渡真利くんは柘榴の隣を飛び交う。
「なんや昨日はバッキバキ森が開拓される音するんやから、さすがにこの辺りでも起きて状況把握するのんが出てたんやわ」
「相変わらず抜かりないな……」
「で、その中心がやっぱり澄子ちゃんかあ」
渡真利くんはにこにこしつつ、私のほうを見た。それに私はなんとなく居心地の悪さを感じる。
「ごめん……深夜に騒音……」
「別にかまへんよ。真夜中に決闘やなんて、かっこええやん」
「それ、かっこいいで済ませていい問題なの?」
「せやかて、昼間に決闘はなかなかできんやろ。授業あるし。幻想種やって貴族やからってなんでも思い通りとちゃうよ。むしろしがらみでがんじ絡めやから、状況整うまでは決闘なんてできへん」
「なるほど……」
羽化したばかりで混乱した真智ちゃんの暴走だったんだけれど、それはそれで幻想種視点ではそこまで悪い目には見られないことだけはほっとした。
「まあ……澄子ちゃんも気ぃ付けやあ? これで怒らせたらあかんもんまで怒るやもしれんし」
「怒るって……そりゃ、学校の敷地壊したのは、間接的にとはいえど私のせいだし」
「ちゃうちゃう。そんなんやない。見せつけるようやって、嫉妬するのがおんねんって話や。澄子ちゃん、人がええからそう取らんやろうから、何度でも釘刺さなわからんやろうしなあ」
「まあ……そりゃ嫉妬をするとは思うけど」
私に暴言を吐いていた子たちが頭にチラついた。
あの子たちからしてみれば、私が幻想種に奪い合われている謎の現象を「見せつけ」と思っても仕方ないだろうしな。
私が黙り込んでいるのに、渡真利くんは呆れたように溜息をついて、ちらっと柘榴のほうを見た。
「柘榴くん頑張りやぁ。自分とこの番、多分なんもわかっとらん。なんも知らんほうがマシとは柘榴くん言うけど、知らんのもキツいことあるやろ」
「……俺様は、わざわざ教えて澄子を傷付けたいとは思わない。教えてどうなるというんだ? それで澄子の心根が変わるのは耐えられない」
「ロマンティシズムやねえ。まあ、ええけど」
ふたりともどういう話をしているんだ、私を挟んで。
私は思わず憮然という顔をしていたものの、結局は教えてもらえなかった。やがて校舎が見えてきて、ふたりは降り立つ。
「澄子、授業が終わったら俺様を待ってから帰れ。送るから。ひとりで帰ろうとは思うなよ」
「あんたも授業忙しいでしょ。本当に大袈裟だよ。そう何人も幻想種が座敷牢に紛れ込んでいるとは思わないし」
「そうだがな。念のためだ」
「んー……わかった。なら図書館で待っているよ。図書館なら司書さんもいるし、他の学年の子たちもいるし、委員会の子たちもいるから。それで大丈夫?」
「……それならば」
何度も何度も柘榴に心配そうに振り返られながら、私はと組に、柘榴たちはい組へと移動していった。
どっちみち授業頑張らないといけないんだから、そこまで心配しないで欲しいんだけどな。
****
その日は座学だけで、必死に魔法史の暗記に、魔方陣の暗記、一部の専門文字の読み書きの授業が続いていた。
図書館で柘榴が来るまで待たないとなあと、今日一日の授業を思い返して復習の段取りを考えていたときだった。
「澄子」
心配そうに声をかけてきたのは九郎だった。一緒にいる小さな男の子が、私と九郎を見比べている……後輩の番っていうのはあの子かと当たりを付ける。
「その……昨日大変だったな?」
「あれ、そっちの寮でも噂になってたんだ。困っちゃうな、穏便に学校卒業したいだけなのに」
私がとぼけきってやり過ごそうとしても、九郎は心底心配そうに私を見てくる。
「幻想種同士の決闘なんかに巻き込まれて……本当に体は大丈夫か?」
「いや、まあ……私は本当になにもしてないんだよ。巻き込まれたっていうよりも、私が原因……みたいな感じだったし」
「すまん」
そう九郎に頭を下げられる。九郎は自分が悪くなくってもすぐ自分が悪いと思い込むし、人がよ過ぎてときどき人にいいように使われないか心配になってくる。
