始業式早々、呪いの毒を飲まされたから、解呪のためにバタバタ走り回った上に、料理当番もこなした私は、疲れ切って眠っていた。
疲れているせいで指一本も動かせなくっても、気配には敏感だった。施設育ちのせいで、ほぼ個室で眠ったことはない上に、クソガキは寝ているときにいきなり意味のない奇襲をかけてくるから、それを避けるために、どれだけ疲れていても泥のように眠ることができず、なにかあったらすぐに意識が覚醒してしまうんだ。
だからこそ、体が急に重くなったとき、すぐに意識自体はあった。指が重くて動かない。でも……。私の上に乗っているのはなに?
毒の呪いの次は、幽霊に呪いを放たれたとかだったら嫌だなあ。そもそも、隣に真智ちゃんが寝ていたはずなのに大丈夫なんだろうか。
私はそう思いながら目を覚ましたとき……思わず目が点になってしまった。
「……真智ちゃん?」
「うふふふふ……」
たしかに真智ちゃんの着ていたスウェット姿だけれど、彼女はここまで声が低くなかった。真智ちゃんと同じ顔をし、同じ寝間着にもかかわらず、今私の上に乗っているのはどう考えても男の子だった。
「……ちょっと……なに?」
「ひどいじゃない。もうちょっと待ってくれたら、私が羽化して番にできたのに、勝手に番をつくってくるなんて」
「待って、なにを言って……というか、あなた男だったの……?」
「ごめんなさいね、私。第二次成長期が遅れてたの」
ありえないでしょ。私は真智ちゃんに乗られながら考え込んだ。
たしかに施設でも、修学旅行から行って帰ってきたら声変わりしてたり、身長が伸びていた子もいる。でも。
今の真智ちゃんは、寝間着を見なかったら本人と信じることができないほど、別人になっていた。でも……。
たしかに私が着替えているときは真智ちゃんはトイレに行って留守していたし、真智ちゃんが着替えるときは私がもう着替えが終わって出て行っていたから、彼女の着替えを一度も見たことがない。なによりも、風呂もいつも最後に入っていたから。
そもそも。さっき言っていた羽化ってなによ。
「……あんたが真智ちゃんとはわかったけど、人の寝込みを襲うのはいただけないんだけど?」
「あら。でないと番にできないじゃない?」
「はあ? 私、別に柘榴と番解消する気ないけど?」
「そうね、気に食わない。澄子ちゃんから、あの幻想種の魔力ずっと感じるもの」
待って、そんなの知らない。私が魔力出せなくなったせいなのか。私はダラダラ冷や汗を掻く。
「とにかく、重い。離れて!」
「駄目よ。あなたは私の番になるんだから……幻想種ってね、番の書き換えできちゃうから。だから幻想種は番を自分の手元から離しちゃ駄目なのよ。あの人はお馬鹿さんね」
「……結局、あんたは幻想種だっていうの?」
そう言うと、真智ちゃんは蠱惑的に笑った。その笑みは異様に鮮やかで、アイドルだったら好きな人もいるんじゃないのか。
でも私からしてみれば、今貞操の危機な訳だから、ひとまず降りてくれないと困る。
「ええ、ええ! やっと羽化して、幻想種になれたの! 幻想種はね、羽化しないと片翼にしかならないから。だから私は澄子ちゃんの番だって書き換えられるもの!」
そう言って、私の唇に指で触れた……その指先はもう、女子のものとは思えないほど分厚いものに変わってしまっていた。そこまで変わるものなのか。
私はなんとか肘を立てて真智ちゃんを突き飛ばそうと試みるけれど、重くて女ひとりの力では突き飛ばすことすらできない。それを真智ちゃんはうっとりとしながら見ていた。
「それじゃあ澄子ちゃん、番になりましょう?」
「い、や……」
私は歯を食いしばった。
沸いてくるのは怒りだった。渡真利くん、もしも私に忠告したいんだったら、もっとちゃんと忠告内容伝えて。真智ちゃんだってそうだ。人の寝込みを襲うだなんて、普通に最低じゃない。
なによりも。柘榴、私のことを番だって言うんだったら、番の危機なんだから助けに来なさいよ。皆好き勝手ばかり言って。
私が幻想種のことわからないからって、私が貴族のことわからないからって、好き勝手なことばっかり言いやがって……!
