あの春の嘘を僕はまだしらないフリ

白い天井と、消毒液の匂い。 

生きているのか死んでいるのかもわからない灰色の日々の中で、

僕はただ、病院のベンチに座って虚空を見つめていた。 

心にぽっかりと空いた穴からは、生きる気力がサラサラとこぼれ落ちていく。

もう、すべてを終わりにしてしまおうか。

そんな暗い思考に沈みかけていた、その時だった。

 「――みーつけた」 

ふわりと、春の風が吹いたような気がした。 

顔を上げると、そこには一人の女の子が立っていた。 

驚くほど綺麗な、太陽みたいな笑顔。

その姿を見た瞬間、僕の止まっていた記憶が、一気に数年前へと巻き戻される。

「やっぱりそうだ! 久しぶり、全然変わってな 
いね!」 

それは、昔何も言わずに転校して、それきり疎遠になっていた幼馴染の――さくらだった。

 「……あー、戻ってきたんだ」

僕は掠れた声で、ぽつりと呟いた。

「うん! ちょっとだけ戻ってきたよ!」

さくらは両手を広げて、昔と変わらない無邪気さで笑う。

「……って、それより君こそどうしたの? そんな暗い顔してベンチに座り込んじゃって」

さくらに覗き込まれて、僕は思わず視線を落とし
た。

自分の心が病んでこの病院にいるなんて、久しぶりに会った彼女にはどうしても言えなかった。

「……別に。さくらは? なんでここにいるの?」

話をはぐらかすように問い返すと、さくらは

「あ、私?」

と言って、一瞬だけ寂しそうな目をした。

だけどすぐに、いつもの明るい笑顔で僕を見る。

「実はさ、ちょっと用事があってこっちに戻ってきてるんだよね。すぐまた向こうに行っちゃうんだけど」

 「へえ……。じゃあ、なんで病院に?」


 「んー。それはまだ秘密かな 」

さくらはそう言って、なんでもないことのように悪戯っぽく笑った。

 「ふーん。」

秘密って何だよって思ったがそれ以上に、彼女がどこか遠くで元気に暮らしているのだという事実に、僕は勝手に救われていた。

「よし! じゃあせっかく再会できたんだし、ちょっとそこまで歩こっか!」

さくらは僕の返事も待たずに、トントンと軽い足取りで歩き出す。

その背中を追いかけながら、僕は心の底から、今日この病院に来てよかったと思ってしまったんだ。

 それが、僕たちに遺された、最後の時間の始まりだとも知らずに――。