保健室の先生に事情を説明すると、快く救急箱を貸してくれた。荒くなった呼吸を整えながら壁掛けのテレビに目をやると、舞台の映像が中継されていた。画面には小柳が一人だけで公園のフェンスの大道具に腰かけていた。
動くことも話すこともせず、ずっと、ただ座っている。静けさが長引くに連れ、観客が疑問を抱く声が漂い始め、テレビのスピーカー越しにそれが僅かに聞こえた。本来ならここに百花がいるはずだった。ノリと勢いでアドリブの場繋ぎができるおしゃべり幽霊とは違い、小柳は台本に忠実な芝居をするタイプだった。話しかける相手がいない状態で彼自身も困惑する中、客席からの声に耐えているように見えた。
すぐ体育館へ向かおうと保健室を後にしようとしたところで、視線がテレビに吸い寄せられた。舞台袖から大胆に汚れた制服の女子生徒が出てくる。ストッキングが破れ、膝から出血しているのが画面越しでも分かった。歩き方がとても普通とは言えないほどぎこちなく、痛みを抑えて歩いているのが丸分かりだった。この異様な光景が芝居ではないことを感じ取ったのか、客席からのざわつきが先ほどよりも大きく聞こえるようになった。音声に釣られて保健の先生がテレビに寄ってきた。
「だいぶ派手に転んでるみたいね。出番終わったら来るように言っておいてね」
「最後まで出番あるので、まだだいぶ後になりそうです」
まだ、舞台の静寂は続いていた。先生は俺がそのまま持ってきてしまった台本をペラペラとめくって読んでいた。
「怪我が治って退院してきたヒロインがあれではねぇ...」
百花をそのまま舞台に送り出したことを後悔した。二人は黙っている間、必死に次へ繋げられる行動を考えているのだろう。
『もうこの通り完全復活! 明日からまたあの山に行くよ!』
百花が台本通りに台詞を言った。台詞と彼女の状態の矛盾をあたかもなかったように進める百花を見ると、自分が恥ずかしい思いをしたかのように胸がむず痒くなった。
『無理してまた怪我しないようにね』
しばらくの会話の後、百花は走り始める、が、途中で膝を抑えた。それでも走り続けたが、客席から『えぇ...』と驚きや困惑の声が上がった。その後もテレビ越しでもざわつきがはっきりと聞こえてきた。
『元気そうで良かった...』
一人残った小柳はそう呟くも、『絶対良くないじゃん』と笑うような声が聞こえた。小柳はそのシーンでの役目を終えると反対方向の袖へ足早に去っていった。
先生の机に置いてあったテレビのリモコンを勢いよく手に取り電源を消す。「ありがとうございました。失礼します」と一言かけ、用意してくれた救急箱を掴むと、勢いよくドアを開けて保健室から駆け出した。
室内廊下を抜けて外の渡り廊下に出る。近道をするために百花をおぶった土の道に移る。この庭園はあまり整備されていなくて汚いのもあるが、普段は本当に人がいない。でもそれは今日も同じだった。学生以外も無料で自由に来場できるイベントなのに、校舎内やグラウンドでのお店や体育館での催し物に人が集中しているからなのか、本当に人気がなかった。落ち葉を踏んで走る音がはっきり聞こえるほどだった。足元を見ると、土の上を上履きのまま走っているのに気付いた。体育館に入る前に軽く掃除しよう。
それにしても本当に走りづらい場所だった。地面には木の根が波打つように這っている。近道だが走るのには合っていない。元々走ることなど想定されていないからなのだろうが。
地面から盛り上がった根を避けながら進むと、木の裏に二人の人影が見えた。目をやると、私服の若い男女が木の陰で抱き合っていた。唇を重ねているところが目に入ってしまった。高身長で年上そうだったので本校の生徒でないことは明らかだった。恐らく高校生だろう。驚きもあり少し顔が熱くなった。しかしそれよりも思うことがあった。この場所である必要はなかった。どちらかの家でやれば良いのだ。高校生にもなれば、どうせこれだけでは終わらないのだろう。
強く溜め息を吐き、走る脚を止めないように視線を前へ戻そうとする。すると、つま先に何か固い物が当たった。前に重心を持って行かれ、思わず身体が強ばった。咄嗟に反対の脚を出してなんとか持ち直す。持っていた救急箱からは、ガラガラガラッと激しく音が鳴った。少し立ち止り目を閉じると、自然ともう一度強い溜息が漏れた。目を開け少しばかり空を見上げる。眉間の力を抜き、再び走り始めた。