私は人の悪意にさらされて、うっすらと悪意について理解があるのに対して、九郎は悪意に対して理解を示さないから、余計に心配だ。
「俺が……番を解消したばっかりに、澄子ばっかり大変な目に遭って」
「いやあ、やめて九郎。それ、あんたの番の子に失礼だから。あんたの今の番は私じゃなくって、そっちの子でしょう? どう、君は? 九郎のお人好しに引きずり回されてない?」
私がそう声をかけてみると、その子は三白眼をキュルンと光らせた。
小柄で制服もまだ着られているような子だけれど、キューティクル艶々の髪といい、丸い頭といい、なんとなく可愛げのある子だった。
「九郎先輩は優しいので問題ありません、高海先輩」
「あれ、私の名前知ってたの」
「はい。魔力を無くした途端に次から次へと幻想種に求婚を受けているということで、一年生の間では憧れの的になっています」
「なんつう噂が流れてるの!?」
思わず悲鳴を上げてもいいはずだ。求婚なんてしてきたのは柘榴くらいだ。それ以外からはされた覚えがない。そして幻想種に絡まれてもトラブルばっかりで、他人事と思って振り返ってみても、あんなもん羨ましがるもんじゃない。
私があわあわしていると、「こら雫」と九郎は苦言を呈した。
「思い込みで勝手に好き勝手言うんじゃない」
「はあ、僕が思っているというよりも、同学年の女子が、ですが。帝に見初められた八咫烏のようだと」
「なにそれ」
私が思わず言うと、九郎は「はあ……」と言いながら雫くんをポカポカと軽く小突く。
「幻想種の中でも、それこそ伝説だって言われている存在だよ。いるのかどうかすらわからないし、今でもおとぎ話として語られる程度だ。というか澄子のほうがそういうの知っているのかと思ったけど」
「んー……私、施設にいたときから絵本読むよりも魔道書に興味持つような子だったから、その手の話に本当に触れたことないかも。そのおとぎ話って?」
私が尋ねると、雫くんが声変わりしたての声で教えてくれた。
「簡単に言いますと、昔むかし世界には魔法の使える鳥しかいませんでした。でも例外がいたのです。八咫烏は魔法が使えません」
「はあ……昔の八咫烏ってニワトリだったの?」
「似ていますが、ニワトリと八咫烏は違いますよ。続き。世界中の鳥は、ある日夜会で帝の前で歌を披露しなければなりませんでした。一番歌が上手い鳥は小夜鳥ですし、一番声が綺麗な鳥は鶯です。誰も勝てないと思いましたが、参加した八咫烏は、それはそれは上手い歌を歌って、帝の心を射止めたのです」
「はあ……」
私がその八咫烏に似ている、ねえ……。しかもそのおとぎ話を聞いていても、八咫烏は歌が上手いこと以外なにもわからないし、魔法が使えないのにどうやって貴族の夜会に入れたのかもわからない。おとぎ話にその手のツッコミは野暮なのかもしれないけれど、納得ができなかった。
雫くんは最後に告げる。
「時の帝は八咫烏を花嫁に選び、それはそれは国は栄えました。それ以降他の鳥たちはこぞって八咫烏を探し求めました。もしかすると帝に差し出せば出世ができるかもしれない。もしかすると花嫁に娶れば家が繁栄するかもしれない。それ以降八咫烏は運命の花嫁と呼ばれるようになったのですが、不思議なことに八咫烏は探そうと思って見つけ出すことはできません。八咫烏はただの鳥からしか生まれることがないのです……という、そういう話です」
「あれ? 待って、ただの鳥って……つまりは、幻想種からは見つけ出すことができないっていうこと?」
「はい。そう言われています。実際におとぎ話が出回った頃から今日までの幻想種の名簿を捲っても、八咫烏で一族を築いた例はなく、血縁継承で受け継ぐ魔力でないことは確認できます。僕もどういうことだろうと調査していますが、未だに答えは出ていません」
