているからな。魔法で口止めくらいだったらまだいいが、最悪実家の力を使って簡単に社会的に抹殺すらできる」
「ひっ、ひえっ。そこまでするの……? ふたりは大丈夫かな」
「まあ。あの星影とかいう男は、魔法を上手く扱えないだけで立派な魔道士になるだろうし、日向もなかなか肝の据わった女だからな。お前の級友は優秀な者が多い」
「まあ……私はふたりが無事ならそれでいいんだ」

 そうこう言っている間に、寮に到着し次第、「お帰りなさいませ」と爺やさんだけでなく、メイドさんたちまでいるのにびっくりする。

「えっと……」
「実家から読んだメイドだ。さすがに爺やにお前のドレスの着付けをさせる訳にはいかないだろ。小百合(さゆり)佐代里(さより)。これが俺の番の澄子だ」
「どうもはじめまして、澄子様。それでは坊ちゃまからの命で、着付けを致しますので、どうぞ奥まで」
「ええっと……はい」

 私は連れて行かれて、そのままタオルを首に被せられると化粧をされた。
 どうも化粧をしてくれているのは小百合さんで、私の髪をドレスに合うように巻いてくれているのが佐代里さんのようだ。
 どちらもお揃いのメイド服を着ているし、この国の一般的な黒い髪に黒い目の人だけれど、ちゃきちゃきとしているのが小百合さんで、一見たおやかに見えながらも動きに淀みのないのが佐代里さんみたいだ。
 どちらも多分、バリバリ仕事のできるメイドさんなんだろう。

「金色の目に艶やかな黒髪。化粧のノリが段違いですわね」
「は、はあ……あの、柘榴……くんの隣で地味にならないでしょうか? あの、私はニワトリですし、魔力とか全然使えませんので、せめて馬子にも衣装くらいになれればいいかなと」
「それは全然申し分ございませんよ。華やかになるよう、瞳に合わせて金色のラメを入れさせてもらいますね。アイシャドウは坊ちゃまの隣に似合うよう、赤を少し足しますね」
「はあ……」

 なにを言っているのかさっぱりわからん。化粧なんてスキンケアと下地と同時にできるBBクリーム塗って、汗浮き対策でパウダー叩いて、口に少しリップ足したらおしまいという簡易的な化粧以外ほとんどしたことがなかった。
 一方髪を巻いてくれた佐代里さんは、「澄子様は髪飾り、金色と黒とどちらがよろしいですか?」と尋ねてくる。私はわからないなりに、柘榴に恥を掻かせちゃ駄目だよなあと「金色でお願いします」と言ったら、巻いた髪を垂らしながら、一番上に団子にまとめてくれた髪に金色の蝶飾りを足してくれた。
 そしてドレスだけれど。

「わあ……」
「はい、マーメイドドレスになりますよ」
「すごい……」

 私はそれに袖を通すと、最後に首に金色のチェーンのネックレスをかけてくれ、白いパンプスを履かせてくれた。
 どれもこれもセンスがあり、一瞬でも自分がお姫様になったような気分になる。
 鏡で見たら、「金色のラメってなに?」「赤いアイシャドウって、舞台役者みたいに派手派手にならない?」とわからないまま困惑していたのに、実際に鏡を見たらたしかに華やいでいるし、ドレスに着せられているというより、ドレスを着ている淑女に見える。

「あの……本当にありがとうございます」
「いいえ。こちらのほうこそ、坊ちゃまと仲良くしてくださりありがとうございます」
「坊ちゃま、本当に姑獲家の坊ちゃま以外とはあまりそりが合わなく揉め事ばかり起こしていましたから。特に……鳳家に取り入ろうとした家の者の口利きでやってくる女性ばかりに取り囲まれていましたから、身内以外の女性が本当に嫌いでしたから……」

 それは前にも爺やさんが言っていたことに似ていた。
 でも。私は今までの柘榴の言動を振り返った。
 ……少なくとも、山下寮の子たちにはいつも冷たかったけれど、座敷牢の子たちには優しかった。そもそも私だけが大事なら、座敷牢の修繕をしようと爺やさんを送ってくれる訳がなかった。
 あれは多分、座敷牢の子たちは幻想種には興味があっても、柘榴本人には興味がなかったし、研究対象としては見ていても、彼に取り入ろうとか、ごまをすろうということをしなかったからだと思う。
 一方柘榴は、九郎にも真智ちゃんにも若干冷たかった。私が止めなかったらどうなっていたのかはちょっと読めない。さすがに殺したりはしないとは思うけど……柘榴の防御魔法のことを思ったら、燃やすのも厭わなかったんだろう。
 ……本当に、寂しい人生を送ってたんだな。

「私は、本当になにもしてませんよ。ただ私が途方に暮れていたところを柘榴が助けてくれた。本当にそれだけなんです」
「それで充分かと思いますよ。それでは行ってらっしゃいませ」

 小百合さんと佐代里さんに頭を下げられ、私も頭を下げ返して、いそいそと柘榴にドレス姿を見せに行った。

「柘榴、あの……」

 そこで私は目を見開いてしまった。
 柘榴は長い伸ばしっぱなしの髪を、ひとつの三つ編みにまとめ、白いクロックコートに着替えていたのだ。元々白ランが様になっている柘榴が、クロックコートが似合わない訳がない。真っ赤な髪も翠色の目も、おあつらえたかのように、白いクロックコートと柘榴双方を引き立たせていた。

「澄子。似合うな。ふたりには後で礼を言っておかないと」
「うん……あの。柘榴も似合う」
「そうか。それはよかった……どうした澄子? いつもはペラペラしゃべるのに」

 そりゃいくら貧乏人で恥知らずの自覚がある私だって、時と場合は考えるよ。
 ……あんまり認めたくなかったことを、今しっかりと思い知っているところなんだから。柘榴は格好いいということも、柘榴は貴族だということも……私と住んでいる世界が全然違う人だっていうことも、今しっかりと思い知っているところだから、そりゃ言葉だって出てこなくなるよ。
 ……ちゃんと卒業までには笑ってお別れする心構えは済ませておくから、今はただ、夜会のパートナーでいさせて。
 やがて、寮の前に馬車が止まった。
 馬は天馬であり、これが目的地まで連れて行ってくれるらしい。

「それでは坊ちゃまお気を付けて。くれぐれも高海様を困らせないこと。高海様を怖がらせないこと」
「わかっているよ爺や。澄子、行くぞ」
「うん」

 柘榴が手を取って馬車までエスコートしてくれた。私は慣れないスカート丈にパンプスだけれど、なんとか歩くことができて、そのまま馬車に乗り込んだ。
 馬車は勢いを付けて飛んでいくけれど、不思議と揺れない。魔法でどうやって制御しているのかがわからないや。
 私は窓で金色の雲の切れ端が伸びていくのを眺めながら、夜会の会場について思いを馳せるのだった。