真智ちゃんは私の頬に手を触れ、そのまま唇を重ねようとした。そのとき。
ゴウッと音がした。布団がいきなり燃え出し、真智ちゃんも「あっつ……!!」と悲鳴を上げた。
「ちょっと……火? 火事?」
私は慌てて真智ちゃんを突き飛ばすと、物置部屋まで走った。
座敷牢が燃えたら洒落にならない……!
ブリキのバケツに水を汲むと、引き返して思いっきり真智ちゃんごとバケツをひっくり返した。真智ちゃんはもう、スウェットに火が燃え移って、ほぼ半裸になってしまっていた。
「な、なんなの……いきなり火が出るなんて」
「私だって知らないから!? それより真智ちゃん、部屋出てって! いくらなんでも人の寝込みを襲うのは駄目!」
「なによ……なんなの、その番のは」
真智ちゃんがわなないている中、また焦げ臭いにおいが漂ってきた。
ああん、もう。ここ森の中! こんなところ燃えたら森だって焼けるから、私たち逃げ場ないじゃない!!
「人の番の寝込みを襲うとは、いい度胸だな?」
ここまで飛んできたのは柘榴だった。眠っていたのか、シャツにスラックスというラフ過ぎる姿なものの、異様に様になっていた。
「柘榴……あの、いきなり真智ちゃんが燃えて……」
「そりゃそうだろ。俺様が澄子に守護のまじないをかけない訳ないだろ。油断も隙もない連中が幻想種に多いんだ」
「おかげで座敷牢燃えかけてましたけど!?」
「爺やに抜かりはないわ。そもそもここは図書館を基点として結界が張られているんだから、その内自己再生するわ」
「そうなんだ……」
「そもそも、澄子。そいつ始業式で会った女だったと思うが。男だぞ?」
窓を大きく開けたら、柘榴はあまりにもたやすくひょいっと私を抱えて飛んだ。足場が不安定になるのは、何度も飛行実習のときに味わった恐怖だけれど、不思議なことに柘榴に抱えられて柘榴に全部体重を預けても怖くはなかった。
私は柘榴の問いに、先程まで聞いていたことを伝えた。
「羽化したって言ってたけど……」
「……羽化か。たまにある」
「私、幻想種についてあんまり詳しくないんだけど、羽化ってなによ?」
「幻想種の中にたまにある。表面を一般庶民に見せかけた末に、托卵で生まれると」
「托卵って……」
たしか鳥がよその鳥の巣に自分の卵を産んで育てさせることだったよね。転じて、不倫で身篭もった子を、この夫婦の子として育てる行為のことを指すようになったはずだけど。
あまりにものえげつない言葉に絶句していたら、柘榴が「すまん」と返した。
「大昔、戦の最中に血筋を残す必要がある家系が、自身の子だとわからないようにするための魔法だと聞いている。俺も詳しいことはわからん。だが、第二次性徴と同時に、その表面に張り巡らされた魔法が解け、本来の性質に戻ることがある。それが羽化だ。大方、お前のルームメイトも羽化したせいで、本来の性質に戻ったんだろう」
「そんなの無茶苦茶困るんですけど!?」
「俺様だって、そんなに羽化した幻想種なんて見たことないから、そんなこと言われてもわからん! そもそも羽化しないことには、いくら幻想種であったとしても魔力を感知するのは無理だ」
元々生き残り特化のために生まれた托卵なんだから、幻想種が魔力感知すらできないのは合っているのか……。
それに真智ちゃんが「ちょっと!」と窓縁に足をかけた。
「今、私は番をつくるところだったのよ。邪魔しないで」
「無理だ。澄子は俺様の番だ。そもそも寝込みを襲うような輩に澄子は預けられん」
「今まで一緒に寝てたのに!」
「物の言い方! 私そもそも真智ちゃんの性別知らなかったんですけど!?」
そう言いながらも、真智ちゃんは窓縁を蹴って、飛んだ。バサリバサリと大きく羽を広げて飛びはじめた。
その羽は柘榴のような主張するように燃える羽ではないものの、その羽は異様に大きい。真智ちゃんは身長が伸びたとはいえ柘榴よりも低いものの、真智ちゃんの羽は柘榴のものよりも大きいのだ。