「はあ……そんな話があるんだ。でも、やっぱり八咫烏は魔力があるんでしょう? 私はただのニワトリで、魔力がないもん。やっぱり違うよ。もし同じクラスの子に聞かれたら、そう答えてもいいからね」
私がそう言って「それじゃあ、私図書館に行くからね」と手を振って別れることにした。
雫くんが頭を下げる中、九郎だけはなにかを言い足そうな顔をするものの、言葉が見つからないのか結局は会釈をして見送るだけだった。
なんかあったのかなと思ったものの、私は九郎にそれだけ心配する立場なのかなと思ったら口に出せなかった。
今の私は番ではないし、雫くんがいるのに失礼だ。
そう思ったらそのまま彼の前を通り過ぎることしかできなかった。
****
九郎はなんとも歯がゆい顔をして、澄子を見送っていた。
それを雫がうろんなものを見る目で見上げた。
「九郎先輩、そこまで未練タラタラなら、どうして番契約解除したんですか? 魔力がなくなったくらいだったら、別に九郎先輩、番解除しなかったでしょうに」
魔力がなくなって落ちこぼれても、と組のように座学さえ一定数キープしていたら魔道士の資格は取れるし、魔道士の資格がなかったらなれない職業に就けるのだ。誰も困りはしない。
雫の指摘に、九郎は歯がゆく思っていた。
「……あいつが幻想種にいいように使われているのを見ていることしかできないのが、悔しくってさ……」
九郎はそう肩を落とした。
幻想種に一般庶民はどうあっても勝てない。魔力の問題ではない。貴族の財力や権力にはどうあっても逆らえないのだから。
九郎がうな垂れているのを雫が見上げている中。
「ああ、こんにちは! たしか月谷くんでしたよね?」
「はい? ええっと……」
「はい、二年と組の星影鶴丸です。こちらは僕の番の日向つばめさん」
「はあ……」
「少しお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
と組ということは、座敷牢の住民たち。
今の澄子の寮生たちなことに、九郎は静かに向き合った。
「なんや昨日はバッキバキ森が開拓される音するんやから、さすがにこの辺りでも起きて状況把握するのんが出てたんやわ」
「相変わらず抜かりないな……」
「で、その中心がやっぱり澄子ちゃんかあ」
渡真利くんはにこにこしつつ、私のほうを見た。それに私はなんとなく居心地の悪さを感じる。
「ごめん……深夜に騒音……」
「別にかまへんよ。真夜中に決闘やなんて、かっこええやん」
「それ、かっこいいで済ませていい問題なの?」
「せやかて、昼間に決闘はなかなかできんやろ。授業あるし。幻想種やって貴族やからってなんでも思い通りとちゃうよ。むしろしがらみでがんじ絡めやから、状況整うまでは決闘なんてできへん」
「なるほど……」
羽化したばかりで混乱した真智ちゃんの暴走だったんだけれど、それはそれで幻想種視点ではそこまで悪い目には見られないことだけはほっとした。
「まあ……澄子ちゃんも気ぃ付けやあ? これで怒らせたらあかんもんまで怒るやもしれんし」
「怒るって……そりゃ、学校の敷地壊したのは、間接的にとはいえど私のせいだし」
「ちゃうちゃう。そんなんやない。見せつけるようやって、嫉妬するのがおんねんって話や。澄子ちゃん、人がええからそう取らんやろうから、何度でも釘刺さなわからんやろうしなあ」
「まあ……そりゃ嫉妬をするとは思うけど」
私に暴言を吐いていた子たちが頭にチラついた。
あの子たちからしてみれば、私が幻想種に奪い合われている謎の現象を「見せつけ」と思っても仕方ないだろうしな。
私が黙り込んでいるのに、渡真利くんは呆れたように溜息をついて、ちらっと柘榴のほうを見た。
「柘榴くん頑張りやぁ。自分とこの番、多分なんもわかっとらん。なんも知らんほうがマシとは柘榴くん言うけど、知らんのもキツいことあるやろ」
「……俺様は、わざわざ教えて澄子を傷付けたいとは思わない。教えてどうなるというんだ? それで澄子の心根が変わるのは耐えられない」
