比翼連理の翼を得て

 世の中、持てる者は全てを持ち、持たない者は手に入れたものさえ掌から零れ落ちてしまう。

「ごめん、澄子(すみこ)……(つがい)を解消してくれないか?」

 私は番の九郎(くろう)にそう申し込まれたとき、他人事のようにそう思ってしまったのだ。
 九郎は私の番にしては出来過ぎた男だった。性格はこの年頃の男にしては雑ではなくきめ細やかで実直だし、いぶし銀だった。身長だって高過ぎないだけで低過ぎもしない程よいサイズ感。そして(ふくろう)片翼(かたよく)として風を操る様は傍から見ていても格好よかった。
 そんな彼が形のいい眉と唇を歪めて謝るのは、こちらの方が申し訳なくなってくる。
 私は自然と手をぶんぶんと振った。

「いいよう、事故のせいだし。今まで本当にありがとうね? 次の番のあてはあるの?」
「……教師から、後輩で他のと組ませるにはまずい子を預かってほしいと言われている」
「そっか。なら番の問題はないんだね。わかった。ニワトリはニワトリで頑張るから。あんまりくよくよしないで。ねっ?」

 九郎は本当に申し訳なさそうに唇を噛んで立ち去っていくのを、私はいつまでも見つめていた。
 本当に……フラれたのは私のはずなのに、あそこまで悲しそうにされると、こちらのほうがいたたまれないよ。あんまり気にしないといいんだけど。

「でもまあ……私は私でニワトリになっちゃったから、それはそれで困るんだけどねえ」

 なりたくてなった訳ではないが、私は私で連理学園(れんりがくえん)にしがみついてないといけない訳だから、これからの身の振り方について考えないといけない。
 私はそう思いながら、寮へと帰った。
 今日は片付け。座敷牢へと引っ越しだ。

****

 連理学園。
 この国有数の魔法学校であり、三年間みっちりと魔法の勉強をする全寮制の学校だ。
 この国では魔力を翼の形に溜め込み、放出するという手段を使う。理由はいろいろあるけれど、一番の理由は、魔力というのは感情の高ぶりで暴走してしまい、時には大事故を起こしてしまうからというのがある。
 だから翼の形に魔力を抑制し、魔力の使用に制限をかけるというのが、この国の魔法の組み立て方だ。
 そして連理学園では、三年間徹底的に魔法の勉強と一緒に魔力の制御法を学ぶため、ひとつのルールが設けられている。
 それを番制度という。
 番というと、動物が夫婦で暮らすようなものだけれど、連理学園において、番制度はそこまで強いものではない。互いに互いの魔力を受け取り、それを使い過ぎないよう、溜め込まないよう制御をし合うという、実技試験においてのパートナーのことを指す。
 でも例外は存在する。
 ひとつ。魔力が全くない人間。当然ながらそんな人は魔法を使える訳がないから、通称ニワトリと呼ばれて、学校の邪魔にならないところに寄せられる。
 私も一年生のときは普通に魔法が使えたし、だからこそ九郎と番契約をして、互いの魔力を制御して実技を受けていたんだけど。
 研修中に背中に魔力を放出し、制御していた。
 私は当時カラスの片翼を出し、梟の片翼の九郎と共に、飛行演習を行っていたんだけれど。そのとき、いきなり私の片翼が消えたのだ。本当に、唐突だった。

「えっ?」
「……っ澄子!?」

 九郎が慌てて私を掴んだものの、当然ながら一枚だけの翼で上手く飛べる訳がない。実技の先生が慌てて魔法のマットレスを出してくれて難を逃れたものの、私はその日から急に魔力を出すことができなくなってしまったのだ。
 私は保健室に運ばれ、魔法も使える保険医に診てもらったけれど、原因はわからなかった。

「……高海(たかみ)さん、背中に魔力を出すイメージをしてみて」
「うううううう……」

 どれだけ背中に力を吐き出すイメージをしても、魔力が一向に出る気配がない。魔力が放出できないから、当然翼は出てこない。

「……ニワトリ、ですね?」
「そんな……」

 魔法使いの中には、ある日を境に魔力がいきなり使えなくなる人がいるらしいから、それに合わせたリハビリをしてみても、私の魔力が戻る気配がなく、一年時は終了してしまった。
 二年に進学する際、とうとう学校側から言われてしまったのだ。

「高海澄子、本日をもって君はと組に移動。そして寮は山内寮(やまうちりょう)に引っ越すこと」
「……わかりました」

 と組は魔法の使えないニワトリ、劣等生、問題児の隔離教室だ。そして彼等は連理学園で一番劣悪な環境である山内寮に移動させられる。
 山内寮は通称座敷牢と呼ばれるオンボロ寮だ。私は制服を着たまま、ほぼ持ってない荷物をダンボールに詰めて運んでいった。
 寮を出て、中庭に出れば、もう九郎と私の番解消の話が耳に滑り込んでくる。いったいどこで吹聴して回っている奴がいるんだ、本当に。

月谷(つきたに)くん番解消したの!?」
「うっそ! なら私も今からアタックできる!?」
「今から番交替するのかよ。相方に対して失礼過ぎない?」
「でもでも、高海はどうして今まであの月谷くんに面倒見てもらってたかわかんないしぃ」

 女子の嫉妬と悪意の篭もった声を耳にする。
 九郎はモテたもんなあ。申し訳ない。そして女子からやっかまれる理由もなんとなくわかる。
 私はそもそも、施設出身だ。親の顔は知らないし、たまたま私に魔法の才能があったからこそ、連理学園に進学許可が降りた。他の学校だったら修学旅行の積立金すら払えないものの、ここだったら成績優秀だったら奨学金が出るからだ。私が魔力がなくなってニワトリになってもなお、この学校に置いてもらえるのは、学校側の情けと言っても過言ではない。
 ニワトリでも、この学校で魔道士の免許さえ獲れれば、魔道書管理師や迷宮管理官の資格を得られるし、就職先もある。だから辞める訳にはいかないんだ。
 私がそう思いながら、ダンボールを運んでいる中。