その羽を見て、柘榴は「なるほど」と言った。
「以津真天《いつまで》の両翼か……」
「以津真天って……死体漁りの怪鳥だっけ!?」
「正確には、死んで野ざらしにされた遺体を早く供養するように警告する鳥のはずだが……俺様もあまり能力は知らん」
「人のことをペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャ……! そこ、どきなさい!!」
そう言いながら、真智ちゃんが大きく羽を震わせた。途端に、こちらに向かって竜巻が飛んできた。それを柘榴は「チッ」と言いながら私を抱えて避ける。
その竜巻がいともたやすく森を開拓していくのにぞっとする。
その森がベキベキボキボキという音を立てて折れるせいで、先程のボヤといい、森の開拓工事といいで、とうとう座敷牢で眠っていた皆が起きてきた。
「こらっ! 決闘は昼間にやれ! 夜は寝る時間だ!!」
寮長はこちらに怒鳴るものの、こちらだって好きで決闘紛いなことをしてないんだけど!?
起きてきた中には、つばめちゃんや鶴丸くんもいた。
「ちょっと……真智ちゃん!? あれ、でも体格が……」
「おおっ! あれですね、あれが幻想種にのみ見られる羽化現象!」
「うか?」
「ただの一般庶民と思っていた人が、幻想種として生まれ直す現象のことですよ!」
「それはわかったけど……どうして澄子ちゃんと鳳くんと、真智ちゃんが決闘しているの?」
ふたりのとんちんかんな会話に、私は少なからずほっとする。その中、柘榴が「澄子」と聞いてきた。
「なによ」
「このままだと森が燃えるが、移動していいか?」
「そりゃね! そもそもこのままだと座敷牢燃えるんですけど!」
「あれは爺やの修繕作業のおかげで結界が活性化してるから問題ないとは思うが……森はその限りじゃないだろうな」
「それ駄目ですけど、絶対に」
私たちがしゃべっている間も、真智ちゃんが風の輪っかを投げ込んでくる。
「よそ見しないで! 私だけ見て!」
「……かまいたちまで使ってくるか。どうする澄子? どこまでやっていい?」
「どこまでって」
私が戸惑っている中、柘榴は続ける。
「あれは幻想種として羽化して時間が経ってない。今だったらあれを殺せるが」
「殺しちゃ駄目でしょ!? なに考えてるの」
「幻想種同士の決闘において、どちらが死亡してもどちらも死亡しても罪にはならないが」
「怖いこと言わないで!? でも……」
私は真智ちゃんを見る。なにをどう思って私を番にしたいのかわからないし、今までも私に番にならないかと誘ってきた割に強攻策に出なかった。
今晩いきなり寝込みを襲ってきたのは、第二次性徴が来て体と心のバランスを崩しただけじゃないだろうか……今まで第二次性徴が来ていなかったから見た目が女子とほぼ同じだっただけで、性別自体は変わってないはずだし。
「……死なさないで。痛めつける、までは許すけど。多分真智ちゃんも混乱していると思う」
「それはいくらなんでも人がよ過ぎないか?」
「ふふん、悪意に何度もさらされた身としてみれば、これを悪意と取るなんてちゃんちゃらおかしいわ」
そりゃもう、嫉妬と憎悪と嫌悪って近いところにあるから、施設では常にそれが付きまとっている環境だった。そのことを思えば、真知ちゃんの悪意なんて悪意の内には入らない。
それに柘榴は「ふん」と笑う。
「それこそ俺様が見込んだ番だ」
疲れているせいで指一本も動かせなくっても、気配には敏感だった。施設育ちのせいで、ほぼ個室で眠ったことはない上に、クソガキは寝ているときにいきなり意味のない奇襲をかけてくるから、それを避けるために、どれだけ疲れていても泥のように眠ることができず、なにかあったらすぐに意識が覚醒してしまうんだ。
だからこそ、体が急に重くなったとき、すぐに意識自体はあった。指が重くて動かない。でも……。私の上に乗っているのはなに?