「ロマンティシズムやねえ。まあ、ええけど」
ふたりともどういう話をしているんだ、私を挟んで。
私は思わず憮然という顔をしていたものの、結局は教えてもらえなかった。やがて校舎が見えてきて、ふたりは降り立つ。
「澄子、授業が終わったら俺様を待ってから帰れ。送るから。ひとりで帰ろうとは思うなよ」
「あんたも授業忙しいでしょ。本当に大袈裟だよ。そう何人も幻想種が座敷牢に紛れ込んでいるとは思わないし」
「そうだがな。念のためだ」
「んー……わかった。なら図書館で待っているよ。図書館なら司書さんもいるし、他の学年の子たちもいるし、委員会の子たちもいるから。それで大丈夫?」
「……それならば」
何度も何度も柘榴に心配そうに振り返られながら、私はと組に、柘榴たちはい組へと移動していった。
どっちみち授業頑張らないといけないんだから、そこまで心配しないで欲しいんだけどな。
****
その日は座学だけで、必死に魔法史の暗記に、魔方陣の暗記、一部の専門文字の読み書きの授業が続いていた。
図書館で柘榴が来るまで待たないとなあと、今日一日の授業を思い返して復習の段取りを考えていたときだった。
「澄子」
心配そうに声をかけてきたのは九郎だった。一緒にいる小さな男の子が、私と九郎を見比べている……後輩の番っていうのはあの子かと当たりを付ける。
「その……昨日大変だったな?」
「あれ、そっちの寮でも噂になってたんだ。困っちゃうな、穏便に学校卒業したいだけなのに」
私がとぼけきってやり過ごそうとしても、九郎は心底心配そうに私を見てくる。
「幻想種同士の決闘なんかに巻き込まれて……本当に体は大丈夫か?」
「いや、まあ……私は本当になにもしてないんだよ。巻き込まれたっていうよりも、私が原因……みたいな感じだったし」
「すまん」
そう九郎に頭を下げられる。九郎は自分が悪くなくってもすぐ自分が悪いと思い込むし、人がよ過ぎてときどき人にいいように使われないか心配になってくる。
私は人の悪意にさらされて、うっすらと悪意について理解があるのに対して、九郎は悪意に対して理解を示さないから、余計に心配だ。
「俺が……番を解消したばっかりに、澄子ばっかり大変な目に遭って」
「いやあ、やめて九郎。それ、あんたの番の子に失礼だから。あんたの今の番は私じゃなくって、そっちの子でしょう? どう、君は? 九郎のお人好しに引きずり回されてない?」
私がそう声をかけてみると、その子は三白眼をキュルンと光らせた。
小柄で制服もまだ着られているような子だけれど、キューティクル艶々の髪といい、丸い頭といい、なんとなく可愛げのある子だった。
「九郎先輩は優しいので問題ありません、高海先輩」
「あれ、私の名前知ってたの」
「はい。魔力を無くした途端に次から次へと幻想種に求婚を受けているということで、一年生の間では憧れの的になっています」
「なんつう噂が流れてるの!?」
思わず悲鳴を上げてもいいはずだ。求婚なんてしてきたのは柘榴くらいだ。それ以外からはされた覚えがない。そして幻想種に絡まれてもトラブルばっかりで、他人事と思って振り返ってみても、あんなもん羨ましがるもんじゃない。
私があわあわしていると、「こら雫」と九郎は苦言を呈した。
「思い込みで勝手に好き勝手言うんじゃない」
「はあ、僕が思っているというよりも、同学年の女子が、ですが。帝に見初められた八咫烏のようだと」
「なにそれ」
私が思わず言うと、九郎は「はあ……」と言いながら雫くんをポカポカと軽く小突く。
「幻想種の中でも、それこそ伝説だって言われている存在だよ。いるのかどうかすらわからないし、今でもおとぎ話として語られる程度だ。というか澄子のほうがそういうの知っているのかと思ったけど」
「んー……私、施設にいたときから絵本読むよりも魔道書に興味持つような子だったから、その手の話に本当に触れたことないかも。そのおとぎ話って?」