「おっと、ごめんなさい」

 中庭でしゃべっていた女子に思いっきり足を伸ばされ、しっかりとこかされた……九郎のファンから目の敵にされているとは思っていたけれど、まさかここまでだったとは。今までは九郎が目をかけてくれてたからなあ。
 私はひっくり返ったダンボールの中身を黙って拾う。教科書オッケー、魔道書オッケー、ノートオッケー……あと白衣と連理の枝……あれ、連理の枝どこ行った?
 連理の枝は、番契約のために必要なもので、連理学園では必要不可欠なものだった……今は番がいないとしても、いずれはニワトリの中から見繕わないといけないのに。
 私が慌てて中庭の小道を這いずり回って番の枝を探し回っていると。

「おい、落ちたぞ」

 そう言ってこちらにしゃがみ込んでくる影があった。
 世の中、孤児にも親切な人がいたもんだ。九郎のファンに相当嫌われてたから、少しだけほっとした。

「ありがとうござ……」

 私は顔を上げて、思わずその相手を凝視してしまった。
 真っ赤。第一印象がそれだった。伸ばしっぱなしの長い髪が真っ赤だし、目は翠。派手派手なカラーリングは、明らかに一般人じゃない。貴族……幻想種(げんそうしゅ)のものだった。
 幻想種は連理学園の中でも特別クラスのい組所属だ。い組所属の生徒は全員制服は白であり、彼もまた白ランを着ていた。貴族は血の濃さから生まれたときから魔力制御をしなければならない環境にあるおかげで、番制度が免除されている。顔がよくって頭がよくって体力もあり、おまけに魔法も万能……持てる者は全てを持っていると言っても差し支えないのが、幻想種の存在だった。
 い組の生徒は全員幻想種のはずだけど……幻想種なんて遠巻きに見ているものであり、こんな間近に見るものじゃなかったから、私は思わず「うおっ、眩しいっ」と手を盾にして変なポーズを取ってしまった。

「おい、連理の枝。お前らは必要なもんなんだろ?」
「ふぁ、ふぁい、ありがとうございますっ」
「うん?」

 この派手派手カラーリングの人は、私のことをジロジロと見てきた。
 私は面白みのない人間だ。髪は一般的な黒だし、黒セーラー服で、特に改造もしていない。赤タイはまあまあ可愛いと思う。目の色が金色だけれど、この学校の強い魔力を持っている人の特徴である派手派手カラーリングを思えば、それだけじゃ地味めな方だと思う。
 なんだ、この人。一般庶民を見るのは初めてか? 喧嘩か? 喧嘩売られてるなら買うぞ。いや貴族に喧嘩売っていいんだっけか。知らんなあ、こうやって幻想種間近に見るの初めてだし。
 私は連理の枝を受け取り、どうにかダンボールに落ちないようにしまい込んでから立ち上がったとき、ようやく赤い派手派手カラーリングの人が「おい」と声をかけてきた。

「はい? あのう、すみません。私転寮しないといけないんで、そろそろ行かないとなんですけど」
「お前、もしかして番いないのか?」
「はい? そりゃニワトリですし」

 実技にニワトリと契約したところで、魔力制御に難があり過ぎて、普通は嫌がられるだろうしなあ。ニワトリ同士で実技はどうしたもんかなあ。私はそう思いながら、座敷牢へと移動しようとしたとき、彼は立ち上がった。
 立ち上がると、この赤い派手派手カラーリングの人、かなり身長が高いのがわかる。九郎も別に低くなかったけれど、この人身長180越えてなくないか?
 私が唖然としながら見ていたら、彼がいきなり言い出したのだ。

「お前、俺様の番になれ」
「私ニワトリですけど?」

 意味がわからずそう言い切る。でも彼はニヤリと笑って続けるのだ。

「お前、俺様を見て逃げなかったからな。見所があると思っただけだ」
「逃げる……? 貴族だから? 幻想種だとニワトリは逃げないと駄目なんですかね……?」

 私が困った顔で言うと、彼は私の頭をいきなりワシワシと撫で回してきた。
 痛い痛い痛い痛い、力強い、力強い。

「イダイイダイイイダイッ。髪が引きちぎれるっ!」
「おおっと、悪いな。頭の撫で方ってよくわからん。だから犬猫は嫌がって逃げるのか?」

 そりゃ逃げるだろうよ。人間の私ですら痛いんだ。私より頭の小さな犬猫だって乱暴者と思って退散するわ。
 私がそう思っていたら、先程から私のほうに白い目を向けていた子たちがざわつきはじめた。

「ちょっと……あの女。月谷くんの次は、まさか鳳様(おおとりさま)!?」
「なんなのあの女……! 鳳様まで毒牙にかけるの!?」

 待て待て待て待て。私、悪女みたいなこと言われてない?
 でも鳳? 鳳……なんか聞いたことあるぞ。どこでだっけ。彼は「お前らうるさい」と一蹴すると、そのまま女子たちは一斉退散してしまった。そして私に振り返る。

「で、どうする?」

 私は髪を揺らして考えた。
 正直、実技のためにも番は欲しい。でも新学期がはじまるまでまだちょっとだけ猶予はある。その上、あんまり同学年の女子に嫌われても、残りの学園生活やりにくくなる。

「ちょっと考えさせてください。引っ越しが先です」

 そう言って、先延ばしにするのが関の山だった。