毒の呪いの次は、幽霊に呪いを放たれたとかだったら嫌だなあ。そもそも、隣に真智ちゃんが寝ていたはずなのに大丈夫なんだろうか。
私はそう思いながら目を覚ましたとき……思わず目が点になってしまった。
「……真智ちゃん?」
「うふふふふ……」
たしかに真智ちゃんの着ていたスウェット姿だけれど、彼女はここまで声が低くなかった。真智ちゃんと同じ顔をし、同じ寝間着にもかかわらず、今私の上に乗っているのはどう考えても男の子だった。
「……ちょっと……なに?」
「ひどいじゃない。もうちょっと待ってくれたら、私が羽化して番にできたのに、勝手に番をつくってくるなんて」
「待って、なにを言って……というか、あなた男だったの……?」
「ごめんなさいね、私。第二次成長期が遅れてたの」
ありえないでしょ。私は真智ちゃんに乗られながら考え込んだ。
たしかに施設でも、修学旅行から行って帰ってきたら声変わりしてたり、身長が伸びていた子もいる。でも。
今の真智ちゃんは、寝間着を見なかったら本人と信じることができないほど、別人になっていた。でも……。
たしかに私が着替えているときは真智ちゃんはトイレに行って留守していたし、真智ちゃんが着替えるときは私がもう着替えが終わって出て行っていたから、彼女の着替えを一度も見たことがない。なによりも、風呂もいつも最後に入っていたから。
そもそも。さっき言っていた羽化ってなによ。
「……あんたが真智ちゃんとはわかったけど、人の寝込みを襲うのはいただけないんだけど?」
「あら。でないと番にできないじゃない?」
「はあ? 私、別に柘榴と番解消する気ないけど?」
「そうね、気に食わない。澄子ちゃんから、あの幻想種の魔力ずっと感じるもの」
待って、そんなの知らない。私が魔力出せなくなったせいなのか。私はダラダラ冷や汗を掻く。
「とにかく、重い。離れて!」
「駄目よ。あなたは私の番になるんだから……幻想種ってね、番の書き換えできちゃうから。だから幻想種は番を自分の手元から離しちゃ駄目なのよ。あの人はお馬鹿さんね」
「……結局、あんたは幻想種だっていうの?」
そう言うと、真智ちゃんは蠱惑的に笑った。その笑みは異様に鮮やかで、アイドルだったら好きな人もいるんじゃないのか。
でも私からしてみれば、今貞操の危機な訳だから、ひとまず降りてくれないと困る。
「ええ、ええ! やっと羽化して、幻想種になれたの! 幻想種はね、羽化しないと片翼にしかならないから。だから私は澄子ちゃんの番だって書き換えられるもの!」
そう言って、私の唇に指で触れた……その指先はもう、女子のものとは思えないほど分厚いものに変わってしまっていた。そこまで変わるものなのか。
私はなんとか肘を立てて真智ちゃんを突き飛ばそうと試みるけれど、重くて女ひとりの力では突き飛ばすことすらできない。それを真智ちゃんはうっとりとしながら見ていた。
「それじゃあ澄子ちゃん、番になりましょう?」
「い、や……」
私は歯を食いしばった。
沸いてくるのは怒りだった。渡真利くん、もしも私に忠告したいんだったら、もっとちゃんと忠告内容伝えて。真智ちゃんだってそうだ。人の寝込みを襲うだなんて、普通に最低じゃない。
なによりも。柘榴、私のことを番だって言うんだったら、番の危機なんだから助けに来なさいよ。皆好き勝手ばかり言って。
私が幻想種のことわからないからって、私が貴族のことわからないからって、好き勝手なことばっかり言いやがって……!