私が尋ねると、雫くんが声変わりしたての声で教えてくれた。
「簡単に言いますと、昔むかし世界には魔法の使える鳥しかいませんでした。でも例外がいたのです。八咫烏は魔法が使えません」
「はあ……昔の八咫烏ってニワトリだったの?」
「似ていますが、ニワトリと八咫烏は違いますよ。続き。世界中の鳥は、ある日夜会で帝の前で歌を披露しなければなりませんでした。一番歌が上手い鳥は小夜鳥ですし、一番声が綺麗な鳥は鶯です。誰も勝てないと思いましたが、参加した八咫烏は、それはそれは上手い歌を歌って、帝の心を射止めたのです」
「はあ……」
私がその八咫烏に似ている、ねえ……。しかもそのおとぎ話を聞いていても、八咫烏は歌が上手いこと以外なにもわからないし、魔法が使えないのにどうやって貴族の夜会に入れたのかもわからない。おとぎ話にその手のツッコミは野暮なのかもしれないけれど、納得ができなかった。
雫くんは最後に告げる。
「時の帝は八咫烏を花嫁に選び、それはそれは国は栄えました。それ以降他の鳥たちはこぞって八咫烏を探し求めました。もしかすると帝に差し出せば出世ができるかもしれない。もしかすると花嫁に娶れば家が繁栄するかもしれない。それ以降八咫烏は運命の花嫁と呼ばれるようになったのですが、不思議なことに八咫烏は探そうと思って見つけ出すことはできません。八咫烏はただの鳥からしか生まれることがないのです……という、そういう話です」
「あれ? 待って、ただの鳥って……つまりは、幻想種からは見つけ出すことができないっていうこと?」
「はい。そう言われています。実際におとぎ話が出回った頃から今日までの幻想種の名簿を捲っても、八咫烏で一族を築いた例はなく、血縁継承で受け継ぐ魔力でないことは確認できます。僕もどういうことだろうと調査していますが、未だに答えは出ていません」
「はあ……そんな話があるんだ。でも、やっぱり八咫烏は魔力があるんでしょう? 私はただのニワトリで、魔力がないもん。やっぱり違うよ。もし同じクラスの子に聞かれたら、そう答えてもいいからね」
私がそう言って「それじゃあ、私図書館に行くからね」と手を振って別れることにした。
雫くんが頭を下げる中、九郎だけはなにかを言い足そうな顔をするものの、言葉が見つからないのか結局は会釈をして見送るだけだった。
なんかあったのかなと思ったものの、私は九郎にそれだけ心配する立場なのかなと思ったら口に出せなかった。
今の私は番ではないし、雫くんがいるのに失礼だ。
そう思ったらそのまま彼の前を通り過ぎることしかできなかった。
****
九郎はなんとも歯がゆい顔をして、澄子を見送っていた。
それを雫がうろんなものを見る目で見上げた。
「九郎先輩、そこまで未練タラタラなら、どうして番契約解除したんですか? 魔力がなくなったくらいだったら、別に九郎先輩、番解除しなかったでしょうに」
魔力がなくなって落ちこぼれても、と組のように座学さえ一定数キープしていたら魔道士の資格は取れるし、魔道士の資格がなかったらなれない職業に就けるのだ。誰も困りはしない。
雫の指摘に、九郎は歯がゆく思っていた。
「……あいつが幻想種にいいように使われているのを見ていることしかできないのが、悔しくってさ……」
九郎はそう肩を落とした。
幻想種に一般庶民はどうあっても勝てない。魔力の問題ではない。貴族の財力や権力にはどうあっても逆らえないのだから。
九郎がうな垂れているのを雫が見上げている中。
「ああ、こんにちは! たしか月谷くんでしたよね?」
「はい? ええっと……」
「はい、二年と組の星影鶴丸です。こちらは僕の番の日向つばめさん」
「はあ……」
「少しお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
と組ということは、座敷牢の住民たち。
今の澄子の寮生たちなことに、九郎は静かに向き合った。



