断頭台で身長を

 保健室の前の廊下には、生々しいバラバラの肉片が、いくつも落ちていた。
 中学生の女子にとって。体重が重い。というのは、死活問題で。
 毎年、身体測定の直前まで、無理なダイエットをする。
 白い贅肉だけでなく、赤い筋肉までも。
 廊下には、女子が落とした肉が、びたびたとくっついている。
 体重を落とせなかった者は、
「ちょっ、まじやば無理、重すぎ。死ぬー」
 と言って、命を落とす。
 そんなくだらないことで。
 と僕は笑えない。

 保健室の前の廊下に、僕は並んでいた。
 背の順で並んでいたら、僕は死んでいた。
 出席番号順で保健室の中に入るまでの猶予の時間で。
 僕は廊下に這いつくばり、必死で落ちている肉を集めた。
 周りの奴らは、うすら笑いで、僕を見下していた。
 集めた肉を膝の関節につけ、粘土のように伸ばしていく。
「じゃあ、次の五人、入ってー」
 保健室の先生の声が聞こえる。
 僕は立ち上がり……、立ち上がり……、立ち上が……、れない!。
 恐怖で膝が笑っていたわけじゃない。
 膝関節に集めた肉で伸びた足。
 けれど、その関節には、肉しか入っていない。
 体を支えることができない。
 なんとか、立ち上がろうとするが、右膝も左膝も。
 ぐにゃりぐにゃりとあらぬ方向に曲がりくねる。
「さあ、早く入ってー」
 視界が歪む。呼吸が浅くなる。緊張から汗が止まらない。
 僕は廊下から這いつくばって保健室に入る。
 保健室の先生に叫ぶ、
「待ってくださいっ! 先生っ、たっ、体調が悪いんですっ。先生っ」
「大丈夫だよー、ここは、保健室だから。ちょっと身長と、体重とを測ったら、休んでいいからー」
 永遠に。と聞こえたのは、恐怖からの幻聴か?
 僕は、同級生に抱えられるようにして、中へと運ばれる。
「いやだっ! 死にたくないっ。死にたくないっ! うっ、痛っ」
 同級生は、僕を、体重計の上に投げる。
 びちゃっと、嫌な音がした。
 濡れている。
 血で濡れている。
 肉で濡れている。
 体重を落とすためでなく、命を落としたために。
 女子生徒だった物が、秤の周囲を濡らしている。
「〜kgねー。うん、元気元気ー。じゃあ、次は、身長ねー」
「待っ、かっ、ヒュー。かっ、ヒュー。っひっ、ひにたくなっ」
 僕は運ばれる。
 身長計という、断頭台に。
 こつん、と足に、何かが当たった。
 藁をも掴む気持ちだった僕は、それを手にした。
「こっ、」
 僕がそう言おうとした時、すでに台の上。
 背中から投げ入れられ、仰向けに、測定バーを見上げていた。
 測定バーと僕の顔の間。
 視界に、ニンマリと笑う保健室の先生の顔がにゅっと入ってくる。
「はーい、じゃあー、頭と背中とお尻を柱にくっつけてー。くっつけないとー。そのまま。測っちゃうよー。それじゃあ、測定バー、あげまーーーす」
 キュるキュるキュる、キュるキュるキュる。
 幾人もの生徒の血を吸ったせいか、支柱に付着した鉄分と、ギロチンの擦れる音。
 一番上まで、上がったギロチンは、光に照らされ、鈍く銀色に輝く。

 死ぬ間際、世界がゆっくりになるってのは本当なのだ。
 僕は、この。ギロチンが上がるまで。
 そして。僕の頭に落ちるまで。
 瞬間。瞬間。瞬間。
 とても。長く。感じた。
 まだ。死ねない。
 僕の足に。こつん。と当たったもの。
 体重計の周囲に。いくつも。落ちていたもの。
 肉を落とせなかった。
 命を落としてしまった。
 女子だったもの。

 骨を。拾った。

 だれの骨かは分からない。
 どこの骨かも分からない。
 でも、今は。
 立てればいい。
 立つ立つ立つ立つ立つ立つ立つ立つ。
 僕ハッ! 骨ヲッ! 膝ニッ! 
 入れるっっっ!
 立ち上がれっ。
 立ち上がれっっ!
 立ち上がっっ、れっっっーーー!
 迫り来るギロチンを、僕はおでこで、受け止めるっ。
 片膝立ちでっ、受け止めるっ。
 キュるキュるキュる、キュるキュるキュる。
 幾人もの生徒の血を吸った支柱の鉄分と、ギロチンの擦れる音。
 うおおおおおおおおっ。
 僕の雄叫びと、周囲の歓声が混じる。
 キュるキュる、きゅっ。
 測定バーが止まる。
 僕は、頭と背中とお尻を、柱にもたれさす。
 はあ、はあ、はあっ。
 スーーーー。
 はーーーー。
 肩の力を抜いて正面を向き、視線が水平になるように、顎を引く。



「先生。何cmですか?」