真智ちゃんは私の頬に手を触れ、そのまま唇を重ねようとした。そのとき。
ゴウッと音がした。布団がいきなり燃え出し、真智ちゃんも「あっつ……!!」と悲鳴を上げた。
「ちょっと……火? 火事?」
私は慌てて真智ちゃんを突き飛ばすと、物置部屋まで走った。
座敷牢が燃えたら洒落にならない……!
ブリキのバケツに水を汲むと、引き返して思いっきり真智ちゃんごとバケツをひっくり返した。真智ちゃんはもう、スウェットに火が燃え移って、ほぼ半裸になってしまっていた。
「な、なんなの……いきなり火が出るなんて」
「私だって知らないから!? それより真智ちゃん、部屋出てって! いくらなんでも人の寝込みを襲うのは駄目!」
「なによ……なんなの、その番のは」
真智ちゃんがわなないている中、また焦げ臭いにおいが漂ってきた。
ああん、もう。ここ森の中! こんなところ燃えたら森だって焼けるから、私たち逃げ場ないじゃない!!
「人の番の寝込みを襲うとは、いい度胸だな?」
ここまで飛んできたのは柘榴だった。眠っていたのか、シャツにスラックスというラフ過ぎる姿なものの、異様に様になっていた。
「柘榴……あの、いきなり真智ちゃんが燃えて……」
「そりゃそうだろ。俺様が澄子に守護のまじないをかけない訳ないだろ。油断も隙もない連中が幻想種に多いんだ」
「おかげで座敷牢燃えかけてましたけど!?」
「爺やに抜かりはないわ。そもそもここは図書館を基点として結界が張られているんだから、その内自己再生するわ」
「そうなんだ……」
「そもそも、澄子。そいつ始業式で会った女だったと思うが。男だぞ?」
窓を大きく開けたら、柘榴はあまりにもたやすくひょいっと私を抱えて飛んだ。足場が不安定になるのは、何度も飛行実習のときに味わった恐怖だけれど、不思議なことに柘榴に抱えられて柘榴に全部体重を預けても怖くはなかった。
私は柘榴の問いに、先程まで聞いていたことを伝えた。
「羽化したって言ってたけど……」
「……羽化か。たまにある」
「私、幻想種についてあんまり詳しくないんだけど、羽化ってなによ?」
「幻想種の中にたまにある。表面を一般庶民に見せかけた末に、托卵で生まれると」
「托卵って……」
たしか鳥がよその鳥の巣に自分の卵を産んで育てさせることだったよね。転じて、不倫で身篭もった子を、この夫婦の子として育てる行為のことを指すようになったはずだけど。
あまりにものえげつない言葉に絶句していたら、柘榴が「すまん」と返した。
「大昔、戦の最中に血筋を残す必要がある家系が、自身の子だとわからないようにするための魔法だと聞いている。俺も詳しいことはわからん。だが、第二次性徴と同時に、その表面に張り巡らされた魔法が解け、本来の性質に戻ることがある。それが羽化だ。大方、お前のルームメイトも羽化したせいで、本来の性質に戻ったんだろう」
「そんなの無茶苦茶困るんですけど!?」
「俺様だって、そんなに羽化した幻想種なんて見たことないから、そんなこと言われてもわからん! そもそも羽化しないことには、いくら幻想種であったとしても魔力を感知するのは無理だ」
元々生き残り特化のために生まれた托卵なんだから、幻想種が魔力感知すらできないのは合っているのか……。
それに真智ちゃんが「ちょっと!」と窓縁に足をかけた。
「今、私は番をつくるところだったのよ。邪魔しないで」
「無理だ。澄子は俺様の番だ。そもそも寝込みを襲うような輩に澄子は預けられん」
「今まで一緒に寝てたのに!」
「物の言い方! 私そもそも真智ちゃんの性別知らなかったんですけど!?」
そう言いながらも、真智ちゃんは窓縁を蹴って、飛んだ。バサリバサリと大きく羽を広げて飛びはじめた。