動くことも話すこともせず、ずっと、ただ座っている。静けさが長引くに連れ、観客が疑問を抱く声が漂い始め、テレビのスピーカー越しにそれが僅かに聞こえた。本来ならここに百花がいるはずだった。ノリと勢いでアドリブの場繋ぎができるおしゃべり幽霊とは違い、小柳は台本に忠実な芝居をするタイプだった。話しかける相手がいない状態で彼自身も困惑する中、客席からの声に耐えているように見えた。
すぐ体育館へ向かおうと保健室を後にしようとしたところで、視線がテレビに吸い寄せられた。舞台袖から大胆に汚れた制服の女子生徒が出てくる。ストッキングが破れ、膝から出血しているのが画面越しでも分かった。歩き方がとても普通とは言えないほどぎこちなく、痛みを抑えて歩いているのが丸分かりだった。この異様な光景が芝居ではないことを感じ取ったのか、客席からのざわつきが先ほどよりも大きく聞こえるようになった。音声に釣られて保健の先生がテレビに寄ってきた。
「だいぶ派手に転んでるみたいね。出番終わったら来るように言っておいてね」
「最後まで出番あるので、まだだいぶ後になりそうです」
まだ、舞台の静寂は続いていた。先生は俺がそのまま持ってきてしまった台本をペラペラとめくって読んでいた。
「怪我が治って退院してきたヒロインがあれではねぇ...」
百花をそのまま舞台に送り出したことを後悔した。二人は黙っている間、必死に次へ繋げられる行動を考えているのだろう。
『もうこの通り完全復活! 明日からまたあの山に行くよ!』
百花が台本通りに台詞を言った。台詞と彼女の状態の矛盾をあたかもなかったように進める百花を見ると、自分が恥ずかしい思いをしたかのように胸がむず痒くなった。
『無理してまた怪我しないようにね』
しばらくの会話の後、百花は走り始める、が、途中で膝を抑えた。それでも走り続けたが、客席から『えぇ...』と驚きや困惑の声が上がった。その後もテレビ越しでもざわつきがはっきりと聞こえてきた。
『元気そうで良かった...』
一人残った小柳はそう呟くも、『絶対良くないじゃん』と笑うような声が聞こえた。小柳はそのシーンでの役目を終えると反対方向の袖へ足早に去っていった。
先生の机に置いてあったテレビのリモコンを勢いよく手に取り電源を消す。「ありがとうございました。失礼します」と一言かけ、用意してくれた救急箱を掴むと、勢いよくドアを開けて保健室から駆け出した。
室内廊下を抜けて外の渡り廊下に出る。近道をするために百花をおぶった土の道に移る。この庭園はあまり整備されていなくて汚いのもあるが、普段は本当に人がいない。でもそれは今日も同じだった。学生以外も無料で自由に来場できるイベントなのに、校舎内やグラウンドでのお店や体育館での催し物に人が集中しているからなのか、本当に人気がなかった。落ち葉を踏んで走る音がはっきり聞こえるほどだった。足元を見ると、土の上を上履きのまま走っているのに気付いた。体育館に入る前に軽く掃除しよう。
それにしても本当に走りづらい場所だった。地面には木の根が波打つように這っている。近道だが走るのには合っていない。元々走ることなど想定されていないからなのだろうが。
地面から盛り上がった根を避けながら進むと、木の裏に二人の人影が見えた。目をやると、私服の若い男女が木の陰で抱き合っていた。唇を重ねているところが目に入ってしまった。高身長で年上そうだったので本校の生徒でないことは明らかだった。恐らく高校生だろう。驚きもあり少し顔が熱くなった。しかしそれよりも思うことがあった。この場所である必要はなかった。どちらかの家でやれば良いのだ。高校生にもなれば、どうせこれだけでは終わらないのだろう。
強く溜め息を吐き、走る脚を止めないように視線を前へ戻そうとする。すると、つま先に何か固い物が当たった。前に重心を持って行かれ、思わず身体が強ばった。咄嗟に反対の脚を出してなんとか持ち直す。持っていた救急箱からは、ガラガラガラッと激しく音が鳴った。少し立ち止り目を閉じると、自然ともう一度強い溜息が漏れた。目を開け少しばかり空を見上げる。眉間の力を抜き、再び走り始めた。

