比翼連理の翼を得て

 私の声に、柘榴はふんすと声を出す。

「本当だったら、俺様だって婚前交渉する気はない」
「当たり前だが!? というか、私はまだ結婚すると了承した覚えもないが!?」
「だが、今はここの結界が薄くなっている。澄子自身には守りを施しているとはいえど、修繕魔法で直るまではうちにいた方がいい。どのみち家具がぐちゃぐちゃなのだから、俺様が新しく買い渡そう」

 そう柘榴に言われ、私も考え込んでしまった。
 ……真智ちゃんが混乱していたとはいえど、私はもうちょっとで貞操も奪われるところだったし、番契約だって無理矢理上書きされるところだったんだ。柘榴が私に防御魔法をかけてくれていなかったらどうなっていたのかと思うと、ぞっとする。
 それに「ところで鳳くん!」と、空気を読まずに鶴丸くんが乱入してきた。

「おう? お前は……」
「こんばんは、澄子さんと同じ二年と組の星影鶴丸です! 今回の件、調べてもいいか、許可を取りたくて」

 鶴丸くん、いったいなにを言い出すんだ、突然に。
 私も柘榴もポカンとしている中、慌ててつばめちゃんがすっ飛んできた。

「ちょっと……鶴丸くん! ごめんなさい、彼、独自で幻想種の研究をしてまして、本物の幻想種とは話す機会も接する機会もなくて興奮しているんです……ちょっと、番同士の話し合いしているところで、勝手に割り込まないの!」
「いや、俺様はちっとも気にしてないが……で、星影、具体的になにを調べる許可だ?」
「ちょっと柘榴。私のクラスメイトなんだから、あんまり横柄な態度取らないでよ。つばめちゃんに対しても失礼だからね?」
「澄子の級友に難癖付ける気はないが?」

 私と柘榴の問答を聞きながら、鶴丸くんはにこにこしながら言う。

「はい、澄子さんの再契約周りについて、少し調査をしたいんですけど、よろしいですか? もちろん澄子さんが許可をくれたらですけど」
「……ええ?」

 鶴丸くんの物言いに、私は思わず変な声を上げる。そして柘榴のほうも、意外と言わんばかりに目を見開いた。
 その鶴丸くんの頭を、つばめちゃんがてしてしと叩いている。

「ちょっと! そういうナイーブな問題、再調査するなんて許可降りる訳ないでしょう? ごめんなさい鳳くんも澄子ちゃんも。鶴丸くんはこう、一度思い詰めたら全然人の話を聞かなくって。私もあとで注意しておきますから気にしなくても……」
「いや、かまわん。番だからとそこまで腰を低くしなくてもいい。澄子も世話になっているしな。それで星影、お前はなにをそこまで疑問に思った?」
「はい、元々澄子さんについては不思議だなあと思って観察していましたが、今晩の一件でこれは再調査したほうがいいかなと思いまして」
「あのう……鶴丸くん? 私今、初めて聞いたんだけど」
「だって、おかしいじゃないですか。こうも澄子さんの周りに次々と幻想種が現れるなんて。しかも番契約を解消した途端にです」
「それはただ、私がフリーだったから、おもちゃ扱いされてるだけでは……?」
「でもそれだと真智さんの件が説明付かないでしょう?」
「まあ、たしかに……?」

 私が苦労と番を解消した途端、柘榴が現れたし、姑獲くんには警告されたし、真智ちゃんは羽化して寝込みを襲ってきた……。
 思えば、たしかに続き過ぎだな。しかもこれ、春休みから始業式にかけての流れだから、いくらなんでも詰め込み過ぎる。
 あれだけ鶴丸くんをてしてし叩いて演説を中断させようとしていたつばめちゃんも、鶴丸くんの指摘で思わず手を止めてしまった。
 そしてそれを柘榴は、腕を組んで「ほう……」ときちんと耳を傾けていた。

「さすがに羽化なんて現象も、托卵なんて現象も、僕も少し聞きかじっただけで、実際に見たのはこれが初めてです。こうも立て続けに起こったんだったら、澄子さん自身になにかあるのではないかと思いまして。こちらを調べる許可を、鳳くんと澄子さんに取りたいんですが、いかがですか?」

 鶴丸くんの淀みのない言葉に、私も考え込んでしまった。
 ……九郎と契約している間は、本当に普通の学園生活しか送っていなかったし、その間は幻想種ともなんの縁もなかった。たしかに番を解消してからだ。
 私はどう答えようと考えあぐねて、ちらっと柘榴を見上げたら、柘榴は静かに「星影」と呼んだ。

「はい」
「少し額を出せ」
「ちょっと柘榴、鶴丸くんに乱暴はしないでよ」
「そんなことはせん」

 そう言いながら、柘榴は鶴丸くんの額に人差し指をくっ付けたあと、すぐに離した。

「これは……防御魔法でしょうか?」
「うむ。幻想種は秘密主義が過ぎて、俺も全てを知っている訳じゃない。だから、幻想種以外の者が調査をするにはどうしても資料が足りない上に、土足で足を踏み入れたと判断した輩が命を狙うことだってある。だから調査をするならば、くれぐれも命を落とさんようにな。さて、お前は澄子の級友の」
「あっ、はい。日向つばめです」
「そうか日向。お前にも……星影が無理して、これ以上の調査は危険と判断したら、いつでも殴って止めるといい」