その羽は柘榴のような主張するように燃える羽ではないものの、その羽は異様に大きい。真智ちゃんは身長が伸びたとはいえ柘榴よりも低いものの、真智ちゃんの羽は柘榴のものよりも大きいのだ。
その羽を見て、柘榴は「なるほど」と言った。
「以津真天《いつまで》の両翼か……」
「以津真天って……死体漁りの怪鳥だっけ!?」
「正確には、死んで野ざらしにされた遺体を早く供養するように警告する鳥のはずだが……俺様もあまり能力は知らん」
「人のことをペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャ……! そこ、どきなさい!!」
そう言いながら、真智ちゃんが大きく羽を震わせた。途端に、こちらに向かって竜巻が飛んできた。それを柘榴は「チッ」と言いながら私を抱えて避ける。
その竜巻がいともたやすく森を開拓していくのにぞっとする。
その森がベキベキボキボキという音を立てて折れるせいで、先程のボヤといい、森の開拓工事といいで、とうとう座敷牢で眠っていた皆が起きてきた。
「こらっ! 決闘は昼間にやれ! 夜は寝る時間だ!!」
寮長はこちらに怒鳴るものの、こちらだって好きで決闘紛いなことをしてないんだけど!?
起きてきた中には、つばめちゃんや鶴丸くんもいた。
「ちょっと……真智ちゃん!? あれ、でも体格が……」
「おおっ! あれですね、あれが幻想種にのみ見られる羽化現象!」
「うか?」
「ただの一般庶民と思っていた人が、幻想種として生まれ直す現象のことですよ!」
「それはわかったけど……どうして澄子ちゃんと鳳くんと、真智ちゃんが決闘しているの?」
ふたりのとんちんかんな会話に、私は少なからずほっとする。その中、柘榴が「澄子」と聞いてきた。
「なによ」
「このままだと森が燃えるが、移動していいか?」
「そりゃね! そもそもこのままだと座敷牢燃えるんですけど!」
「あれは爺やの修繕作業のおかげで結界が活性化してるから問題ないとは思うが……森はその限りじゃないだろうな」
「それ駄目ですけど、絶対に」
私たちがしゃべっている間も、真智ちゃんが風の輪っかを投げ込んでくる。
「よそ見しないで! 私だけ見て!」
「……かまいたちまで使ってくるか。どうする澄子? どこまでやっていい?」
「どこまでって」
私が戸惑っている中、柘榴は続ける。
「あれは幻想種として羽化して時間が経ってない。今だったらあれを殺せるが」
「殺しちゃ駄目でしょ!? なに考えてるの」
「幻想種同士の決闘において、どちらが死亡してもどちらも死亡しても罪にはならないが」
「怖いこと言わないで!? でも……」
私は真智ちゃんを見る。なにをどう思って私を番にしたいのかわからないし、今までも私に番にならないかと誘ってきた割に強攻策に出なかった。
今晩いきなり寝込みを襲ってきたのは、第二次性徴が来て体と心のバランスを崩しただけじゃないだろうか……今まで第二次性徴が来ていなかったから見た目が女子とほぼ同じだっただけで、性別自体は変わってないはずだし。
「……死なさないで。痛めつける、までは許すけど。多分真智ちゃんも混乱していると思う」
「それはいくらなんでも人がよ過ぎないか?」
「ふふん、悪意に何度もさらされた身としてみれば、これを悪意と取るなんてちゃんちゃらおかしいわ」
そりゃもう、嫉妬と憎悪と嫌悪って近いところにあるから、施設では常にそれが付きまとっている環境だった。そのことを思えば、真知ちゃんの悪意なんて悪意の内には入らない。
それに柘榴は「ふん」と笑う。
「それこそ俺様が見込んだ番だ」