 柘榴は鶴丸くんだけじゃなく、つばめちゃんにも防御魔法を施して、そして最後に「澄子」と呼んだ。

「それじゃあ帰るぞ」
「ちょっと待って……せめて明日の授業の用意だけは持って行かせて」
「それなら明日にでも召喚魔法で呼び寄せればいい」
「制服くらい持って行かせてよ!」
「むう……それくらいならば」

 私は壁に掛けていたセーラー服をハンガーごと取ると、座敷牢の皆に振り返った。

「今晩は本当にごめんなさい! おやすみなさい!」
「おやすみー」
「おやすみなさーい」
「高海さん、せめて座敷牢の当番だけは忘れないでくださいねー」

 皆に挨拶をしてから、私は柘榴に抱えられて、バサバサと飛んでいった。
 柘榴の寮に。

****

 柘榴が爺やさんとふたり暮らしとは聞いていたけれど、中を見て私は「これ、本当に寮……?」と口を開けていた。
 一階は食卓があり、長テーブルに大きなテレビ。ピアノが置いてあるけど、柘榴弾けるんだろうか。台所まで真っ白なのに、私は唖然としていた。
 お風呂は大きくって豪華。というより、ひとり用のお風呂にしては、寮の数人単位の風呂と大きさ変わらないのはどういう了見なのか。
 そして。通された客間のベッドが大きくって広い。というより、この部屋だけで私の普段寝ている座敷牢の寮室どころか、前まで使っていた山下寮の寮室よりも広いんですけど。

「なななななななななな……」
「すまんな、もし連れ帰るんだったら、花でも飾って、歓迎に茶菓子や料理も振る舞ったんだが……」
「いや、寝泊まりだけで充分だけど、これは、えっと。なに?」
「客間だが」
「というより、なんで寮に客間があるのかがまずわからないんですけど!?」
「それは幻想種全員に言えることだが、ここは他のどの寮よりも結界を強めに施されている。学園の面談やら会議やらがあれば、うちも親が来ることもあるし、泊まることもあるしな。まあ、今の時点ではほとんど必要ないが。爺やは一階の使用人室で寝泊まりだ」
「ああ、なるほど……」

 たしか柘榴のお父さんは帝の守護役で……つまりは皇城で働いているってことだから、そりゃ結界付きの宿泊施設でなかったら泊まることだってできないだろうしなあ。皇城で働くってことは、あっちこっちから狙われているだけだから、情報流出もハニー・トラップも躱すには、身内のいるところに泊まるのが一番だ。

「しかし、今晩あったことが今晩あったことだが、ちゃんとひとりで眠れるか? お前の寮室、かなり狭かったが……」
「さすがにあんたに添い寝されたら、そっちの方が眠れませんけど!? でも……」

 鶴丸くんにも指摘されちゃったもんなあ。今私の身の上で起こっていることは変だって。だから調査する訳だし。
 真智ちゃん、多分幻想種だから、この区画のどこかに寮を宛がわれたんだろうけど、ひとりで平気だろうか。ちゃんと眠れてるだろうか。
 そして……今私に起こっていることがどういうことなのか、当事者の私も全然わからないから、なにがどうなっているのか。
 私がぐるぐる考えて言葉を噤んでしまったのに、柘榴が「下でなにか飲むか?」と言ってきた。

「下って……お湯飲むとか?」
「一般庶民は眠れなかったらそうするのか?」
「んー……どうだろう。ハーブティーとか飲むとか言われてるみたいだけど、私そんなのしたことないし」

 この辺りは私も聞きかじり知識だから、他の人が眠れないときはどうしているのか知らない。そもそも私は、眠りが浅い割には寝るときは無理にでも寝るから、眠れなくって一夜を明かしたことがない。
 私の言葉に、「まあ来い」と言われて、柘榴についていくことにした。
 柘榴は冷蔵庫からなにかを取り出すと、それをカップに入れて、お湯を沸かして溶かしはじめた。ここのかまどは普通に魔法式らしい。火の魔法の使い手の柘榴だったらお手の物なんだろう。
 ふわんと漂ってきたのはレモンの香りだった。

「これ……」
「ホットレモネードだが。俺が眠れないときは、爺やがよくつくって飲ませてくれていた」
「なるほど」

 魔法修繕師としてうちに来てくれたいかにも人のよさそうなおじいさんを思い浮かべ、柘榴をまともに面倒見てくれてありがとうございますと思いながら、いただいた。
 レモンの酸味がまろやかになり、体もポカポカとしてくる。春先の冷えにはちょうどいい。

「おいしい……」
「だろう? これ飲んだら早く休め」
「ありがとうね、なんだか今日一日、あんたに助けてもらってばっかりだ」
「俺様も、お前がしょぼくれているのはあまり見たくはない。早くとは言わんが、元気になってくれ」

 なんというか。
 柘榴はいい奴だという気持ちは、ずっとある。最初から、偉そうな割には妙に律儀だし、こいつの優しさや律儀さは私だけではなく、他の人にもきちんと向けて、そして私にはより一層甘やかしてくれる。
 だからこそ、少しだけ申し訳なく思った。

 私、本当に番解消してから、どうしてこうもずっと妙なことが続いているんだろう? 鶴丸くんの調査で、なにかわかるといいんだけれど。